第2話 現代社会は楽園とのこと
魔王には勝てなかったよ……。
「ええい! もう終わりか!? 妾はまだ満足しておらんぞ!」
「無茶言うな!!! 人間の身体は徹夜で酷使しても元気な造りになっとらんわい!」
この女、まさに底無し。
人間にとって生殖行動は娯楽も兼ねていることを理解すると、むしろノリノリになって限界まで搾り取られては謎の力で回復させられまた精気を搾り取られるという、分からせ連鎖をやられていた。
途中から慣れてきたのか、映像作品でしか見たことのない姿勢とかやり始めて、俺は何をしても勝てないことを一晩かけて思い知らされた次第である。
とはいえ、鍛えていない人間などやわなもの。いくら謎パワーを注入されても大事なところが元気にならなくなってしまったので、パーティーは強制お開きとなってしまった。
……まあ、最期の思い出と考えれば随分と良い思いをさせてもらえた。
「一生分抜いてもらった気がするな……。こんなにスッキリとした気持ちになるのはいつぶりか分かんねえ。良い気持ちのまま終わりてぇし、スパッと魂食ってくれや」
潔く、約束通りに俺は漢を魅せて言った。
どちらかと言えばこの女の方が愉しんでた気はするが、やることはやった俺が条件をひっくり返すのは違うだろう。
賢者時間が終わったら考え変わりそうだから、早くやってほしい。
体液まみれの部屋を掃除するのがイヤだというのもある。死んだらしなくていいものな。
魔法使いから一般人に戻った棒を不満げにいじっていた魔王だが、いくらいい子いい子しても元気にならないことを理解すると、
「この世界の人間種は耐久力が無い……」
「悪かったな! 耐久力の無い未経験者でよ!」
くそ、俺が悪いんじゃない。黒と灰色の間にある勤務先がいけないんだ。
魔王が白い指先で、股からおへそをたどり、みぞおちをなぞる。
「あった」
「ん、ぐっ……!?」
直後、胸の奥に指先が潜り込む。
痛みも、出血も無い。ただ、俺の大事なところを触れられている、という奇妙な感覚がある。
それもわずかな間で、スッと引き抜かれた彼女の手には、あるものが乗っていた。
「な、なんだそれ……きったねぇワイングラス……?」
ヘドロのような汚泥らしきものに塗れたグラスだ。
中には酸化し切ってどす黒く変色した赤ワインみたいな液体が入っていて、時折ねっとりと泡立つ。
控えめに言っても「腐ってる」の先を行く代物に見えた。
しかし魔王はむしろ感心するかのように唸った。
「うーむ、見事な熟成具合……。妾の世界でこれほど魂に過負荷をかけるのは難しい。一体どうやったのか教えてもらいたいな」
「俺の魂なのかよ、それ! ワイングラスの形してんの!?」
知りたくもない事実である。
「形状は妾が呑みやすい形にしておるが、この素晴らしい熟成の魂はおぬしのものよ」
「聞きたくもなかった……! そんな見た目腐ってるヤバいのが俺の魂だなんて……」
清廉潔白……ではないが遵法精神を守って生きてきたのに穢れきってるだなんてあんまりだ。
「何を言っておる。この熟成度合い、滅多にない上物よ。普通ならここまで熟成される前に壊れてしまうからの」
魔王はそう言って、ペロリとグラスの外に付いていたヘドロを舐めとった。
「えーっ!? それを食うのかよ!」
「この苦み走った歴史感じる風味を理解できぬとは……子供よな」
そんなビール飲めたら大人みたいな話をされても。
もう一口、と別のヘドロを食して、
「今日はこのぐらいにしておこう」
魔王はおもむろに穢れきったグラスを俺の胸に突っ込んだ。
「はっ!? えっ?」
「これほどの上物。大事にいただきたい」
やはり痛み、傷ともに見受けられない胸をぺたぺたと触ってみるが、普段と変わりない不摂生が固まった胸と腹だ。汚れはどこにも付いていない。
なんか思っていたのと違う。
「ええっ? ……俺は魂を丸呑みされて死ぬのでは?」
「そういうのが好きな同族もいるけれども、妾は美食家なのでな」
「美食……あれがか?」
毒キノコなんかには旨み成分が多く含まれているというが、あのヘドロも見目は悪いが旨みが強いのだろうか。
魔王は裏付けるかのように頷いた。
「うむ。人間種は魂を触れる者が少ない。よって魂に負荷をかけた際に零れる滓がくっついたままになる。この滓が環境に依って様々な味に変わって面白い」
味付けしたおからは美味い、みたいな話になってきた。合ってるか?
「だがあまり強い味付けを求めると、人間種はすぐに壊れてしまう。おぬしのように強い味の魂を持つ人間は貴重なのだ。だから大事に食べたいと思う。生かしておけば再生産もできよう」
刈り取った豆苗を水に浸して育てる話かもしれん。
……新鮮な豆苗がそこら中にあることを教えたらどうなるか分からんが、黙っていてもその内バレるのだしさっさと言ってしまおう。
「俺は別に貴重でもなんでもないと思うぞ。確かにまあまあストレス度の強い環境に長年居たのは認めるが、そんなのは俺に限った話じゃない。日本に山ほどいる内の一人だ」
「そうなのか。それが本当なら、ここは人間種で言う楽園というやつに違いないな!」
にこにこと笑ってそんなことを言いだすので、
「俺を完食して、他のやつらも食べ漁ろうとか思わないのか?」
つい墓穴を掘る質問など飛ばしてしまった。
しかし彼女は心外だと眉をしかめるだけである。
「妾は食事を供する従者の扱いにおいて評判が良い。敵でないのなら、魂滅させることはさほど無いぞ」
「いつの間に俺は従者になったんだ……」
「ゲームの開催が決まって、この世界が舞台に選ばれてから。おぬしは妾の従者候補に選ばれたがゆえ、こうして顔合わせをしておる」
皆目見当つかないが、謎の力と謎のシステムにより、謎のゲームに巻き込まれているらしいことが分かった。
……会社、行ってる場合じゃないな?
ピンピンしてる祖父に五回目の死亡を負ってもらって無理やり休むとするか。どうせ忌引きはつかないし、上司からネチネチ言われるだけだからセーフだ。
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