舞先輩の世界

 私の言葉に詰まる様子を見てか、それとも顔に出ていたのか。

「ま、ダメだったろ」

 私を慰めるように桑空先生は言った。

「それで、あのとき……私のダンスは見てもらえなかったんでしょうか」

 私は思わず聞き返す。胸がぎゅっと締めつけられるような感覚。きっと、体育館で圧倒的なプロの 実力わざを魅せてくれたときから先生にはわかってたんだ。いまの私なんて、実際に見るまでもなく――

「ミサちゃんは女のコの裸に興味ないもんねぇ」

 店員さんがにこやかに言う。えっ、先生とこの店員さん、やっぱり知り合いなの? 薄々感じていたけど……もしかすると、先生もこの店員さんによってあの街に送り出されたひとりなのかもしれない。

「まあ、オレくらいになると、見なくてもわかるんだよ」

 先生は肩をすくめる。そして。

「あたすもミサちゃんから話だけ聞いたけンど……多分ダメやと思ったべぇ」

 店員さんもそう続けた。

「は、はい……」

 私は小さく答える。なんだか居心地が悪くて、視線を下に落としていた。

「せやって、桜ちゃん……って呼んでええべ?」

「はい……」

「桜ちゃんなぁ、別に脱ぎたいわけじゃなかんべ?」

 店員さんが優しく問いかける。私は何と答えたらいいのかわからない。もちろん、好き好んで脱ぎたいわけではない。けれど、舞先輩のステージに憧れたのは紛れもない事実だ。

 答えに困っていると、先生が自嘲気味に代返してくれる。

「まあ、普通はな」

 これに店員さんも軽く頷いた。

「普通のおなごはなぁ」

 その言葉でハッとする。つまり、舞先輩は普通の枠を超えているということだ。そして、その境地に立たなければ、舞先輩を理解することはできないのかもしれない。

「じゃあ、桑空先生は――」

 と声をかけようとしたが、ぷいっと視線を逸らされてしまったので私は言い直す。

「――ミサちゃんは、何で脱いでるんでしょう……?」

 思い切って尋ねてみた。

「さあな」

 先生は曖昧に誤魔化す。代わりに店員さんが教えてくれた。

「ミサちゃんはなぁ、おなごらしさに憧れとんべなぁ」

「え……えぇ……?」

 その結果がストリッパー? 頭の中が混乱する。ただ、店員さんの解釈は間違ってはいないようで、桑空先生は改めて私に問う。

「なら訊くが、男のストリッパーっているか?」

「う、うーん……?」

 言われてみれば、考えたこともなかった。

「おるけどな」

 店員さんが補足する。

「数えられるくらいならな」

 先生が付け加える。てか、いるんだ。ちょっとビックリ。

「やっぱ、桜ちゃん」

 店員さんが私に目を向ける。

「あ、はい」

「桜ちゃんはまだ、ストリップのこと、わかっとらんもんねぇ」

 店員さんが優しく微笑む。

「はい……私、舞先輩のことを知りたいって理由だったから……」

 そう。私の中にあったのは舞先輩だけで……一応、ダンスも頑張ったけど……肝心なところから目を背け続けてきた。無意識のうちに。

 けれど、先生はそんな私の頭をワシャっとやって、ニンマリと褒めてくれた。

「初心を忘れてなかったことは褒めてやる。でも、それを振り付けに昇華できなきゃ近づけないぜ」

 そう言って、桑空先生は励ましてくれた。そして、そんな私に店員さんが提案する。

「んだかんなぁ、形から入るってのはどうだべ? まずは実践だべよ」

「それができればいいんだがな。鈴木だって何もしてこなかったワケじゃねぇ」

 先生も私がひとりで練習していたのは知っている。けれど、それでは辿り着けないところに目標はあるみたいだから。

「自宅で踊ってみたー……とかは違うんですよね」

 少なくとも、ネット配信とかはするつもりないし。私がやろうとしているのは、そういう類のダンスじゃない。

「まずは実践と言われても、実践を積める環境を見つけること自体至難だぜ」

 だよねぇ。それだけ、あの世界の舞台は特殊だ。先生は早くもお手上げ状態。しかし、これに店員さんはにんまり笑う。

「せやから、部活だべよぉ。ストリップ部!」

