友情と試練とライブハウスと

 公園のベンチで私たち――由香と千夏と私の三人はダラダラと駄弁りながら、放課後の時間を潰している。かがりちゃんのバスケ部の練習が終わるのを待ってるのだ。弓道部とのお休みが噛み合う曜日がなかったので仕方ない。けど、こうやってだらける時間ってなんか贅沢な気がしていいよね~……なんて思ったり。

 私たちが座っているベンチの周りには、青々とした初夏の木々がゆっくりと風に揺れている。奥の方には大きな遊具もあって、付き添いのお母さんたちに見守られながら子供たちがはしゃいでいる楽しげな声がかすかに聞こえてくる。芝生がところどころ剥げているのは……やっぱり子供たちが踏み固めちゃうからかな。多分、いまは一年のうちで一番お昼が長い時期。もう夕方六時だというのに、空が暗くなる気配もない。……と見せかけて、気づくといきなり空が夕焼けに染まってたりするので油断ならない。まだ大丈夫だけど。爽やかな風がベンチに座る私たちを優しく包んでくれて、ほんのりと心地よい。

「にしてもさ、バスケってなんでこんなに時間かかるんだろうね?」

 耳の下でひとつにまとめた三つ編みの先をいじりつつ、千夏が大きなあくびをしながらぼやく。

「スポーツってのは時間がかかるものよ」

 弓道部の由香が嗜める。私はそんなふたりを眺めていたけれど、ふと視線を空に移す。ゆっくりと流れていく雲々を見ていると時間の流れも感じられて、少し不思議な気分。

「かがりちゃん、まだかなぁ……」

 早く私たちの活動を始めたくて、さっきからそんなことばかりに思いを馳せてたり。足元では風に舞う葉っぱがくるくると回りながら舞い上がっていく。すると、そこに足音が近づいてきて――

「お待たせしまして申し訳ありませんでした!」

「標準語!?」

 千夏も私と同じくびっくり顔。前回会ったときからいきなりキャラ変えないで~。

 私たちの反応が芳しくなかったからか、かがりちゃんは苦笑い。

「こっちではあんまり関西弁は好まれないみたいですんで……バカにしてると思われることもありますし」

 標準語のかがりちゃんは、なんか新鮮……ってより違和感がすごい! 気張ってる感じもするし、何より、メールでの初対面に戻っちゃった感もあって少し寂しい。

「いやいや、さすがにアタシたちは、関西人に関西弁話すなー! なんて言わないってば!」

 千夏も同じ気持ちらしく、ニヤニヤとかがりちゃんの緊張をほぐそうとする。

「そう言われましても、やっぱり先輩に向かって、関西弁は使いづらくて」

 関西にいた頃、先輩とどう話してたんだろ? という疑問はさておき。

「うーん、でもさ! 私たち、本音で語り合った仲じゃん!」

「そうそう、まさに裸のぶっちゃけトークって感じだったよね~」

 千夏は調子を合わせてくれる。けど、こういうときに最も説得力を持つのは大抵由香。

「関西でも上下関係はあっただろうし、むしろ関西人に標準語を話される方が違和感ある人もいるかもね」

 先輩からこう言われると、かがりちゃんとしても我を通しづらい。体育会系の後輩として。

「……そこまで言わはるなら、こっちの部ではこの話し方でいかせてもらいますわ」

 うんうん、良かった! やっぱりかがりちゃんは関西弁が一番自然でしっくりくる。

「あ、そうそうウチ、ストリップ部と兼部することになったんで、バスケ部の部長は辞退させてもらいましてん」

「ええー!?」

 ちょっと、それ大丈夫なの!? 私だけでなく、千夏と由香も驚いてるし。

「いやー、杉田センセはめっちゃ渋っとりましたけど――」

 あ、杉田先生ってバスケ部の顧問ね。

「――むしろ、先輩たちの方が熱心に応援してくれはりましてな。部長は無理やけど、バスケ部もストリップ部も楽しくやってこ思いましてん」

 かがりは明るい調子でベンチにドサッと腰を下ろす。そして、八重歯を見せながらニカっと笑った。

「ってことで、改めてよろしく頼んます」

 そうかぁ、これでかがりちゃんもいよいよ本格的にストリップ部の一員になったんだなぁ。ってことは、あとは舞先輩を説得するだけ! 私の中で道筋は見えたつもりだったんだけど……

「ほんで、ストリップ部って……何するんです?」

 もちろん、舞先輩の説得……って、それは活動内容じゃない!

「えーと……部員集め?」

「はぁ?」

 かがりちゃんから怪訝な表情でツッコまれたけど、由香のソレはボケじゃない。実際私たち、これまで部員集めしかしてこなかったから。

「みんなで全国大会を目指すんだよ☆」

 千夏は胸に手を当て遠い目をしている。でも多分、何も考えてないか、全然違うこと考えてそう。

 ここで、由香からかがりちゃんに逆ツッコミ。

「というか、なんで入部を決めてくれたの」

 私が誘ったからー……ってほどまだ友情は深くないだろうし。

「あー……とにかくバスケ部の状況をどうにかしたくてー……。ま、結果的にうまく回るようなったんで感謝感謝ですわ」

 その気持ちは私もわかるよ! 私も舞先輩の舞台に、そんな可能性を感じたから。とはいえ、ストリップはそんなふわっとしたお助け活動というわけでもない。

「何なら、温泉旅行でも行っちゃう?」

「裸族部じゃないっての」

 やっぱり千夏は何も考えてなかった! ちゃんと由香がツッコんでくれたけど、千夏は裸になれば何でもいいって思ってそーだよ!

