舞先輩の背中を追いかけて

 ……って……ん? ああ、いや、ここ、学校だからね。一応『ストリップ・アイドルになります!』なんて口には出さなかったけど。口には出せなかった事実に気づいて……を目指そうとしているってことに、さらに遅れて気がついた。普通のアイドルでさえ敷居めっちゃ高いのに、それどころかストリップ・アイドルって……!

「え、えーと……研修生くらいなら……。そ、それに私、合唱部で!」

 去年までだけど!

 ……ああ、うん、だよねぇ。合唱部だからって通用する保証なんてないし。しかも舞先輩、あの舞台で歌いながら踊ってたんだよね……しかも、脱いでた……。――ぬ、脱ぐ……? あんなに明るいところで……しかも大勢の前で……全部? 全部……!?

「あ……ぁ……」

 勢い任せで宣言したものの、あとになって次から次へと現実が現れてくる。私はもう言葉に詰まって何も言えない! 顔が火を噴くように熱い。いや、無理無理無理! そんなこと考えただけで……けど……けど……私……!

 勝手に混乱の極地に追い込まれた私の様子に、桑空先生が一言。

「一先ず、本気で考えてるってのはわかったよ」

 って、ため息ついてるし! いやいや、ホントに本気なんだよ!? でも、わかってくれた、って先生の言葉に、私はちょっとだけホッとした。

「一応、マネージャーに話は通しておいてやる。けどな――」


       ***


 さて。

 桑空先生と別れた後、由香たちと顔合わせるのがなんか気不味くて……私は教室に戻らず、舞先輩を探して校内を歩き回った。けど、結局見つからなかった。そして、お弁当は午後一の授業の後に急いで食べた。やっぱりお腹空いてると考えもまとまらないもんね!

 授業を全部終えて家に帰ると……なんかもう、頭の中がグルグルしてきた。部屋に閉じこもるも、あのとき桑空先生が別れ際に告げた言葉が、ずっと耳から離れない。


『人のために脱いでもロクなことになんねーぞ』


 かつて、ストリップ・アイドルになろうとした女のコがいたらしい。そのコにも憧れの先輩がいたから。まさにいまの私と同じじゃん! でも、その子は審査に通らず、それでも諦めずに、少しでも先輩に近づきたい、とアダルト動画の事務所に入ったものの、そこでトラブルに巻き込まれて――

 私はそんなところに行くつもりはない。だから、もし落ちたら、また桑空先生に相談すればいいよね? ……うん、もちろん最初から落ちる気なんてないけど! それでも、簡単に合格できるほど甘くもないってことも、わかってるから。

「うん、とにかく、練習しよう!」

 夕焼けが窓から差し込み、部屋はオレンジ色の柔らかな光に包まれている。私の部屋に遊びに来る人といえば紗季くらいだから、特に凝ったものは置いていない。目立つ装飾はないけれど、だからこそ落ち着く。ベッドの上にはふわふわのクッションとブランケットがぽいっと置かれていて、いつでもゴロゴロできるようにしてある。いつもは制服脱いだら横になってスマホをいじってたものだけど、今日はそうもいかないよね。窓際には観葉植物の鉢がいくつか並んでいて、優しい緑色が差し込む夕陽の光と混ざり合って、部屋全体を温かく見せている。私は、ちょっと窓を開けてみた。白いカーテンが薄く風に揺れ、軽やかな音を立てながら静かに空気が流れているのを感じさせてくれる。

 デスクの上には授業で使うタブレットが充電スタンドに乗っていて、画面には動画サイトの検索結果が並んでいる。

「でも、参考になるものがないと始まらないよね……」

 ネットで探してみても、実際のステージ映像は見つからない。やっぱり内容が内容だけに撮影は禁止されているのだろう。それでも諦めきれずに検索を続けていると、ある曲のPVが目に留まった。しかも、アーティスト名は『MAY』

