延長戦!? 全国への道はまだ遠く
わぁ……いまだに信じられない……! あの舞先輩が……あの日、窓から飛び降りてでも会ってくれなかったあの舞先輩が、いま、自ら私の方に歩いてきて――そして、目の前に。もう心臓がバクバクして、何も考えられない。足元がふわふわしてるような感じ。何があるのかな? 何を話してくれるのかな? とワクワクしていたら――
「風の便りで聞いたの。貴女の……ストリップのことを」
えええっ!? なんで!? せっかく桑空先生が箝口令を敷いてくれたのに、学年が違う舞先輩の耳にまで届いちゃってる!? 桑空先生、仕事雑ーっ!!
「……はい」
観念して答えたものの、舞先輩相変わらず無表情。ああ、どうしよう、これって完全に怒られるフラグじゃあ……
「バカなの?」
「先輩まで!?」
舞先輩に言われるなんてショック! 由香にもツッコまれたけど、まさかプロである先輩にまで……。いや、まぁ、授業中ってのは前代未聞だろうけど! でも、これが私の覚悟なんだよ!
舞先輩はそんな私を冷ややかに見つめたあと、ちらっと千夏たちの方を見てから尋ねる。
「そのふたりは?」
「と……友だちです!」
私はしっかりと答えたけれど。
「本当に?」
なんでそこに疑問を持つの!? けど、そんな眼差しを払拭するように、千夏は私をぎゅーっと抱きしめてくれる。
「おうよっ、アタシらマブだよねー!」
やっぱり千夏は元気いっぱい!
一方、由香も。
「否定するほど嫌いでもないです」
ちょっとツンとしつつも温かいお言葉。ああ、やっぱり頼りになる友だちだなぁ。
で、舞先輩はさらに後ろにいる桑空先生に目を向けて。
「そして、その後ろの男女は?」
なんでいきなり怒らせるようなことを!?
「ケンカ売ってんのかテメー」
「ミサちゃん先生」
「先生つければいいってもんじゃねーぞ」
ここまでくると、むしろ憎まれ口って気がしてくる。同じライブに出るような間柄だし、やっぱり仲がいいのかな?
舞先輩はちょっと桑空先輩とじゃれ合ってたけど、くいっとこっちに向き直る。
「私は、貴女に忠告しに来たの」
その一言で、場の空気が一変する。え、忠告? 急にシリアスモード? 何を言われるんだろう……って思っていたら……
「けど、やっぱりやめたわ」
「何しに来たの!?」
あっさり翻意してしまう舞先輩に私は思わずツッコミ!
「忠告、必要なくなりそうだから」
舞先輩は笑みを浮かべる。な、何それ!? けど、それって――
「もしかして……部活のこと……?」
不安そうに私が尋ねると、舞先輩は私ではなく桑空先生に向けて答える。
「職員室の先生方は常識人揃いのようね」
「オレはまだ実習生だから、教師に染まりきってねーんだよ」
桑空先生は軽くあしらう。
「常識に染まったミサ……ふふっ」
「オレだってそんなの想像できねーな」
舞先輩は楽しそうに微笑む。え、そんなに面白いことなの? それに、桑空先生自身も認めちゃってるし。私には比較的常識人に見えるんだけど。実は何かヤバイ裏の顔があったり……? いやいや、そんなことないよね。たぶん。……あ、もしかして、ミサちゃんモードだと結構ヤバイの!? そして、そんなヤバイミサちゃんとやり合ってる舞先輩……それが、私の目指す世界なんだ……!
「でも私、諦めません!」
私は強く宣言する。だって、私はあの体育の授業で変わったんだから! けれど、舞先輩は淡々と「そう」と返すだけ。だから、私は続ける。
「もし……私たちが部を作ったら、一緒に全国大会を目指してくださいね!」
私は胸の内の熱い想いを伝えたかった。舞先輩と一緒に全国大会を目指せるのなら――そんなの、もう最高じゃない!?
でも、舞先輩はグサリと釘を刺す。
「その前に、顧問」
「ぅ」
確かに、担当してくれる先生を探すのが最優先だよね……。桑空先生だけが頼みの綱だったけど、実習生じゃまだ正式に顧問にはなれないし……どうしよう?