「そもそもウチ、ストリップってよく知らんのですけど……」

「安心して! アタシもよくわかってないから!」

「何も安心できない」

 とツッコむ由香自身も、多分よくわかってない。

「……大丈夫かいな、この部活」

 あ、コレ、掛け合いとしてのツッコミじゃなくて、普通に心配してるやつだ。けど……実際、私自身もちょっと前まで全然知らなかったくらいだし。何しろ、舞先輩たちの映像はネット上にも出てこないからね。

「きっと、みんなが想像してるストリップと、いまのストリップって全然別物だと思う」

 少なくとも、登り棒でクルクル回るやつではない。

「ウチもちょい気になりまして軽く検索してみたんですけど、どーにも古い映像ばっかりで」

「そりゃーねー、アレらは百年以上前のだから」

 どうやら千夏も何だかんだで調べてくれていたらしい。

「百年もあれば、ストリップも変わっていくわよね」

 と、由香がしみじみ。そして、私たちが挑戦するのは、まさにその『いまのストリップ』なわけで――

「それじゃ、今度実際に観に行こうよ!」

 やっぱりそれが一番手っ取り早い!

「いつ?」

 すぐにでも走り出しそうな勢いの私を由香が引き止める。いや、さすがにいますぐ走り出したりはしないってば。

「それは……いまから調べる、ってことで……」

 少なくとも、ふらっと会場に行けばいつでも観られるー、というほどライブはやってない。けど、どうせなら舞先輩が出演してる日がいいよね。桑空先生に訊いたら教えてくれるかも? とか期待しながら、私は早速スマホぽちぽち。

 ともあれ――一先ず本物の舞台を体感するまでは各自普通にダンスの練習を! ということになったのだけど……そもそも由香は弓道部、かがりちゃんはバスケ部があるし、千夏は『普通に踊るんじゃダンス部と変わんないしー』とやる気ゼロ。事実上、ストリップ部は開店休業状態。あああ……こんなところ舞先輩に見られたら、いよいよ幻滅されかねない……!

 ちなみに、桑空先生からの返事はあの後すぐ来て、今度の土曜日に舞先輩が出演するライブがあるらしい。みんなにも伝えて、それぞれ予定オッケーってことになった。これには、当日に向けて私だけテンションアップ! ダンスの練習にも身が入る……! ……私だけだけどね……。とほほー。


 さてさて、そんなこんなで週末は近づいてくる。他の三人は一向に練習とかしている素振りはないけれど、舞先輩のライブが観られるー! って思えば私のモチベーションはむしろ爆上がり! そして、あのステージを目の当たりにしたら、みんなのテンションも上がってくれる……と私は信じている。

 そんな昼下がり、いつものようにお弁当を囲む私たち。

「来週のお休み、猫カフェ行かない?」

「おっ、いいじゃんそれ!」

 猫カフェいいよね! もふもふしてると癒やされる~♪ 今日の千夏は、サイドテールをもふもふにカールさせてるから、まるでふわふわした猫の尻尾みたい。

 けれど、ここで紗季が済ました顔で一言。

「今週の、じゃなくて?」

 その瞬間、ランチタイムの楽しい空気がピタッと凍りつく。え、もしかしてバレてた? 私たちが紗季を除いてこっそり予定立ててたの……。うぅ、気不味い!

 そこに……『バレちゃあしょうがない』と言わんばかりに、由香が臆することなく紗季と向き合う。

「今週末は、私と千夏、それと桜で出かけるのよ」

 うわっ、言い切った!? さらに気不味さに拍車がかかる……!

「ストリップ劇場?」

 ぎぇー!? 当然のようにバレてたーーー!! ……まさか先手を打たれるなんて。

「し、知ってたの……?」

 申し訳なさそうに、私は上目遣いで確認する。けれど、紗季は当然のような顔をして。

「だって、貴女たち三人、ストリップ同好会でしょ。行き先がそれ関係なのは容易に想像つくわ」

 フツーに指摘されてしまった。むしろ、慌ててるこっちの方が恥ずかしくなってくる……。ちなみに、かがりちゃんも来るから四人なんだけど、ややこしくなりそうなので、細かいことは黙っておく。

 しかしここで、由香が予想外の行動に!

「紗季、あなたも来る?」

 いやいや、紗季はそういうの好きじゃないって由香だって知ってるじゃん!

「どういうつもり?」

 当然のように眉をひそめる紗季。けれど、由香は動じない。

「別に。ただ、私たちは今週末新宿に遊びに行く予定だから。映画も観るし、その流れでストリップも観るってだけ」

 物は言いようだなぁ……。一応、ライブがメインなんだけど。で、紗季のことだから、そのくらいは承知の上……なんだろうなぁ。うん、承知の上で。

「同好会のことは関係ない、と言いたいのね」

 と由香に建前を問う。

「そう。ただ、当日の予定を考慮した結果、あなたには声をかけなかったってだけ。ただ、変に意識してギクシャクするのも嫌だから」

 こういうときの由香って、本当に強いんだよね。サラッと自分の意見を通して、堂々としている。

「む、無理しなくていいよ……?」

 私としては、最大限に気を使ったつもりなんだけど……

「桜に気を使われるのは何かシャクね」

 なんかヒドイ! 私ってそんなに傍若無人なキャラ!?

 紗季はちょっと考えてから、私に向かって真剣に尋ねる。

「桜は、私にも来てほしいの?」

 その質問に、私は戸惑いながらも正直に答える。

「う、うん……できれば……」

 そんなの当然だよ。みんなで行った方が楽しいし、仲間外れなんて嫌だもん。

 すると、紗季はフッと笑ってこう言った。

「そうね……それじゃ、こういうのはどうかしら」

 どういうの?