「「はぁ!?」」

 私と先生は声を揃えて驚いた。

「んだかん、ストリップを部活でやってみんべっつーこって」

 店員さんは楽しそう。しかし、先生は呆れ顔。

「申請通るわけねーだろ」

 私もそう思う。いくら水商売が学校側で禁止されてなかったとしても、学校で水商売を認めるわけないし。

 けど、店員さんは得意顔。

「ミサちゃん知らんのん? いま、全国で密かにストリップが流行っとるん」

「ウソだろ!?」

 先生は勢いのままに叫んで目を丸くする。私も半信半疑で“全国”“ストリップ”で検索してみた。すると――

「うわ、マジで……? 『全国競技ストリップ大会』って……」

 これには驚きを隠せない。しかも……“競技”ストリップ……?

 その違いの説明はトップページにあって――ストリップ本来の芸術性を追求したダンス競技の一種であり、そのために男子禁制。審査員から観客まで女性限定の種目らしい。

 信じられないような私の表情を見て、先生は天井を仰ぐ。

「……まさかとは思ってたが……マジでやりやがったのか……」

「先生、何か知ってるんですか?」

 私は尋ねる。

「『先生』の口から言いにくいべから、あたすから軽くな。つまり――」

「ストリッパーたちも、ただ指を咥えて滅んでくのを待つばっかじゃねーってことさ」

 店員さんは気を使ってくれたけど、桑空先生は自分の言葉で説明してくれた。

「ほ、滅ぶって……どうして……!?」

 私は戸惑う。もしかして、法規制とか……? けど、それならむしろ緩くなったはずじゃ……

「自然消滅、だべな」

「え?」

 店員さんの言葉に、私は聞き返す。すると、簡潔に教えてくれた。

「ほれ、娯楽に使うお金は限られとんべから」

「あー……」

 納得。いわゆる娯楽の多様化、ってやつだよね。規制が緩和されたことで、より過激なエンタメが流行って――それで――

「ってことで、ストリッパーたちもあれやこれやと工夫を凝らして、だな」

 と先生が続ける。舞先輩のステージが、私の抱いていたのイメージとかけ離れていたのは、いわば工夫の一端だったみたい。

「だからこそ、うちらの社長が裏で手ェ回してたのは知ってたけど――」

 と言いかけて、先生は何か気づいたように言葉を止める。

「……そいつはもしかして、ってよりは――」

「大会で釣って、ってことだべな♡」

 店員さんが先生にウインク。これに先生は顔に手を当ててクククと笑う。

「こいつは可能性出てきたんじゃねーのか? オイ」

 え? ナニ? どういうこと? 流行ってる、じゃなくて、流行らせた、ってことは……“流行りを作っちゃった”ってこと!? 先生たちの言う『社長』って一体何者なの!?

 そんな疑問は置いてけぼりにされたまま、店員さんは確認する。

「そもそも、舞ちゃんやって学校に隠しとるわけやないべ?」

「第一、学校側が禁止してる活動でもねーしな」

 だよね。もっとすごいバイトしてるコもちらほらいるし、うちの高校。そういう意味だと、競技ストリップの方がまだ健全な気もする。実際、さっきの公式ページにストリップ部が作られた高校名がいくつか紹介されている。それも、どこぞの体育大学の付属女子高とかまで。す……すごい……

 ちょっと希望が見え始めたので、私は学校のホームページで部活についてちゃんと調べ始める。

「部活の前に、同好会を目指してみん?」

「えーと、何人集めりゃいいんだ?」

 早速店員さんと先生が相談し始めてるので、私もサイトの情報を。ちょうど部活関連のところを見ていたから。

「最低三人みたいです」

 これに、先生はパンっと柏手を打つ。

「わーった。手続きの方はこっちでどうにかしとくから、鈴木は部員集めとけ」

「あっ、ありがとうございます……!」

 私は座ったまま深々と頭を下げる。

「ははっ、こいつ、もう集まったつもりでいやがるぜ」

 先生は笑っているけど、私は確信があった。だって、私にはクラスが離れても強い友情で結ばれた親友たちがいるのだから……!