暗雲が立ち込みすぎて、私には何も言えない。
「最後に一言」
舞先輩はふわりと長い髪をなびかせながら、くるりと踵を返す。
「深淵が貴女を覗くとき、貴女もまた深淵を覗いているのよ」
「私が!?」
また出たよ舞先輩の謎の言葉! それってどういう意味!?
「万が一、顧問の先生が見つかったら、また会いに来るわ」
その言葉を最後に、舞先輩は静かに去っていく。その後ろ姿を私は追いかけたかった。けれども、できなかった。何故なら――ガラっと職員室の扉が開く音がしたから。いや、カラ……ってもうちょっと控えめな感じかな? もしくはガ……ピタ、みたいな。どうでもいいか。ともかく、ちょっとだけ開いた扉から誰かが顔を覗かせてきたのだ。私たちはそちらに意識が向き、追いかけようとした足を引き止められてしまったのである。
で、誰が出てきたかというと――
「い……いまの声……如月さん……でしたよね?」
恐る恐る現れたのは、
小此木先生は去年就任したばかりの若手教師で、まだ緊張が抜けてないみたい。落ち着いたブラウスとジャケットに、ふんわりとしたセミロングの髪をまとめ、控えめな眼鏡の奥からこちらを伺っている。やや小顔で、目元は柔らかい雰囲気で、生徒たちにも優しく接する穏やかな性格が表情ににじみ出ているけど、時折少しだけ頼りなくも見える。スタイルも控えめで、大人の女性、というより同級生って雰囲気だ。多分、制服着て机に座ってたら生徒と間違われてもおかしくない。そういうところからして頼りないけれど、生徒から見れば逆にその方が安心感もあったりもする。大塚先生みたく怖いよりは。
「ええ、そうですよ。小此木先生」
そう答える桑空先生の方が、むしろ堂々としているよーな。そして、小此木先生はまだ驚いてるみたい。
「初めて見るわ……あの如月さんが、自分から他人に話しかけるなんて……」
「えっ!? ……ああ、確かに……」
そういえば、私も記憶にないかも。舞先輩が誰かと話している姿なんて。いつもクールで、一匹狼みたいな感じだし。
納得が顔に出たからか、小此木先生は私に向けて話を続ける。
「ずっと心配していたのよ。クラスでも孤立していたみたいだから」
孤立じゃなくて孤高と言って! 実際、舞先輩のことが気になりまくっている私でさえ、どうやって接していいのかわからないところがある。どうにも掴み所がないというか。
きっと、小此木先生も私と同じ気持ちなのだろうけれど、それを桑空先生が軽くたしなめる。
「小此木先生……生徒に深入りするのはほどほどにしましょう。彼女は学生ではありますが、もう立派な成人なのですから」
それを聞いて、小此木先生は少し慌てる。
「ええ、だから、先生が個人的に気にしてるだけよ。そもそも、受け持ちになったこともないし」
そんな言い訳をしているけれど、舞先輩のことを気にかけてくれるのは、私としてはちょっと嬉しい。
けれど、すぐに先生は暗い顔をして。
「去年、あんなことがあったから――」
「小此木先生、生徒の前ですよ」
「あ、ごめんなさい」
なになに? 何の話? 聞きたいけれど、桑空先生がすぐにストップをかけたので聞くに聞けない。けれど、桑空先生はそんな小此木先生の心境を察したのか、ポンポンと先輩教員の肩を叩く。
「それでですね、如月さんについて少々お話したいことがあるのですが……」
悪く言えば、不良が臆病な優等生に絡んでいるかのような雰囲気で、桑空先生は小此木先生をそのままどこかへ連れて行こうとする。職員室ではないどこかに。怖い大塚先生が睨みを利かせている職員室ではないどこかに……!
桑空先生が何を企んでいるのかはよくわかる。私に向けて『任せておけ』と言わんばかりにニッと笑ってこっそりサムズアップを見せてくれたから。おおお……桑空先生、やっぱりこういうところでは頼りになる!
「負けフラグ?」
ちょっ、なんてこと言うの、由香!?
「ダメそう」
千夏まで!?