「私は、気分が乗らなかったらその場で帰るけど」

 わおー、わかりやすいー。けど、好きじゃないってわかってることに巻き込むのは悪いしね。

 そういうことかなー、と思ったら。

「そのときは、貴女も一緒に帰るのよ、桜」

「え?」

 なんで私も? こういうとき、紗季の考えていることはよくわからない。けど、多分、私には及ばないところで色々な思惑があるんだろうなー、ということでこの場は納得しておいた。


 そんな感じでちょっとした一悶着はあったけど……ついに土曜日、当日はやってきた! ライブは夕方からだけど、私たちは今日一日新宿の街を楽しもう! って魂胆なのだ。

 ということで、先ずは映画から。いま話題のアクションモノを観るため、みんなで駅前集合。私と紗季は家が近いから、一緒に行こうってことになったんだけど……今日はちょっとだけ早起きしたはずなのに、どうしてこうなったんだろ!? 当初の予定では二本早い電車で余裕の到着だったはずなのに、その二本とも逃して結局ギリギリに。

 駅構内は休日ならではの賑わいで、行き交う人々の波が絶え間なく続いている。アナウンスの声が頭上からひっきりなしに響き、電車が到着するたびにホームから人が降りてきて、私たちが向かう改札前はちょっとした混みようだ。周辺には大きなスーツケースを引きずる外国人観光客や、友達同士で楽しそうに話す人たちが行き交い、改札周辺には大きな案内板と、キラキラしたディスプレイが目に入る。休日の新宿駅は本当に人が多い。時間に追われるような気分になるけれど、ゆったりとした地方の観光案内ポスターが、その慌ただしさを少しだけ和らげてくれる。

「桜、急いで!」

 隣を歩く紗季の口調は本当にいつも通り。薄いブルーのブラウスとスマートなスカートで、何だか私より一歩も二歩も大人びて見える。ブラックのショートブーツで颯爽と歩く姿に、白いスニーカーでバタバタとついていく私って……同い年とは思えない醜態。とほほー。

 ようやく約束の改札前に到着したときには、もう千夏、由香、かがりちゃんの三人は揃って待っていた。改札周りには飲み物の自動販売機や待ち合わせ用のデジタル時計が掲げられていて、その前でみんなが手を振っている。

「おっはよー! アタシらもいま来たとこー!」

 千夏が笑顔で声をかけてくれる。黄色いビンテージ風Tシャツにデニムショートパンツ姿の彼女は、相変わらず元気一杯。白いスニーカーも私のよりスポーティーで、今日一日歩き回るぞー! ってやる気全開だ。ハーフアップには編み込みも入っていて、街で遊ぶぞ、って気概が伝わってくる。

「おはようございますー。千夏先輩、桜先輩のこと心配しとりましたよー」

 かがりちゃんはレッドのクロップトップにブラックのライダースっぽいデザインの薄手のジャケットを合わせていて、まるでモデルみたいにスタイリッシュ。ブラックのレザーパンツに赤いハイヒールブーツ合わせているあたり……背が低めなのは本人もちょっと気にしてるのかも。

「私は、千夏のことは心配していなかったけどね。由香が連れてきてくれると思ってたから」

 紗季は落ち着いたトーンで言いながら、特に焦る様子もなくみんなと合流。

「あはは、待たせてごめんね!」

 私はほんのり桜色のオフショルブラウスを少し引き上げたり、ピンクのデニムスカートの裾を直したり……ようやく落ち着いたってところ。

「やっぱり、映画を一番にして正解だったわね。時間厳守を徹底できるから」

 由香が涼しい顔で言う。グリーンのカーディガンにライトベージュのフレアロングスカート。ちらりと裾から覗いたのは、こういうときよく穿いてくる緑のバレエシューズかな。なんだかすごくおっとりして見えるのに、こういうときしっかりしてるんだよね。

「はい、誰だって、映画は最初から観たいですし」

 かがりちゃんが頷きながら返す。

「ねー……アタシたちって、そんなに遅れるかな?」

 千夏が首を傾げる。

「うーん、千夏はちょくちょく」

 私は自分のことは棚に上げてシレっと答えた。いや、だって、私もズボラだけど、千夏の方が……だと思うし!

 けれど、紗季は私の誤魔化しを見逃さない。

「桜が遅れないのは私が迎えに行ってるからよ」

 ギクッ!? 真理を突かれてしまった。

「その証拠に、紗季がいないときの桜の遅刻率は五割増し」

 由香に冷静に分析されちゃったよ!

「そんな~……」

 私の抗議も空しく、みんな苦笑い。これからは気を付けなきゃかもなー。

「とか言って、ここから遅刻したらもったいないですよ。話の続きは歩きながらってことでー」

 かがりちゃんが促してくれたところで、私たちは目的の映画館へ向かうことになった。

 さて、今回私たちが観に来たのは……『世紀末に文明が滅んじゃった後、パワーだけが力!』ってコンセプトの……なんと三作目!

「もう作中では世紀末から五年以上経ってるんだけどね」

 言いながら、紗季はちょっと興奮気味。これには私もワクワクしてきた!

「人気作っすから」

 かがりちゃんはすでにその映画のファンらしい。

「知ってる? 原作の漫画は去年よりさらにひとつ前の世紀末頃に発表されたんだって」

 由香の豆知識に、千夏の驚きは倍増。

「ってことは……百年以上前!?」

「すごい……ロングランだ……」

 私も感心しきり。

 さあ、世紀末を体感する準備は万端! 世紀末よ、どんとこい!


       ***


 映画、終わったぁ~! あまりに壮絶だったので、口にしたい思いは多いのだけど……!