 次の日の昼休み、早速行動に移す私。目標はもちろん、部員集め! ストリップ部を創るって決めたからには友だちを誘わなくちゃ始まらない。

 ということで、千夏、紗季、由香の三人に声をかけてみた。

「いいねいいね! 面白そうじゃん、アタシはノるよ!」

 今日はお気に入りのミカンヘアピンで前髪を後ろに流しておでこをキラッと出している千夏は、笑顔もキラッと光らせている。やっぱりいつでも期待を裏切らない。千夏、最高!

 ところが――

「はいはい、お疲れさん」

 由香がちょっと冷たい声で返してくる。そして、さらに紗季からも追い打ちが。

「てか、バカじゃないの?」

 ええっ!? まさかの一刀両断に、私のテンションは一撃でガックリ下がった。

「てか、紗季ひどくない? 自分ばっか私に部活勧めておいて……」

 つい言っちゃった。すると紗季は冷静にツッコむ。

「少なくとも強要したことは一度もないわよ」

 ……うん、確かにそうだった。ぐうの音も出ない感じで、私の心はさらにガックリ。そういえば、昨日の喫茶店ではみんな新歌舞伎町関係の人たちばっかだったので『やろうやろう!』ってトントン拍子に話が進んだけど、これが普通の反応だよねー……。っていうか、私だって逆の立場なら同じように引くと思う。てか、千夏が手放しで賛成してくれてることの方がむしろおかしい。

「お願いだから、紗季ー。十年以上の仲じゃんかぁ」

 私はすがるように頼んだけど、紗季はバッサリ切り捨てる。

「十年の仲も一瞬で冷めるわ」

「全国大会だってあるんだよ? 一緒に全国目指そうよー」

「あるわけないでしょ」

 本当にあるんだってば、これが! 驚いたことに!!

「一生のお願いだから! 今回だけ! ね、ね!」

 私は最後の力を振り絞ってお願いしたけど――紗季はマジな顔で――

「これ以上私をヘンテコな部に勧誘しないで。二度は言わないわよ」

 ……あ、これ、本気で怒ってるヤツだ。紗季がこんなふうにマジで怒るの、実は昔一度だけ見たことがある。

 あれは……小学校の終わり頃だったかな。私、“とある理由”で紗季を怒らせてしまって、それが原因で絶交されたんだよね。それからずっと口を利いてくれなくて、中学校に進学したら許してくれるかな、って思ってたけど、それもなくて……。あのとき、教室でワンワン泣いたっけ。それで謝って、やっと許してもらえたんだ。

 紗季は絶対に大丈夫、ずっと私の味方だと思い込んでいた。悩み事はいつでも相談に乗ってくれたし、夏休みの宿題も何日も徹夜で一緒にやってくれたし。もう、家族みたい……ううん、家族以上に頼れる存在だった。それが――

 正直、由香にあっさり断られるのは予想してたけど、紗季は協力してくれると信じてた。それだけに、断られたこともショックだったけど――それより何より、紗季を怒らせてしまったことの方が私は何倍も悲しかった。

「ごめんね、ごめんね……」

 私は涙をボロボロ流しながらあのことを思い出していた。どうして、どうしてこんなことになっちゃったんだろう。紗季と仲直りしたい、その思いが胸に渦巻く。

 でも、そんな私の泣き顔をじっと見ていた由香は、とうとう耐えられなくなったように、ため息をついて言った。

「……はぁ、わかったわよ。こんなことであなたたちの十年の仲を壊したくないし」

 え、由香? いまなんて……? 驚きもあって、私はその言葉を理解するのに少し時間がかかった。

「私が入部してあげる条件は、みっつ」

 由香は冷静に続ける。

「ひとつは、私はあくまで部活成立のための頭数。脱がないからね」

「う、うん!」

 思わず何度も頷いてしまった。由香が入ってくれるってだけでも奇跡的で、それに、脱がないっていうのもすごく普通のことだし、納得できるよ! そもそも、ストリップ部に関わってるってだけでも周囲の目は気になるしね。