「せっかく桑空先生がうまくまとめてくれそうなのに!」
ふたりがガッカリすぎる茶々を入れるので、私はすかさず桑空先生に援護射撃。すると、ここでまさかの――
「にゃー」
背後から聞こえた猫の鳴き真似に、私たち全員が一斉に振り向く。すると、そこにいたのは――
「黒猫よ。前を横切っていいかしら」
「やめて!」
思わず叫んじゃったけど……さっき立ち去ったはずの舞先輩がシレっと戻ってきてた! 頭の上に両手をぴょこぴょこ当てて猫耳を作っている舞先輩。ちょっと可愛いけど、真顔だから何を考えているのかわからない。多分、千夏たちの茶々に乗ってるだけな気がするけど。
でも、それより大事なことがある。
「約束……覚えてますよねっ?」
一緒に大会を目指そう、って。私が一方的に押し付けただけだけど……桑空先生がうまく小此木先生を説得してくれたら……!
「ええ、顧問が見つかったらまた来るって話だけど」
おっと、そっちの話ね。ってことは、舞先輩も小此木先生が顧問になってくれるって信じてるんだ。千夏たちでさえ半信半疑なところだったので、私にとっては何よりも心強い!
なのに。
「私は貴女と共に大会に出場することはできないわ」
「え……」
どうして――
「どうして……そんなこと言うんですか!?」
私だって舞先輩と同じ一歩を踏み出したのに……!
けれど、先輩は――それこそ、表情を崩さず淡々と告げる。私の知らなかった現実を。
「同好会は部とは違う。同好会では、大会に参加できない」
「え……――」
……えええええええええええええ!? 大会に出るには部として成立させなきゃいけないってこと!?
ショックを受けてる私の顔を見て、舞先輩は……ちょっと微笑んだ気がする。そういうところで喜ばれても困るのだけど……これは『貴女ならできる』という激励として受け取っておこう、ウン。
そして、先輩はそのまま踵を返して――今度こそもう、戻ってくることはないのだろう。少なくとも、今日のところは。
やっぱり、一筋縄ではいかないもんだなぁ……。こうして、私の部員探しは延長戦へと突入することになったのだった。でも、絶対に諦めない! 絶対に!!
同好会から昇格して部として認められるためには、最低五人は集めなくてはならない。残りふたりのうち、ひとりは舞先輩の席として――たかが、あとひとり。されど、あとひとり――私がストリップをやりきったことで、クラスのみんなの心にもそれなりに揺さぶられるものはあったっぽいんだけど――
「ぐあー……誰も入部してくれないよー……」
翌日の午前中、一通り声をかけてはみたものの、何の成果も得られないままお昼休みのお弁当タイムに突入。
「由香みたく、頭数だけでもいい、ってお願いしたんだけどなー」
そこで、私はつい紗季の方を見てしまう。が、しっかり無視された。ごめん、頼るつもりはないんだけど。
私が申し訳なさそうな顔をしたからか、紗季も少し表情を和らげて、それでも辛辣なことを言う。
「というか、集める必要あるの?」
「え?」
「だって、同窓会なら成立したわけだし、ただ活動するだけならそれで十分じゃない」
紗季の言うことには一理ある。けれど、ここでサイドテールの千夏が元気よく反論。
「ナニ言ってんの! どうせやるなら全国目指したいじゃん☆」
「ま、目標があった方がやる気は出るでしょうね」
これについては由香も同意してくれるらしい。けれど、事が事だけに。
「やる気なんて出さないでよろしい」
紗季はピシャリと断ずる。あくまで私たちの活動には否定的だ。こういうところ、本当にブレない。
あれから小此木先生にもちゃんと確認して、顧問を引き受けてくれることとなった。桑空先生にも釘を差されていたからか、舞先輩のことは何も言わなかったけれど……明らかにそれが目的なのだと思う。だから私たちは深入りすることなく生徒会に必要書類も提出して、晴れて『ストリップ同好会』を設立したのである! ……けど、これは生徒が集まって活動していいですよ、ってだけの話で、校外イベントへの参加公認はもらえない。
「こういうとき、実際の活動を見せるのが王道展開だけど……」
「見せた結果がコレだよ!」
千夏の提案に私は秒でツッコむ。うわーん! けど、由香は入部してくれたから、そこだけは大成功!