「これは……世紀末だったねぇ……」

 なんと言ったらいいのかわからず、私はそのまんまなことを呟いていた。だって、ほんとに“世紀末感”あふれてたもん。

 映画館のロビーに出ると、一気に現実に引き戻される感覚。広々としたロビーは、天井までガラス張りで、外の日差しがふわっと差し込んでくる。ポップコーンの甘い匂いと、冷房の涼しさが心地よくて、さっきまでの熱気と衝撃が嘘みたい。待ち合わせ用のソファに座って映画の感想を話し合うカップルや、次の上映を待つ家族連れがちらほら見える。スクリーンから飛び出したアクションがまだ頭の中でこだましている中、現実の穏やかな空気感とのギャップが妙に落ち着かない。

「すごいよねぇ……車はボーン、だし、火炎放射器は消毒だし!」

 千夏は目を輝かせて語る。わかる、その気持ち。ボーンでボボーン、だったなぁ……

「文明とか滅んでるはずなのに、どうやって燃料調達してるのかしらね」

 由香はどことなく納得できていないらしい。けれど、かがりちゃんはそんな疑問をすかさず一蹴。

「そういう細かい裏方はいいんですよ!」

 アクション映画は考えるより感じるものだものね。

「そう、力こそパワーなのよ……ッ!」

 意外と紗季って、こういう系の映画が好きなんだなぁと、ちょっと新鮮な発見。こんなに興奮しているところは滅多に見せないので、私は内心ほっこりしていた。


 さてさて。

 映画を満喫すると、すっかりお腹が空いていたことに気がついた。でも、この街はお店で食べると少なからずお高い……。コーヒー一杯で千円以上するような価格設定だし。だから、みんなで節約して公園でお弁当にしよー、ってことになっていた。お金はやっぱりカフェとかで使いたいしね。

 私たちが向かった公園は、広々としていて街の喧騒を忘れさせるような場所。手入れの行き届いた大きな池があって、水面には蓮の花が浮かんでる。水辺の柵に沿って季節の花々が植えられ、風に揺れているのがとても優雅。木々が生い茂った林もあって、木漏れ日がのどかに差し込む。その木陰にシートを敷くと、まるで優雅な避暑地に来てるみたい。高層ビルの合間に広がるこの緑の空間には、ベビーカーを押した家族連れや、木陰で読書を楽しむ人たちがちらほら。

 その中で私たちは、涼しい風に包まれながら、千夏のお弁当をワクワクと待ってた。

「じゃーん! 和洋中一通り揃えてみたよ! 召し上がれっ!」

 千夏が自信満々に色とりどりのタッパーを広げると、みんなの目がキラッキラに!

 まず目に飛び込んできたのは、鮮やかな彩りの和風弁当タッパー。黄金色に輝く出汁巻き玉子が美しく並び、その隣には照り焼きチキンが艶やかなタレで光ってる! そして、野菜たっぷりの煮物が、ほっこりするような見た目で詰め込まれていた。

「わーい! やっぱり千夏のお弁当は美味しそー!」

 私が歓声を上げると、さらに洋風タッパーがご開帳。ポテトサラダには細かく刻んだベーコンが入っていて、その上にはパセリがパラリ。フライドチキンはサクサク感が伝わってくるくらい黄金色に揚がってる! 最後にミニトマトが添えられて、見た目もバッチリ!

 そして、中華タッパーは炒め物がメイン。シャキシャキの青菜とプリプリのエビが香ばしく炒められ、ごま油の香りがほんのり漂う。春巻きもあって、外はパリッと中はジューシーそう。

「これは予想以上のウワサ以上……千夏先輩、すごいっすわー」

 かがりちゃんもその出来栄えにひたすら関心。千夏ってほんと料理上手なんだよね! けど、千夏本人はちょっと不満げ。

「由香が止めなければ、中華の玉子炒めも作れたんだけどねー。あんなのちょちょいなのに」

「そういう小さな積み重ねが大きな遅延につながるのよ」

 どうやら、千夏がもう一品作りたがっていたのを、由香が切り上げさせて引っ張ってきたらしい。

「私たちと同じくギリギリだったようだしね」

 紗季の指摘はごもっとも。確かに、そのもう一品があったら遅刻してたかも……。それに、これだけでもお弁当はこんなに美味しいし! ほんとお疲れ様~。

「まーまー、玉子炒めはまた今度ごちそうしてねっ!」

 私は早速リクエスト。千夏の玉子炒め、楽しみだなぁ。

 そんな感じで、みんなでワイワイしながら、楽しいお弁当タイムを過ごしたのでした!


 ご飯を食べた後は、しばしのんびりタイム。新宿って都会の真っ只中だけど、公園には自然が広がっていて、なんだか心が洗われるような感じがする。この慌ただしい街中でこんなゆったりしたところは他にないよね。緑の芝生が広がり、色鮮やかな花々が風に揺れている。池のほとりを家族連れがのんびり散歩していたり、ピクニックを楽しんでいる人たちがいたりして、とても平和な空間。そんな中で私たちもまったりとお昼寝タイム……といきたいところだけど、さすがにそれは時間がもったいないよなー、なんて思ったり。

 そんなリラックスタイムを過ごしたところで、私たちはついに新歌舞伎町へ。夜に来ることが多かったからか暗いイメージしかなかったけど、昼間だと全然違う。街全体が明るく、ビルのネオンや看板が陽の光で輝いて、なんだかキラキラして見える。大きなスクリーンに映る広告が目を引き、みんなの歩き方にも少し余裕を感じる。カラフルなファッションに身を包んだ人々や、観光客らしきグループがあちこちに散らばっていて、街のすべてが活気にあふれてる。