「ふたつめ、あくまで弓道部がメインだから。ストリップ部は兼部でサブよ」

「うんっ、うん!」

 またまた頷く私。由香の言ってること、全部わかる。どれも当然の条件だよ。

 そして、ついに「みっつめは――」と由香が少し間を置いた。

 ここまで来たら、どんな条件だって飲んでみせるよ! と胸を張る私の前で、由香が言ったのは――

「明日の体育の授業で、ダンスの発表があるでしょ」

「うん、軽い練習みたいのが……とか……」

 私は少し戸惑いながら答える。その瞬間、自分の顔がみるみる赤くなっていくのがわかった。

 由香は冷静に言う。当然のように。冗談でもなく。

「そこで、ストリップを見せてみて」

「「えええええええっ!?」」

 と叫んだのは私だけではなかった。紗季も同時に驚いて叫んでいる。

「由香! 何を考えているの!?」

 紗季が必死に制止しようとしたけど、由香はまったく動じない。

「何って……部活としてストリップをやるなら、そのくらいできて当然でしょ」

 さらりと言ってのける。そんな由香の言葉に千夏はすっかり同調。

「おっ、おおっ! 気合入ってんじゃん☆」

 笑いながら拍手までしだす。もう、千夏ってば、いつも予想外の反応してくるわ!

「……そもそもね、私たちを巻き込むだけ巻き込んで、途中で辞められても困るのよ」

 由香の顔は真剣だった。その言葉には何も反論できない。確かに私はみんなを巻き込もうとしているんだもん。覚悟が足りないって言われても仕方がない。

「私は認めないわよ! そんなの……ッ!」

 紗季はまだ諦めない感じで言ったけど、由香は落ち着いて返す。

「これはB組だけの問題だから」

 そう、体育の授業はクラス別だから、C組の紗季が現場で止めることはできない。

 私は由香の意図をちゃんと理解している。これはただ私を辱めようとしているわけじゃない。ストリップ部を作るってことは、そういう覚悟がいるって意味なんだ。由香の言葉には現実の厳しさが詰まっていた。きっと、浮かれていた私を見透かしていたんだろうね。まだ私の足元がふわふわしてたって、由香に指摘されて痛感した。

 でも、だったら――覚悟を見せるしかない!

「オッケー! 約束だかんねっ!」

 私はあえて余裕を見せるように、ニカッと笑いながら答える。

「桜……」

 紗季が心配そうな声で呟く。由香の目はどこか冷たいけど、そこに嘲笑の色はない。そして、千夏は……何故かめちゃくちゃワクワクしているよーな。キラキラした目で『やってやんな!』と無言の応援を送ってくる。

 友だちそれぞれの視線を感じながら、私は決意を固めた。さぁ、明日は覚悟を見せるとき!

 ……けど、あとで体育の桑空先生にだけは一報入れておいた方がいいかな。『放課後、相談させてください』とだけ。


       ***


 さて。

 前山さんが踊り終わると、適当な拍手がまばらにペチペチと体育館をくすぐる。当の前山さん本人も頭を低くペコペコと会釈しながら、苦笑いと共にみんなで並んで座っている円の切れ目へと戻っていった。

「……よしっ、前山、良かったぞ」

 桑空先生のコメントもどことなく適当だ。それもそのはず。

「始めるときにも言ったが、これはいわゆるビフォーアフターだ」

 桑空先生が改めて説明する。

「これから一連の授業を受けてどう変わっていくのか、他のクラスメイトは現時点でダンスについてどう考えているのか、そのへんを共有しようってことだな。とにかく三分間、自分が思うようにそれっぽく手足を動かしておけば点数やるぞー」