ここで、由香が別案を提示。
「こういうときは、一旦方向性を改めた方が良さそうね」
「方向性を改めるってゆーと……入部じゃなくて退部?」
千夏は何も考えてなさげ。
「辞めるの?」
「やめて! じゃなくて、やめないで!」
紗季が酷いことを言うので、私は今度も秒ツッコミ! もちろん、由香はそんなつもりで言っているわけじゃない。
「つまり、入部してくれ、じゃなくて、入部しなくてもいいや、って考えるってことね」
こんな感じで補足してくれたけど……どういうこと?
翌日の朝、教室に入るなり私の目に飛び込んできたのは――
「じゃーん! ストリップ同好会・裸の相談室!」
頭にお団子髪をふたつ乗せた千夏は誇らしげに大きなポスターを広げているけど――描いた本人以外はみんな同じ顔をしている。
「これ……マジで提出する気……?」
「モチのロンよ!」
『裸になって本音をぶつけ合おう』ってキャッチフレーズに、ウッフンなカット……千夏ってこういうところである意味いいセンスしてるもんだから、余計にヤバイことになってる気がする。ぶっちゃけ、新歌舞伎町に貼ってあっても何ら違和感がないレベル。褒め言葉として。あ、場所が学校だけに褒められたことじゃないかもしれないけど。
「アホなの?」
「アホってゆーな!」
怖いほど的確すぎる紗季のツッコミに千夏が反論。
「思っていた以上にアホだったわ」
由香の目もすっかり冷めている。私は何も言えない。
「んなら、どっちがアホか見せてやるわー!」
そんなわけで――私たちを連れて意気揚々と生徒会室をノックする千夏。そして。
「却・下♡」
「なんでぃえ!?」
生徒会長は笑顔で一刀両断。千夏は本気で驚いているらしく、どこか発音がおかしい。私たちは教室で事前にお披露目会があったから予定調和な顔をしているけれど、会長にも動揺がまったく見られないのはある意味すごい。
「生徒会室の前に貼るのですから、もう少し常識を弁えていただかないと」
千夏を諭しながらも、会長はずっとニコニコ。あまりに完璧すぎる笑顔なので、私にはちょっと怖くも見える。後ろ髪は舞先輩のようにすらっと長いんだけど、色の方は少し明るくて、朝の光に当てられてちょっとキラキラ。笑顔もキラキラ。けど、こうも画一的にキラキラだと、逆にナニ考えてるのかわからなくなってくる。舞先輩はぼーっとしてる分、『ああ、ぼーっとしてるんだなぁ』ってむしろ正直で安心するけど、会長の方はニコニコしてても『絶対内心ニコニコしてない!』って感じで背筋がゾクっと冷えてくる。
そんな会長の根城ともいえる生徒会室は、広々としていて落ち着いた空気が漂っている。大きな窓から柔らかな朝の光が差し込んでいて、室内の白い壁やシンプルなワークデスクが優しく照らされている。空いているのは会長の席だけで、副会長や他の生徒会メンバーはそれぞれ自分のデスクで黙々と作業している。静けさの中でカタカタとパソコンの音や、書類をめくる音が響くだけだ。なんだか異様に緊張感が漂う。そんな中、私たちは会長と向き合っていた。
奥の方には資料室……という形で別にはなっていないのだけど、書棚がずらりと並んでいて、まるで別室みたい。個人情報の流出を考えて、頻繁にアクセスする必要のない過去データは紙で保管するのは常識だ。中学校でも習ったから。
そして、その反対側の端には応接スペースとして設置されたダークウッドのテーブルがあり、四脚の椅子が並んでいる。二対二で向き合えるようになっているけど、会長の隣は空席。そして、こっち側の席に座るのは、千夏はもちろんのこと――その隣に由香が控えていた理由がようやくわかった。ちなみに、私と紗季は背もたれの後ろに立っている。会長によるニコニコの威圧に対して、千夏たちを緩衝材にしている……わけではない。
「備えあれば憂いなし、ということで……こちらで再度ご検討を」
言いながら、由香がカバンから取り出したのは――うーん? 千夏と違って絵心が達者なわけじゃないので、多分フリーの素材サイトから落としてきたのだと思うけれど……
「千夏が、フレーズに異様にこだわってたから」
後ろから覗き込んだ紗季が一言。
「これは相撲部の勧誘かしら?」
「違うよ! ストリップ部だよ!」
由香ではなく私がフォロー。どうやら千夏が考えた『裸で語り合おう』ってのを活かすために、廻し姿のお相撲さんのカットを採用したっぽいんだけど……ニュアンス変わってない? それに、そこはかとなく和風テイストが馴染んじゃってるもんだから、まとまりすぎてて目を引かないというか……悪目立ちするよりはいいと思うけど。
会長はこの第二案にもニコニコ。けど、顎に指を当てて黙っているから、今度は審議に値すると判断してもらえたらしい。
「……文言にいささかの懸念はありますが、このくらいなら大目に見ましょう」
ついにOKサインを出してくれた! よかったぁ、これで何とかポスター貼れるよ!