『どこの喫茶に入ろうかな~?』とか『あ、この服屋さん可愛い~!』なんて、みんなでワイワイしながら歩いていたら、突然千夏がピタッと立ち止まる。

「プリ撮ろう! プリ!」

 そう言って指差したのは、ゲームセンター。えっ、新歌舞伎町のゲームセンターって、なんか怖そうじゃない? 怪しい人たちの溜まり場になってたらどうしよう……なんて、ちょっと不安になりつつ入ってみると、意外にも中はめちゃめちゃキラッキラ! ピカピカ光る蛍光灯や、ぬいぐるみの詰め込まれた大きなゲーム機がずらりと並んでいて、まるでお祭りみたいな雰囲気。そして『プリコーナーへの男性の立ち入りを禁止します』って、至るところに貼ってあって、やけに念押しされてるのが印象的だった。

「……なんかあったのかなぁ……」

「そりゃ、あったんでしょうよ」

 私が呟くと、紗季が即座に相槌を打つ。まあ、そうだよね。

「カップルで撮りたい人はどうするんだろ?」

 千夏が無造作に疑問を口にする。

「外でスマホじゃない?」

「世知辛いですねー」

 由香が興味なさそうに答えると、かがりちゃんは苦笑い。

 ともあれ、私たちはせっかく女子だけなんだから、遠慮なくプリを撮ることにした。写真の機械は、どれも明るいパステルカラーで、内装もキュート。ハートや星、リボンのデコレーションがあちこちに散りばめられていて、女のコたちのための空間って感じ。私たちは、いろんなポーズでとっかえひっかえ何枚も撮影したりデコったり。こういう時間、ほんとに女子で良かった~って思うよね。

 そしたら千夏が。

「最後にコレ! ひとりで試してみていい!?」

 やたらと前のめりになっているのは、全身が撮れるやつ。

「あー……」と声を漏らしたのは私。千夏が何を企んでるのか何となくわかったから。

「おー……」と感心しているのはかがりちゃん。

「好きにすれば」と他人事を決め込んでいるのは由香。

 そして、紗季はノーコメント。

 ということで、千夏のことはやんわりと放し飼いにしつつ、私はかがりちゃんと最後の一枚を撮っていた。

 で、それができたあたりで、単独行動していた千夏と合流。

「見て見て! あのプリすごい! こんなとこまで盛ってくれて! 見てよ、この、白人かよ! ってピンク色!」

 千夏は興奮気味に私に写真を見せてくる。

「わおー、これはすごいねー……」

 予想通りの写真だった。けれど、その盛りっぷりは予想以上。いや、プロポーションの話じゃなくて、元々肌の色とかは盛ってくれるからね。

「桜も撮ってみたくなったんじゃない!?」

 と千夏に煽られると……ちょっとは興味あるかも、ってのは正直なところ。撮らないけどね。

 ここでかがりちゃんがナイスパスを。

「それは、また今度ってことで。由香先輩たち、店の前で待ってるみたいなんで」

「何で外」

 そういえば、紗季と由香の姿が見えない。他のとこで撮ってる様子もなさそうだったのはそういうことか。

「知り合いだと思われたくないとかで……」

 あー……あのふたりならそういうことしそう。

「なにそれひどいー!」

 千夏がプリプリしながらお店の外に向かっていくけれど……お願いだから、その写真は人前で出さないでーーーっ!


 ちなみに、後日ゲームセンターに『男子禁制』の張り紙に加えて『機内で服を脱がないこと』っていうルールが追加されてたとか何とか。


 その後、喫茶店に入ったんだけど――店内に足を踏み入れた瞬間、漂うアンティークな空気。重厚な木製のドアを押し開けると、店内は少しだけ薄暗く、シャンデリアが低く輝いている。壁には古びた絵画やクラシックな装飾品がところ狭しと飾られ、まるで別の時代にタイムスリップしたかのよう。大理石のテーブルに、レザーの椅子がずらりと並び、歴史の重みを感じさせる店内には静かなクラシック音楽が流れている。そんな古風に統一された店内の卓上にはシレっと注文用のタッチパネルが佇んでいるけれど、元々地味なデザインだしね。ただの黒い板って意味では、画面さえついていなければさほど違和感はない。

 そんな座席を、一つひとつ衝立で仕切っているのは……やっぱり、営業の人たちの打ち合わせの場になるからかな。……新歌舞伎町で打ち合わせって……何の? 自分で疑問に思っておきながら、それ以上疑問に思わないことにしておいた。

 さすがに、普段よく入っている駅前のお店とは違うなー……とは思ったんだけど、それとは別の不思議な違和感が私の中にあった。それは、ここが新歌舞伎町のお店だから、ってわけでもなく――

「アタシ、水ようかんにしようかな」

 千夏のその一言で、私は違和感の正体に気がついた!

「えっ!? バナナパフェにしないの!?」

 そうだよ! いつもの千夏なら、そのお店の名物パフェみたいなのに一目で飛びつくじゃん! カウンターの大きなガラスのショーケースには色とりどりのケーキが並んでるけど、千夏はそれを眺めてもため息ひとつ。おかしいよ! そもそも、いつでも即決の千夏がこんなに迷ってること自体が珍しいんだって!

「疲れたの?」

 そりゃー、由香だって心配するわ。実際、千夏は何だか元気なさそうに。

「えーと……何と言うか……」

 少し言葉を選んだ末。

「……変なところにお肉がついたら恥ずかしいなー……とか思ってさ」

 それってもしかして……脱いだ後のことを考えてくれてる……? 確かに、私たちの競技って衣装で誤魔化せないから。

 と、いうことは……おおおおお……っ! みんな今日まで何かとやる気ないってションボリしてたけど、こうしてちゃんと考えてくれてるなんて……! それってもしかして、今日このあと実物を観に行くから……!? 何だか部活動が現実味を帯びてきて私は嬉しいよ!

 だからか――もちろん、ここは喫茶店だからそこまで露骨な話はしないけど――陽が傾いてくる度に、ちょっとずつ私はそわそわしてくる。だって、これから舞先輩のライブなんだもん!