 みんな、点数は欲しい。けれど、やっぱり人前でオリジナルダンスを披露するのは照れくさい。そんな恥ずかしさと体育の成績を天秤にかけた結果、ポツポツと手が上がっていく。

 そんな中――

「よし、じゃあ何となく鈴木!」

 って先生は私に対して指を差す。みんなが私を見る。あ、もう逃げられない。我ながら不自然なまでにカチコチに緊張しながら、前山さんがいた位置――円の中央に立ったところで――

「おっと、やべっ」

 桑空先生が何かを思い出した感じで声を上げる。

「ちょいと職員室行ってくるわ。すぐ戻って来るから、適当に進めといてくれー」

 ほんのりとわざとらしさを醸し出しつつ、先生は音楽再生用のタブレットを体育委員の由香に渡し、急いで体育館から出ていった。

 周りを見渡すと、クラスメイトたちの視線が前後左右から一斉に集まってくる。心臓がドキドキと高鳴る。由香がタブレットの再生ボタンを押すと、ピアノの優しい音色が私に向けて流れ始めた。これは、この学校の校歌。あくまで練習ということで、この曲で固定である。

 私は最初のメロディに合わせて、ゆっくりと身体を動かし始める。一番は、この先やろうとしていることを考えると緊張しすぎて――正直、何をどう踊ったのかよく覚えていない。ただ、適当に手足を動かして、まさにそれっぽくしてただけだと思う。みんなの視線を感じながらも、自分がどれだけカッコ悪く見えてるかなんて気にしている余裕はない。きっと何も知らない人たちからは、点数をもらうために無理してるんだろうな、って見えてると思う。

 けれど、一番が終わったとき――私の中で、急に何かが弾けた。そう、これだ。私はこれをやらなきゃいけないんだ――! 桜、いまやるんだよ――! そんなふうに心の中で自分に言い聞かせて、私は思い切ってシャツを捲り上げて、グルグルっと振り回して――それを放り投げた。

 それを境に周りがざわつき始める。みんな驚いてるんだろうなって感じたけど、私は断固として踊り続ける。次はハーフパンツ――手が震えてるのが自分でもわかる。でも、止まるわけにはいかない。由香があの条件を出した理由――そしてみんなの前でストリップをやるっていう意味――それを噛み締めながら、私はパンツに手をかけた。そのとき――私は昨日のことを思い出していた。昼休みに由香からの挑戦を受けた、そのあとの放課後のことを――


       ***


 職員室の前に立つ桑空先生と私。夕方の静けさがこの空間に奇妙な緊張感を漂わせている。胸がドキドキして、手に汗が滲む。だって、これから私がする話、けっこうやばいもんね……。でも、やるって決めたから。やらなきゃ、なんだよ。

 言葉を紡いでいくにつれて、先生の目がだんだん大きくなっていくのがわかる。由香から突きつけられた条件、全部話しておかなきゃって思って、私、もう必死。

 けれど、説明が終わると……え、そこ、ニヤって笑うとこなの!?

「うぉー……あいつ、友人に対してえげつないこと言うなぁ」

 言葉のわりには楽しそうなの……何だかんだで桑空先生、こういう試練的なこと、好きっぽい。体育会系だから。こっちとしてはもう少し焦ってほしかったところなんだけど……ただ逆に、反対されたり止められたりする様子もなさそう。

「けど……考えてみれば、当然のことなんですよね……」

 私の声は震えている。それでも、舞先輩の姿が頭に浮かぶと、少しだけ気持ちも強くなる。自分がどれだけの覚悟を持っているか、それを証明できるチャンスなんじゃないかって。

 桑空先生は考え込んでいる。色んな思いが交錯してそう。さっき感じたように、この手の試練を乗り越える的なイベントが好きなこと、そしてそもそも、ストリップが好きなこと――そこから教師として――教育実習生としての立場を考えて――

「オレ、知ーらね」

「ええぇ!? 先生!?」

 結論それなの!? 私は思わず声が裏返る。先生、そんな軽く言っちゃう!?