一礼して廊下に出ても、千夏はどこか納得してなさげ。それでも、由香の計画は着実に進んでいる。
「ともかく、まずは相談会を開いて、ストリップに肯定的な人と接点を作るところからね」
うんうん、と私は何度も頷く。
「で、その人脈から、入部してくれそうな人を探すってわけ」
由香の考えはいつも現実的で頼りになる。
「まだ同好会だから、正式には入会だけどね」
紗季が冷ややかに正すけど、私の心はこれからのことでいっぱい。
「大丈夫、すぐ部に昇格させるから!」
「そうは言っても……」
生徒会室の前に貼られたポスターを見ながら、紗季が呟く。
「……相談者、来るといいわね」
「きっと来るよ!」
私は信じてる。だって、ここからが私たちのスタートなんだから!
しかし……世の中、思うようにはいかないもので。いや、まさか、お相撲さんのカットがあんなに尾を引くことになろうとは。
「土俵を作る俵の一部が外側にずれているのは何かの目印ですか? ……って、知らないよ!」
知らないのに……質問が全部そっち系に集中してる! ああ、どうしてこんなことに……
紗季がため息をつきながら。
「だからね……そうやって一つひとつ真面目に調べて答えるから、みんな面白がってるのよ」
「見事に遊ばれてるわね」
由香からも窘められちゃってるけれど……でも、無視するのもどうかと思うし! あー……ガチンコの相談会にするはずだったのに、どうしてこうなった……
すると、ハーフアップの千夏が突然スマホを見て叫ぶ。
「ぐぎゃー!? 『女子高で相撲部設立!?』とかクロッターで大盛り上がりしてる!」
「何それ、やめてーーー!」
いや、もう笑い事じゃないよ!? SNSで拡散されてるとか、これ完全にヤバいやつじゃん!
けれど、千夏は驚きから一転。
「……って……うわ……ちょっ、見て! ぷぷぷ、これ……」
千夏は笑いを堪えながら――というか、笑いを堪える素振りを見せながら、私たちにスマホを向ける。その画面には――顔だけ私にすげ替えた大相撲のコラ画像が! 『蒼暁院女子の相撲部主将』って書かれてる!? ぎゃああああ! 私、相撲部じゃないよ!
「これじゃ、私が廻し一丁みたいだよ!? トップレスはさすがにマズイって!」
「良かったじゃん♪ 胸も大盛りになってるし☆」
「そういう問題じゃない」
紗季はふたり分まとめてツッコんだ。……って、千夏はともかく、私もボケ扱い!?
「っていうかコレ、肖像権的にアウトよね、普通に考えて」
由香はため息。お相撲さんの方もダメだと思うけど、私の顔写真にいたっては、そのまま切り抜かれて使わてるもん。これは完全に個人情報!
「はぁ……生徒会に言って、この記事削除させないと……」
ポスターが原因だから制作者としての責任を感じてるみたい。いや、まさかこんなことになるとは誰も予想できないって。
とか何とか言ってる間に!