 けど、私は、そのー……紗季の手前、なかなか言い出せなくて。こういうとき、ズバっと代弁してくれるのはいつも由香。

「そろそろ開場時間じゃない?」

「あっ、そうだね! もうそんな時間ー!」

 と、白々しく返してみたものの……紗季は呆れてため息をついている。うはー、バレバレかー!

 だから、というわけではないけれど……お店から出た後は私が先陣を切って道案内。そもそも、会場の場所知ってるのは私だけだしね。

 新歌舞伎町の街並みはいまなお明るく、賑やかさに溢れている。ネオン看板がひしめき合い、昼間でも煌々と光っていて……ウン、夜とはまた違った顔って感じだね。飲食店やバー、アクセのお店などが軒を連ねていて、どこを見ても人々が行き交っている。カラフルなポップや雑多な広告が目に飛び込んできて、どこもかしこも活気に満ちてる感じ。高層ビルの間から光が差し込んでいるのが、不思議と幻想的な雰囲気。

 そんなビルの一角に隠れるようにして存在しているのが、ライブハウス『パラノイア』――暗い色の外壁に、控えめなロゴが描かれた入り口。小さな電飾パネルが立っているけれど、気をつけないと見逃してしまいそうなほどひっそりとしている。入り口には長い階段が続いており、そこを下りると地下のライブ会場へ。外の喧騒とは一転、少し不気味な雰囲気すら漂わせている。

 ここに来るのは――試験のときも含めればこれで三回目。でも、みんなで来るのは初めてのこと。それだけで何というか……心強い!

 中に入ると、ライブハウス独特の暗い照明が私たちを包み込む。ステージは広くないけれど、ステージ中央に設置されたスポットライトが目を引く。天井は低く、音がこもる感じがするのはやっぱり音楽施設ってことなんだろうね。壁にはアーティストのポスターやフライヤーが無造作に貼られていて、足元は少しべたつくような床。ステージ前にはぎゅうぎゅうに人が詰まっていて、観客はみんな立ち見で熱気がすごい。

「ふぅん、ここでやるの?」

「普通の箱と変わらんねー」

 紗季と千夏は何気なく感想を交わし合っているけれど、心の中では私、ちょっと緊張気味。ここで希さんに酷評されたのを思い出すと、少し気が重くなっちゃう。あのときから色々あったし、状況は変わったかもしれないけど、私自身が変わったかどうかは……まだ自信が持てない。

 それにしても……開場して間もないのに、舞台の真ん前には既に三層ほどの男の人たちがびっしり詰めかけてる。何というか……まったく躊躇する素振りのないあからさまな逞しさに、かがりちゃんはちょっと引き気味。

「……ウチ、兼部するとこ間違えたかなぁ……」

「わ、私たちのはあくまで『競技ストリップ』というやつで……!」

 全国大会は男子禁制で、観客も審査員も全員女性だから! 雰囲気も全然違うはず……! こ、ここはあくまでプロのステージだから……

 ワンドリンクを引き換えて、私たちは開演を待つ。もっと前に行くこともできるんだけど、男性のお客さんたちの強烈な気迫が渦巻いていて近づきづらい……。逆に男の人たちも私たちを遠巻きに見ながら腫れ物を避けるような雰囲気。お互い申し訳ない感じで、私たちは後ろの壁の方で待機していた。これは……ちょっと早く入りすぎたかも。

 浮いた雰囲気のまま時間は過ぎてゆき――そして、ついに始まった……! ステージはまだ暗闇に包まれていて、ほんのりと青みがかったスポットライトがステージ中央を照らしている。薄い霧がかかったようにスモークが漂い、光が反射して幻想的な雰囲気を醸し出している。観客のざわめきが遠く聞こえる中、ステージ中央に向けて人物がひとり、音楽に合わせて静かに舞台袖から現れる。ステージ後方のLEDスクリーンには、抽象的な幾何学模様が次々と映し出され、音楽とシンクロするように色が変わる。ステージの両サイドにはスピーカーが配置されていて、音が身体全体に響いてくる感じ。

 けれど、物々しい前奏が終わると……ううん、これは前奏というより、上演開始のファンファーレのようなものだったに違いない。だって、パッと舞台上が爽やかな光に包まれて、これまでの重い雰囲気を吹き飛ばしてくれたから。これは、そういう演出だったのかも。空気は一気に軽くなって、どことなくのどかな雰囲気のこの曲は……あれ? これってもしかして……!?

「キミの隣で微笑みかける~同級生~♪」

 この歌、知ってる! 試験のときに練習した曲だ! 結局、試験には落ちちゃったけど、何度も聴き直したし、この曲には特別な思い入れがある。なんだか、懐かしい気持ちになるなぁ。

 こういうところでも歌われる、ってことは、どうやら私が知らなかっただけで、結構有名な曲だったのかも。あ、正確には歌われてるんじゃなくて、歌ごと伴奏として流されてるんだけど。初めて観た近代ストリップが舞先輩の舞台だったから、歌って踊って、そして脱ぐ! って流れだと思ってたんだけど、本来ストリップってダンスだからね。歌わない人がいるのも当然か。

 ただし、そのダンスについては……本当にすごい。上手いとか下手とかじゃなくて……もはや、あの動画を完全再現してるんじゃないか、ってレベル。何度も見返した私だからわかる。指先から頭の角度まですべてが忠実。そして何より、あの表情――にこっと微笑みながらも、胸がグンっと引き込まれそうな眼差し――ああ、これがプロの力なんだ……。こんなのもう、感心して言葉も出ない。

 私もあんな風になれるかな……少しだけ、胸が高鳴る。プロの人たちを観る度に、私も頑張ろうって思うのだった。

 さてさて、ライブが進むにつれて、他のみんなの反応が少しずつ面白くなってきた。ちょっとだけ、希さんがどんな心境で私を見ていたのかわかった気がする。最初から落ち着いて見ていたのは私だけ。千夏と由香は、私が初めて舞先輩のライブを見たときと同じように、驚きと興奮に満ちている。

「うわ、うわ、これ……全部、イクんだよね……?」

 千夏が目を輝かせてつぶやく。どんだけテンション上がってんだか。こっちまでドキドキしちゃう。

「おおおお落ち着きなさい。最初からそういうもんだって知ってたでしょ!」

 そう言う由香自身が思いっきりドギマギして全然落ち着いていない。この舞台がストリップだってわかっているうえでこれなんだから、私はリアクションはさぞおかしかったんだろうなぁ。

 一方で、紗季はある意味冷静。

「……セーラー服なんて初めて見たわ」

 とポツリ。けどそれ、驚く方向違くない!?