「すごい…舞先輩、もう歌手デビューしてるんだ……!」

 あの日聴いた曲は『 My Gambitマイ・ギャンビット』というらしい。私の戦略……舞の戦略、とも掛けてるのかな? 映像はアニメに差し替えられてるけど――あ、いや、アニメの舞先輩が踊ってるわけじゃなくて、多分コレ、MVみたいなものだと思う。だから、ステージのようなことはしないのだけど……ところどころでシルエットだけになるが妙に色っぽい。それは、私が舞先輩の正体を知っているからだろうか。

 聴いているだけで、私の心臓が高鳴ってくる。画面から流れる先輩の歌声は、まるで直接語りかけてくるみたい。まさにアイドル……というか、ストリップ・アイドルなんだけど。

 私はもちろん、舞先輩のようなダンスを踊りたい。でも、一度見ただけなので記憶はおぼろげ。あと、難しすぎて覚えきれなかったところもある。なので、そういうところを補完するため、ネットで色んな振り付けを調べていた。踊ってみた動画はたくさんあるけれど、なんとなく今回の参考にはならない気がする。できれば、学校の文化祭のステージみたいな映像があればいいんだけど……

 そう思ってさらに探してみた結果、ようやく見つけた。どこかの学校でビキニを着てライブをしている女のコたちの動画。もちろん脱ぎはしないけれど、このくらいなら取り入れられるかもしれない。

「よし、これで振り付けを覚えよう!」

 舞先輩のステージは、ほとんど普通のライブと変わらない。ただ、曲と曲の間にが挟まっている感じで。なら、私もそのタイミングを工夫すればいいのかな。

 言葉にするのは簡単だけど――

「うぅ……でも、頑張らなきゃ……!」

 部屋には他に誰もいない。だから、恥ずかしがる理由なんてないはず。でも、実際にパフォーマンスを再現しようとすると、途端に緊張が襲ってくる。

「ひゃっ……」

 心臓がドキドキと早鐘のように鳴る。冷静に考えて、下着まで脱ぐのはお風呂前の脱衣所くらいのものだし。普段、自分の部屋でさえこんなことをする機会なんてないから、どうしても気持ちが落ち着かない。でも、このままじゃ舞先輩に近づけない……!

「目的を見失うな……だよね」

 私は桑空先生からのアドバイスを自分に言い聞かせる。目標は舞先輩に少しでも近づくこと。そのためには、可能性を見せることが大事なんだ。

「よし、もう一回!」

 深呼吸をして、再び振り付けを始める。二度目は少しだけ緊張が和らいだ気がした。夕暮れが濃くなる部屋の中で、私は一心不乱に踊り続けた。


 改めて思い出してみると、あのステージって衣装チェンジする部分、意外と多くないのよね。むしろ、その後のパフォーマンスが大事なんだし! だから、ダンスそのものをしっかり磨かなきゃって思った。家でドタバタやるわけにもいかないから、私は放課後の教室で練習することにした。もちろん、“特別な演出部分”はカットしてね。そこは自宅でこっそり練習するから大丈夫!

 ちょうど体育の授業でもダンスが始まったばかりだから、居残りで練習してても『授業で上手くできなかったから』って言い訳できるし。実際、練習にもなってるし一石二鳥ってやつね! それに、私って飽きっぽいけど、いろんな部活を転々としてきたおかげで、中学の頃にはダンス部にも一年間だけ入ってた。だから基礎はバッチリ! 練習方法も覚えてる。

 そんな感じで三日目の放課後。今日もひとりで教室にてダンスの自主練! 汗をかきながら自撮りをチェックして『うん、だいぶ動きが良くなってきたかも!』って自己満足。よし、今日はここまでにしよう。

 荷物をまとめて昇降口に向かう途中、廊下から見える夕日がすごく綺麗で思わず立ち止まっちゃった。オレンジ色に染まる校舎って、なんだかノスタルジックで好きなんだよね。そんなことを考えながら下駄箱に着いて、靴を取り出そうとすると――

「ん? これ、なに?」

 私の靴の中に、小さく折りたたまれた紙が入ってた。まさか、これって……ラブレター!? 一瞬ドキッとしたけど、待て待て、ここ女子校だし。それでも、ちょっとドキドキしながら紙を開いてみた。

 すると、そこに書かれていたのは――


『アイドルを目指すのをやめろ。さもなくば……』


 えっ……なにこれ……?