「わっ、また新着問い合わせ!」
と興奮気味な私。
「だから、回答しちゃダメなんだって! ステイ! サクラ、ステイ!」
千夏が制止するけど、やっぱり気になっちゃう……だって、ちゃんと相談してくれる人がいるかもしれないし。
「うぅ……でも……」
私は迷いつつメールを確認。そしたら……あれ? これ、相撲の質問じゃない。
「……ん? 普通のお悩み……?」
これに、紗季が興味深そうに尋ねる。
「普通って何よ?」
「『突然のご連絡失礼いたします』から始まって『お忙しいところ恐れ入りますが』で締めてる……」
私が読み上げると、由香は首を傾げる。
「その文面、どこかの企業?」
思うところはよくわかる。けど、差出人は個人だった。
相談者の名前は
「……全部チェックしてたのが功を奏した、みたいな顔してるけど、全部に回答する必要はなかったからね?」
紗季に私の心を読まれた……。てか、そんな具体的な顔してたの? 私。
ちょっと出鼻は挫かれたけど、早速返信して、日時とかのすり合わせ。その結果、明日の放課後、二年B組の教室で会うことになった。私たち、まだ同好会だから、ちゃんとした部室もなくて、使えるのは普通の教室だけ。まあ仕方ないよね。
ということで――
翌日、クラスのみんなが帰ったところで私たちは早速準備に取り掛かる。
「机は前に寄せておいた方がいいんじゃない?」
というのが由香の提案。うん、それもそうだね。踊るスペースがないと、活動してないって思われそうだし。で、その空いたスペースに私たちと相談者用の椅子を置いて……と。
「お茶くらい出した方が良かったかな……?」
本当はお菓子とかも用意したかったけど、そういうのは部として認められないとダメなんだよねー……。早く部活に昇格したいなー。
とか何とかしてたら時間になった。すると、まるで待っていたかのようにコンコン、とノックが鳴る。よーし、こっからが本番……!
「どうぞ!」
私が元気よく応答すると、元気よく扉が開く。
「失礼しまッス!」
おおっ、さすが運動部らしい元気な挨拶。しかし――
ズコーーーッ!!
まさかのズッコケ!?
けど、機敏な動きで跳ね起きると、私に向かって一直線に猛ダッシュ! そして――
「何でスッポンポンやねんッ!」
「えっ、私なの!? 千夏も同じじゃん!」
思わず叫ぶ私。だって、いままでよく耳にした『関東人のナンチャッテ関西弁』とは全然違ったから。これぞ、本物の関西弁だよね!? ってことは、かがりちゃんは生粋の関西人だ!
そうとわかれば、初対面でも容赦は不要。かがりちゃんのツッコミに対して、果敢にツッコミを返した私だけど、さすが本物はテンポがいい。
「あんさんが真ん中におったからや!」
この応酬に千夏も加わる!
「いやいや、そこは反対側のパッツンに『何でひとりだけ服着とんのや!』ってツッコむとこでしょ!」
「パッツンゆーな」
おおー、ここで由香も参戦。今日の千夏はカールキメてるから、パッツンVSロングカールって感じだ。しかし、かがりちゃんも止まらない。
「てか、ウチも服着とんねん」
「じゃあ一緒に脱ごうか?」
「なんでやねん!」
うわっ、本場モンの生ナンデヤネンだ! それを引き出すとか、さすが千夏!
「なんせほら、ここは裸の相談室だから」
「えーと、ストリップ部だから、ってことで」
千夏の無茶振りに、私は一応フォロー。何か私たちらしいことできないかなー、って相談したら、千夏はすでに考えてたみたいで。イメージはお風呂トークってことらしいけど、教室でこのカッコってのは破壊力大きすぎたかも。多分、かがりちゃんでなければついて来れなかった。
「なら、何でそこのパッツン先輩は脱いどらんねん」
「TPOをわきまえているだけよ。現にほら、着衣と全裸同人数だし。あと、パッツンゆーな」
後輩にまでパッツン呼ばわりされる由香ちゃんって……
しかしここで、かがりちゃんは何を思ったか……ブラウスを脱ぎ始めた!? ポンポンと止める間もないその勢いは脱衣所の如く。そして、堂々の仁王立ち。
「ウチが脱いだから三対一やろ? ほな、多数決ってことでパッツンねーさんも脱ぐんか?」
「佐々木由香よ。私は……まあ、脱いでもいいけど」
いいんだ!?