「いやいや~、これはステージ仕様でっせ」

 かがりちゃんも、もっとステージそのものを見て!

「でしょうね。こんなパステルピンクな学生服あったらドン引きするわ」

 紗季とかがりちゃんの間でセーラー服談義をしている間に、その本人はまさに脱ぎ始めている。スカートがひらりと舞い、次々と……下着まで。私が参考にした動画は学校でのイベントだったから、もちろん脱いでいない。だから、このパートはこの人オリジナルのものだ。轟音と閃光の中、全裸のまま歌いながらステップを踏む姿に、私は思わず息を飲む。そういえば、舞先輩以外の――ミサちゃんのは体育館だったからちょっと違うとして――ステージを見るのは初めてだ。しかも、参考にしていた動画とまったく同じ動きで、まったく異なる姿で――その対比からくる衝撃は、おそらく私だけのもの。ストリップ鑑賞経験者、というアドバンテージを丸々持っていかれてしまった感じだ。

 一方、私以外の反応は、というと――千夏は目を見開き、まるでステージに吸い込まれるように集中している。かがりちゃんは手に汗を握りながら、由香は完全に視線が泳いでる。ああ、意外とこういうのに弱いんだなぁ……。脱がないって約束だけど、私たちの活動につき合ってもらえるか、ちょっと心配になってくる。

 でも、私が一番気にしていたのはやっぱり紗季の反応だ。ショックとか受けてないか心配だったけど……そんなことは全然ない。すっかり平然としていて、まるで何でもないことのように受け止めている。ちょっとだけ、ほっとした。

 曲が終わると、女の人はふぅ……と大きく息をつく。まるで、空気が抜けたみたいに。すると、表情もすっかり弛緩した。ちょうど、スイッチが切れた感じだ。だからか、とってもナチュラルに「どーもー」なんて軽く手を振りながら舞台袖に戻っていく。ホントに別人みたい。

「演者として、最後まで緊張感を持ってもらいたいものね」

 こういうところまで、紗季は厳しい。けれど、由香はステージを見つめながら、頬を染めてぼそっと呟く。

「あのギャップ……いい……」

 ウケる人にはウケるんだなぁ。人の好みは本当に千差万別だ。

 さて、次に出てきたのは、体操着姿の元気そうな女のコ。サイドテールがピョンピョン揺れて可愛い。

 ステージの照明が一気に明るくなり、色とりどりのライトがテンポよく回転し始める。曲はユーロビート調のアップテンポで、重低音がドゥンドゥンと響いてくる。観客席にもそのリズムが伝わり、みんなが自然と身体を揺らし始めている。ステージ中央のダンサーは軽快なステップを踏みながら、まとめた横髪を元気よく揺らしている。ライトがブルーやピンクに変わるたびに、踊り娘さんの動きが照らされ、まるでステージ全体がリズムに合わせて躍動しているみたい。

 ステージ背景にはカラフルなレーザーが交差し、まるで空間そのものがダンサーのエネルギーを反映しているかのよう。彼女は観客に手を振ったり、元気よくジャンプしたりと、まるでアニメのヒロインのような動きを見せる。

 ユーロビートの軽快なリズムに合わせ、彼女の足元はスムーズに動いていて、床のライトがそれに合わせて鮮やかに変わっていく。その表情は終始笑顔で、元気いっぱいにパフォーマンスを続けている。観客も手拍子を打ち始め、ステージと一体になって盛り上がっていくようだ。

 でも……どこか変なんだよねぇ。

「あのコ、下に水着とか着てるのかな?」

 私はつい口にしてしまった。腰から下は人混みで見えづらいんだけど、パンツにしては、何というか……ノペっと真っ黒すぎる。うーん、あれは何だろう?

「部長さん、あのコが穿いとるんは『ブルマ』っちゅーヤツでして」

 かがりちゃんが教えてくれた。

「ブルマ?」

 マンガに出てくるヒロインみたいな名前だけど、そういうアイテムなんだろうか? けれど、かがりちゃんの説明は私に軽く衝撃をぶっ込んでくる。

「百年前の学校じゃアレ穿いて体育の授業しとったそうで」

「あれで!?」

 私は思わず叫んでしまった。だって、あんなのほぼパンツじゃん! 百年前の人たちってナニ考えてたの!? え、ホントにあれ穿いて校庭とかで運動してたの!? 絶対考えらんないって!