「少なくとも、に、……そりゃ、さすがに、な」

 桑空先生が意味深に肩をすくめる。それで私は――先生の意図というか、これが最大限の譲歩なんだと察した。知りながら、知らぬフリ――あとは私次第――先生の背中からは優しさと激励が感じられる。

「……先生、ありがとうございます」

 思わず私は泣きそうになってしまった。こんなことに、ここまで協力してくれる人は他にいないだろうって。

 けど。

 だからこそ、私の両肩にはずっしりと責任感がのしかかってくる。私の覚悟さえ見せればつきあってくれると約束してくれた由香――機会は用意するからあとはしっかりやれと送り出してくれた先生――その夜、私は自分の部屋で布団に倒れ込み、天井を見上げていた。頭の中は明日のことばかり。

 舞先輩のライブを観たとき、ここまで恥ずかしさを感じなかったのは――私が“こっち側”の人間だったからなのだと思う。素敵だな、と他人事として眺めていた。だからこそ、私は“あっち側”に行きたい。そして、舞先輩と向き合いたい。私はそう決めた。決めたからこそ――もう、誰とも相談できない。誰に相談しても、『やめときなさい』って言われてしまうようなことだから。

「逃げるのは、簡単……なんだよねぇ……」

 ごろりと布団に顔を埋めて、改めて自分の覚悟を問う。逃げたい。怖いし、恥ずかしい。でも、舞先輩の顔が頭に浮かぶ。ライブの終わった後、舞先輩が見せたあの悲しそうな瞳――拒絶の瞳――

 舞先輩に、あんな目で見られたことが頭から離れない。『貴方も所詮、“そっち側”の人間なのね』――そんなふうに言われた気がして、胸が痛くてたまらない。

 だけど、私は――

「変わりたいんだ、私も……」

 ライブを観たとき、確かに感じた。自分が変わらなきゃって。何も変わらない日々を抜け出して、新しい自分を見つけたいって気持ち。それが、舞先輩の姿によって確信となった。私は、舞先輩から逃げたくない。

 明日のことを考えると、胸が痛いほど締め付けられる。でも、それ以上に何かをやり遂げたいって気持ちが強い。

 だから――


       ***


 そして、体育館で――私はもう、同じ失敗は繰り返さない。別に審査じゃないから内容は問われない。踊りきれれば、由香は納得してくれる。だとしても――そこまで含めて、私の覚悟だ。

 あの日、ライブハウスで希さんに言われたこと――舞先輩の劣化コピー――そもそもね、私と先輩じゃ体型が違いすぎる。キャラも違うし。なのに、私は舞先輩のことしか見てなかったから。私の中に、私自身がいなかったから。だから、今日の私は、違う――私らしい、振り付けで――!

 元気よく、それでいて楽しげにハーフパンツを脱ぎ、揺るぎない意思で踊っている。由香やクラスのみんなが見つめる中、私はとにかく自分を信じて。校歌に合わせたこの振りは、ふざけてるわけじゃないし、もちろん嫌々やってるわけでもない。これは私の決意、みんなに伝えるため――何か、心に響くものを!

 ストリップというダンスは衣装そのものがアクセサリーにもなる。ただ着るだけでなく、終盤にはあたかもリボンの代わりに。校歌二番で踊っていたときには下着だったものを、三番では手に握ってなびかせていた。

 そして、曲の終わりに合わせて、私はゆっくりと膝を床に下ろす。すべてをやりきった満足感と共に。恥ずかしさは、いまもある。けれど、それ以上に充実感があった。これで、舞先輩と肩を並べられる……なんて思い上がってはいない。けれど――舞先輩の世界に、最初の一歩を自分の足で踏み出せたような気がした。

 体育館は、まるで時が止まったかのように静まり返っている。全員が私を見て、どう反応していいのかわからないみたい。

 そこに――パチパチパチパチ――遠くから誰かの拍手が聞こえてくる。やっぱり、桑空先生はちゃんと見届けてくれていた。

「ほれ、内容は問わないって言っただろ」

 先生がそう言うと、クラスのみんなも少しずつ拍手を始める。これ、褒められてるってこと……? 何とも言えないけど、とりあえず空気が少しでも動いたのはいいことかな?