こうして、裸の相談室は完成された。……大丈夫なの? コレ。ちなみに、あとで由香から聞いた話だと「最初は脱ぐつもりなかったけど、舞台とかじゃなく一応プライベートスペースだったから。あと、空気読まずに意固地になって、有望株を逃したら後味が悪いし」とのこと。まー、ここまで潔く脱げちゃうコは稀有だよねぇ……
そんなわけで、メールから入室まではきっちりキメてきたかがりちゃんだけど、いまではすっかりユルんでいる。
「あー……確かにこれは、色々どーでも良くなってくるわー……」
これに千夏は弾ける笑顔で胸を張る。
「でしょ? そこはかとない開放感ってゆーか!」
「アホっぽい空気になってるだけよ」
「あ、でも、話は真面目に聞くからね!」
由香が辛辣にツッコむので、私はちゃんと襟を正しておく。いまは着てる襟もないけど。
しかし、かがりちゃんはやっぱりだらり。
「真面目に話してもしゃーないやろ、この状況。せやから、愚痴垂れさせてもらうねんけど……――」
うんうん、話しやすい雰囲気になって良かったよ。そういうところから仲良くなれたらいいよね。
「――ウチな、スポーツ推薦で来とんねんけど――」
「え、うちってそういう制度あったんだ!?」
私はびっくりして声を上げる。そんな制度があるなんて知らなかったよ!
「スポーツ限定じゃなくて、いわゆるAO入試ね。何か一芸に秀でてればいいってこと」
「そういうことかー」
由香の解説に、私は納得。
「その一芸って何でもいいの?」
隠し芸大会っぽくて面白そうー、なんて私の疑問に対して、千夏が突然両手で自分の胸をボインボインと持ち上げながら言う。
「何年か前に、桁外れのボインちゃんが合格したってさ!」
「わー、何でもアリなんだねー」
そのボインで何ができるか、ってのが重要な気もするけど。
「大丈夫かいな、この学校……」
自分もAO入試で入っただけに、かがりちゃんは不安になってるみたい。
「その先輩、実際には学力的にトップクラスだっただけみたいよ」
あー……ってことは、普通に試験で入ったにもかかわらず、胸の所為でAOだって思われてたのかも。それはそれで悲しくない?
「えーと、赤城さんはバスケ部ってことは、バスケで入学したんだね」
初対面なので、一応苗字呼びで。
かがりちゃんの場合、実際にできることがあるわけだから、それを見せて合格したってことなんだろうね。
「せや」
かがりちゃんは頷く。
「地元じゃ、ポイントガードとして攻守ともにチームを回しとりましてん」
「よくわからないけど、なんかすごそう」
と、千夏。私も同じ感想。けど。
「うちのバスケ部ってそんなに強かったっけ?」
私が千夏と由香にチラっと視線を投げかけると。
「大会に出たって話は聞かないわね」
由香が淡々と教えてくれる。うーん、じゃあなんでかがりちゃんはここに来たんだろう?