 けれど、私はここで驚愕の事実に突き当たる。

「……ハッ!? ……てことは……男子も……?」

 その言葉に、誰もが何とも言えない表情で黙り込む。なので、言い出したかがりちゃんが適当にまとめてくれた。

「んー……男子の絵面は見たことないですけど、きっとそうやったんでしょうねぇ……」

 多分そうなんだろうけれど……私は男子が黒ブリーフみたいな服装で授業を受けていた時代を想像してしまって、なんとも複雑な気分に……。男子も女子も、その頃はすごかったんだなぁ……と、私の頭の中で百年前の体育授業が勝手に再生される。はぁ、やっぱりいまとは全然違う時代だったんだなぁ……

 さて、普通のステージなら、結局あれって下着なの? 違うの? って疑問はわからないまま終わるところだけど――いや、そもそも普通はあんな衣装でステージはやらないだろうけれど――ともかく、そんな疑問にも答えてくれるのがストリップという舞台であって。曲が進んだところでついに発覚。やっぱりアレはパンツではなく、中にはブルマとは別に白いパンツをちゃんと穿いていた。なるほどねー……と納得したところで、結局は全部脱いじゃうんだけど。

 ダンスも二人目ともなればこっちも慣れたもんで、みんなさっきほど動揺はしなかった。けど、やっぱりすごい迫力。

「やばい……かわいい……やばい……」

 な、なんか由香が……ブツブツ呟きながらステージ直下の男の人並みにガン見しているんだけど。さっきまでの動揺がウソみたい。変なスイッチ入っちゃったのかな。

「むしろ、脱がなくてもやっていけそうなのに」

 紗季がボソッと呟く。うん、確かに。このコのダンス、キレッキレだし、脱ぐ必要すらないんじゃないかと思わせるくらい。でも、そこはストリップだからこその流れってあるんだよね。

「すごいなー……マジでプロストリップダンサーって感じ」

 千夏も感心してる。私も同感。踊りと脱ぐ動作が自然で、カッコ良くて、そしていつの間にか脱いでるって感じ。だからこそ、脱ぐっぽい動きだけで脱がなかったら逆にカッコ悪いかも。これはもう、ストリップっていうジャンルを突き詰めた美学なんだなぁって感じる。

 そして、曲も終盤――今日は歌わない日なのか、このコも歌は無し。それどころか、ボーカルもないので一番とか二番とかわかりにくかったんだけど――多分、ここから大サビに向かうところなんだと思う。楽曲的にも絵的にも最大の盛り上がりを見せるこの時に――

「おっつひの!」と急に叫ぶ観客たち。

「いぇい!」と応えてブラをスポーンとぶん投げる女のコ。

 な、な、なにこのコール……!? そういえば、ライブにはそういう掛け合いもあるものだけど……! 初めて聞いた声がコレってのも、なんかビックリ……

「おっつひの!」「いぇい!」

「おっつひの!」「いぇい!」

 女のコはすっかりスッポンポンだけど、コールはまだまだ続いている。呼びかけに応じて、あんなポーズや、こんなポーズを……す、すごい……関節柔らかいしバランスもブレないし、普通にすごい……!

 あと、由香もすごい……!!

「おっつひの!」

 なんかのめり込んじゃって、男の人たちに加わって声出してるよ!

「おっつひの!」

 こんなとき、千夏もノリがいいんだよなぁ。わ、私はちょっと……次から頑張るから……! だって、私がネットで見た古い資料にはこんな合いの手なかったもの。せいぜい拍手くらいなもので。だからこれもまた、近代ストリップの賜物なんだろうな、って。


 そんな色んなものの新たな一面を見たところで――ついにこの時が来た……! ステージの照明が一気に暗転し、シーンと静まり返った会場に、次の瞬間、ギターリフが響き渡る。ロックなサウンドが会場を突き抜け、床を揺るがすような重厚なドラムビートが続く。その音に呼応するように照明が一気に赤く変わり――おおおっ、舞先輩だ! けど、テーマはなんと……『水着』!? しかも競泳水着! キャップをかぶって、長い髪をゴーグルに押し込んでいる。えーっ、もっとおしゃれな水着でキメてほしかったなぁ、なんて思っちゃうけど、まぁ結局脱ぐんだよね……とか考えている私。そもそも、全裸にスイムキャップ姿とかシュールすぎて、まったく先が読めない展開にワクワクしちゃう!

 私の胸が高鳴ってきたというのに、その瞬間――


「――帰る」


 ……え? 紗季の言葉に思わず目が点になる私。何で? どういうこと? せっかく舞先輩の舞台がようやく始まるというのに。

「約束よ。桜、帰りましょう」

 紗季は冷静に言う。

「え? あー……うん」

 何がなんだかわからないまま、紗季に引っ張られていく。状況が全然飲み込めないのに、紗季の真剣な顔に釣られて足が勝手に動いてしまう。

 他の三人もさすがに異変に気づいてこっちを見てるけど、まさかこのタイミングで帰るなんて予想してなかったみたいで何も言えない様子。ちょっと気不味い……

 会場内の熱気と大音量の音楽が私たちの背後で遠ざかっていく。ステージ前で圧倒的な盛り上がりを見せる観客たち、眩しいスポットライトが点滅し、響くベース音が身体に重く震わせていたのに、いまではそれが遠く、静かに感じられる。

 あ、舞先輩はちゃんと自分で歌うんだ……。聴きたかったなぁ……。そんな名残惜しさを背中に受けながらドアを抜けると、音はドンと半分くらいに減り、涼しい外の空気が肌に触れる。

 ライブハウスの入り口付近には、外に出た観客たちが煙草を吸っていたり、友達同士で盛り上がっていたり。そんな喧騒の中、私たちはあまり人目に留まらないようにスッと通り過ぎる。賑やかな夜の新歌舞伎町の喧騒によって音楽は完全に掻き消され、外の夜の冷たさがじわりと肌に染み込んでくる。けれど、私の胸の鼓動だけが不自然にざわついていた。

 新宿のネオンがチカチカと街を彩り、通りはここからが本番とばかりに賑わっている。けれど、紗季の手に引かれて歩いている間だけは、まるで別の場所にいるみたいな感覚だった。

 紗季は何も言わず、ただひたすら前を見て歩いていく。私を握る手は力強く、そして――少し痛い。

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