 一気に胸の中がザワザワして、手が震えてきた。なんでこんなことを書くの? 一体誰がこんなことを……?

 怒りと不安が混ざって、どうしていいかわからなくなって、とにかく先生に相談しなきゃって思った。それで、気づいたら職員室に向かって全力疾走してた。

 職員室の前で一旦立ち止まって、深呼吸。ノックをして、ドアをガラッと開けると、中には数人の先生たちがいて、一斉に私の方を見た。その中で一番早く反応してくれたのは――

「お、鈴木じゃないか」

 そう、桑空先生だ! 先生がこっちに歩いてきてくれて、私はその場で待っていた。

「ん? もしかして、メッセージを読んだのか?」

 え……? メッセージって――まさか――!?

「先生! どうして……ッ!?」

 思わず大きな声を出してしまった。先生は応援してくれてるって信じてたのに……!

「え、えっと、どうした?」

 先生はキョトンとしてる。もしかしてとぼけてるの?

「これ、先生なんですね!?」

 そう言って、私は手紙を先生に差し出した。

「お? ラブレターか?」

 先生も同じこと言うんだ。でも、いまはそんな場合じゃない!

「先生、ここ女子校ですよ」

「……ああ、そうだったな。そうだよなー。うん、普通はそんなもんもらわないもんなー……」

 先生は頭を掻きながら遠い目をしている。どうやら昔、嫌なことがあったらしい。

 さて、桑空先生はそのメモをじっと読んで。

「うーん、やめとくか?」

 それは私がほしかった言葉ではない。

「心当たりは? って訊かないんですね」

 先生は少し首をかしげてニヤリと答える。

「アイドルってのは、いつだって敵が多いんだよ」

「ああ、そっち……」

 そうか、先生はそういう意味で『やめとくか?』言ってるのか。てっきり別の理由かと。

「もしかして、見当はついてるのか?」

 先生の問いに、私はちょっと考える。

「……桑空先生は舞先輩を疑ってたのかと」

 私は放課後にダンスの練習はしていたけれど、それはあくまで体育の授業の復習って名目だった。実際にどんな楽曲で踊ってるのか、ってところまでじっくり観察してなきゃ、アイドルと結びつくわけがない。つまり、私が“アイドルになりたい動機”を知る人でなければ、あんな手紙は出さないはず。これが私の推測である。

 けど、桑空先生は、

「舞はこんなことするやつじゃないよ。良くも悪くも、な」

 良くも悪くも? その言葉に何か引っかかるものを感じる。何か深い意味を込めているのかもしれない。

「ま、続けるんであれば、オレの方でも調べておくけど」

「お願いします!」

 先生が協力してくれるなんて心強い! こんな状況なのに先生がわりとカラッとしてるのは……本当にこれまで色んな敵と戦ってきたからなんだろうなぁ。

「で、オレからのメッセージはまだ読んでないのか? さっきスマホに送ったはずだが」

「あっ、すみません……まだ」

 慌ててカバンからスマホを取り出す。先生からのメールを確認すると、例のフリーメールアドレスからメッセージが来ていた。

『決戦は週明け。放課後、校舎裏にて』

「……先生、ヤンキー漫画とか好きなんですか?」

 メールの文面、どう見ても果たし状だし。

「いや、具体的なことを書けないから、こうなったんだよ」

 そう言われてみれば筋が通るような気がするけど。でも、それでこうなるってことは、やっぱり先生ってそういう世界が好きなんじゃないかな。私にはあんまりわからないけど。

「で、いいんだな?」

 先生の真剣な眼差しに、私は大きくうなずく。

「……はい!」

 生半可な気持ちで練習してきたわけじゃない。家でも一生懸命に練習してきたし。例え、舞先輩が止めようとも、私はここで止まる気はない。

 そこで、ふと思いついたことがある。

「ところで……あのライブハウスに出てる人って、みんな同じなんですか?」

 つまり、舞先輩と同じ――。先生は少し考えてから答えた。

「毎日が全部そうってわけじゃないけど、あの日はのイベントだったんだよ」

 つまり、その日ごとに別々のコンセプトがあるってことか。で、出演者全員がそれに合わせてパフォーマンスするのね。そりゃ、テーマが違えばお客さんの層や目的も変わってくるんだろうし。