「とはいえなー……ほら、オレ、まだ実習生だから、あんま変なことするとオレの単位に響くからさ」

 先生の冗談交じりのコメントで、みんなの顔が緩んで、クスクスっと笑い声が広がった。ほっ、少しでも笑顔が見えると安心するよ。

「まあ、ダンスにもいろんな表現があるけど……さすがにここまでは授業じゃやらないから安心していいぞ」

 その言葉でクラスの中にさらなる笑いが生まれる。よかった、少しでもリラックスできたみたい。

「ほら鈴木、とっとと服を着ろ」

 先生に促されて、私はふっと気を取り直す。そうだ、私はこのためにやってきたんだもの! 私は由香に、そしてクラスのみんなにちゃんと伝えたいことがあるんだ。

 私は少し息を整えてから、友人の方を向く。そして――

「これからも……よろしくお願いしますっ!」

 深々と私は頭を下げた。これは奇をてらった一発芸なんかじゃない。私は、これを続けていくんだから。


 さっきのは、このクラスだけの秘密だからなー! ――てな感じで箝口令が敷かれた上で、そのまま授業は平和的に続行。ちなみに、あのあと少し立候補の挙手が増えたのは、たぶん私の影響? だよね? 型破りすぎたかな? いやいや、全力でやったからこそみんなにも響いたんだよね! なんか達成感がじわじわきて、思わずにやけちゃう。

 授業が終わり、制服に着替えながら、私はさっそく由香に迫る。

「ねえねえ、どうだった? どうだった!?」

 私の全力をどう感じてくれたのか知りたくて。ドキドキ。そんな私に、由香はため息をつきながら諦めたように微笑んでくれた。

「……はぁ、負けたわ。本気のバカだったみたいね」

「バカゆーな! 全国のストリッパーに謝って!」

 私は反論するけど、由香は軽く肩をすくめてツッコミ返し。

「ストリッパーの皆様だって、授業の課題としてストリップはしないでしょうよ」

 ぐぬぬ、まぁ、それはそうかもしれないけどさ! 言い返したいことはあるけれど、それはさておき!

「ともかくこれで…」

「約束だものね。私も入部してあげる」

「わー! ありがとう、ありがとう! これで――」


「いいワケ無いでしょ! 学生として常識を弁えなさい!!」

 放課後、早速部活申請しようと由香と千夏を連れて職員室へとやってくると、廊下まで響く激怒の声。驚いて、千夏のツインテールがぴょーんと逆立つ。うわわー……これ、大塚先生だ。誰が何をやらかしたのかとヒヤヒヤしていると、すぐに飛び出してきたのは――

「すっ、すんませんっしたー!」

 桑空先生!? 何が起きてるの? って状況が読めなくて固まる私たち。桑空先生は、私たちを見て苦笑いしながら一言。

わりィ、無理だった」

「「「ええええええええ!?」」」

 私たち全員が一斉に叫ぶ。

「あの大塚って歴史の、超怖ェ。うちの社長より怖ェかも」

 社長? ライブ関係の社長さんのことかな? って思いながらも、先生の焦り具合に不安が募る。

「っつーことで……すまん! これ以上職員室で部活のハナシしてっとオレの単位がヤベェんだよ」

「そんな……私……」

 あの授業中のストリップ、確かに恥ずかしかったけど、舞先輩に近づけると信じてたから耐えたんだよ? やり切った感はあったのに、こんな結果になるなんて。胸の奥がズキンと痛む。

「ホントにスマン! オレもオレなりに、できる範囲でどうにかしてみるから――」

 そのとき、桑空先生が急にピタッと動きを止めて、廊下の向こうをじっと見つめる。何? って思って私も同じ方向に振り向いた。

 すると、そこには――

「……舞……先輩……」

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