「だから補強しようってことじゃない?」
千夏は無難なことを言ったが、かがりちゃんは苦笑い。
「いやいや、バスケはチーム戦ですやん。ひとりふたりエースをツッコんだところで勝てんですよ」
そりゃそうだよね、ああいうのはチームワークが重要だろうし。
「じゃあ、何でうちに来たの?」
いよいよわからなくなって私が率直に尋ねると、かがりちゃんは頭を掻きながら話してくれた。
「まー……ウチの中学、一応県内ベスト8には入れるレベルやったんですけど……自分の限界も見えてましてん。ガチんとこで通用するフィジカルもあらへんでして」
あー……かがりちゃん、背も低いしね。バスケのことはよく知らないけど、ゴールは頭の上にあるわけだから、背が高い方が有利な気がする。
ということで。
「せやったら、この特技を有効活用して、楽に入試クリアして、ついでに、無名校やったら目立てるかもー、なんて思いまして」
えー!? それって、あんまり感心できない理由……。でも、かがりちゃんは悪びれた様子もなく続けた。
「これでも、入部当初は大人気やったんですよ? 自分で攻めれるし守れるし、先輩たちも立てられるし。最強の新入生が来たって皆さんに期待してもろて」
でも、ここでこうしてスッポンポンになってるってことは、長くは続かなかったってことなんだろうな。
「ところがですなー……我ながらうっかり活躍しすぎたみたいでして。ナニを思ったか杉田センセ、ウチを部長にするーって言い出しましてん」
「はぁ? 部長っていきなり? 一年生を?」
千夏が驚いた声を上げる。
「なーんかウチがチーム引っ張れば、もしかしたら県大会くらいはかすれるんちゃうかー、ってセンセは企んどるようでしてん」
そういうタイプには見えなかったけど。杉田先生も、バスケ部も。
「かすりそうなの?」
私が訝しげに尋ねると、由香はちょっとイラっとしてる。
「そういう問題じゃないわよ」
「てか、そもそも元がかすらないようなら、みんなのモチベーションもその程度ってことだし」
千夏も同意する。うーん、やっぱりバスケって難しいんだなー。
私の目の前で、かがりちゃんがなんとも言えない表情でため息をつく。
「先輩を立てる良き後輩やってたときは、うまくいっとったんですけどね。上に立った途端、ギクシャクし始めてもうて……」
かがりちゃんはそう言って、少し肩をすくめた。その姿を見ても、正直私にはピンとこない。だって、私は部活にそこまで熱を入れたこともないし、他の人を立ててどうこうなんて経験もないから。
「そういうもんなんだねぇ……」
うまく返せず、私はそう言うのが精一杯だった。
「元々、うちのバスケ部は大会とか度外視で、みんなで楽しむ空気があって、それが好きやったんです。けど、いまやセンセからはチーム力アップを求められ、メンバーからは色々言われるし……!」
感極まったかがりちゃんはどかっと両拳を振り上げる!
「先輩方のスイーツの好みなんて知らんし、どーせーっちゅーねん!」
かがりちゃんの嘆きが深くて、由香も深く頷く。
「そういう気遣いが評価されるチームだったのね」
これに私は少し戸惑う。やっぱり、部活って大変なんだなぁ……
「山田部長はみんなのそういうところをわかってくれてたのにー、って責められましてな。その山田先輩は副部長に降格させられて、居づらくなったのか部活にも来なくなってもうて。ほんま、八方塞がりですわ」
かがりちゃんは頭を抱えている。
「いっそのこと、バスケ部を辞めちゃうっていうのは……?」
試しに言ってみたけれど、かがりちゃんは首を横に振る。
「あきまへんて。バスケで入学したんですから。学校との約束で辞めるんはあかんのです」
そっかー……かがりちゃんにとっては単なる課外活動って枠じゃ収まらないんだ。
由香と千夏も考えているけれど、打てる手はそんなに多くない。
「ともかく、部長として期待されている姿に近づけるしかないのかも」
「非の打ち所がなければ、誰もケチつけられないもんね!」
ふたりの間では提案の方向性が一致しているみたい。けどその瞬間、私の心に何か痛いものがチクっと刺さる。
「やっぱ、山田部長を真似するところから――」
「それはダメ!」
かがりちゃんの言葉を聞いて、思わず叫んでしまった。その場にいた全員が驚いた顔をして、何事かと私を見つめる。でも、止められない。いまここで言わなきゃいけないんだ。
「かがりちゃんには、かがりちゃんとしての部長の形があるんだよ! 山田先輩の真似なんかしたって、それはかがりちゃんじゃない! そんなの、かがりちゃんじゃないから……!」
かがりちゃんは驚いた顔で私を見ている。そして、気づけば私の目からは涙があふれて止まらなくなっていた。
「ごめんね……でも……誰かの真似をしたって、その人にはなれないんだよ……」
私自身がそう言われたばっかりだったから、今度は私が伝えなきゃいけない。かがりちゃんが山田先輩の真似をしたところで、結局私と同じ失敗で悲しむことになる――そんな風に思ったら、私……黙っていられなくて……!
かがりちゃんは少し困った顔で、でも優しく私に近づいてくる。
「わーった、わーったって。別の方法考えてみるから、もう泣きやみーな」
そう言って、かがりちゃんは私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。その瞬間――かがりちゃんはきっといい部長になれる――私はそう確信した。
だって――こんな優しいコなんだから。
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