 ということは、もしかして……? いや、目の前の先生からは全然想像できないんだけど――

「つまり、桑空先生も……?」

 私は恐る恐る確認してみた。だって、先生はどう見ても舞台でキラキラするタイプじゃないし、いつもジャージだし。この男前っぷりといい、実はアイドルとして活躍してるなんて……全然信じられない!

 すると。

「んなわけねーだろ。何せオレは……先生だからなっ」

 と歯を見せて笑う桑空先生。実際はまだ実習生だけど、まぁ、言いたいことはわかる。

「じゃあ……河合ミサちゃんも?」

 さらに踏み込んで聞いてみたら、先生は軽くため息をついた。

「ま、そーゆーこった」

 本人に認められても、やっぱりまだ信じられない私。あの会場で見た甘々ピンクなミサちゃんが……うん、やっぱり結びつかない。あの可愛らしい声をどうやって出してたのかも謎すぎるし、それにあの姿で堂々と舞台に立ってたなんて……

 けれど、それがもしすべて本当だったのなら……!

「そ、そのー……お手本として、私の前で踊ってくれるようミサさんにお願いしてもらえませんか……?」

 私はドキドキしながら頼んでみた。だってやっぱり、プロにお手本を見せてもらいたいもんね!

 桑空先生は深いため息をつくと、即答してくれた。

「はぁ、そう言われると思ってたよ。遅かれ早かれ、な。……いいぜ、ついてきな」

 桑空先生に促されて、私はドキドキしながら廊下を歩いて体育館へ向かう。放課後の校舎は静かで、あたりには私たちの足音だけが響いている。ガラス越しに見える中庭では、風に吹かれて木々が静かに揺れている。何度も通っているはずの廊下だけど、この時間帯は何だか特別な感じだ。

 体育館に近づくと、次第に軽い笑い声や話し声が聞こえてくる。扉を開けると、そこには数人の生徒が体育館の隅で片付けを終えて談笑していた。ここはバスケ部やバレー部が曜日ごとに交代で使用しているので、あのコたちが何部かは、いまとなってはわからない。

 天井から大きな照明が下がっていて、柔らかい光が床全体を照らしている。木製の床はきれいに磨かれていて、光が反射してピカピカと輝いていた。高い天井が生み出す広々とした空間に、いつになく少しだけ緊張してしまう。

 体育館の中央奥には舞台が設置されていて、私には全体朝礼で校長先生が話すイメージが一番強い。舞台袖には暗いカーテンが垂れ下がり、重厚感が漂っている。そんな場所が……今日は私たちの空間になるんだなぁ、と思うと……ちょっとドキドキ。

「ほらほら、下校時刻過ぎてるぞ。早く帰れー。鍵はそのままでいいぞー。オレが閉めとくから」

「はーい!」

 桑空先生が声をかけると、みんな素直に返事して帰っていった。すごい、桑空先生って影響力あるんだなぁ。静かになった体育館に残されたのは、私と桑空先生だけ。広い空間にふたりだけになると、その広さが一層際立ち、空気が張り詰めてくるのが感じられる。

 そして、桑空先生はひとりで舞台へ上がっていったけど、私は私でこれからやることに備えて……扉を閉めて、一応鍵も掛けておく。先生から特に指示はなかったけれど。そしてそれが終わると、私は体育館の舞台の前で待っていた。

 すると、すぐに。

「ミサはねー、ほんとーは女に見せるステージなんてないんだけどー――」

 うわっ、この声……あの日、会場の廊下で聞いたピンクモードの……! それだけで、あの姿が私の脳裏に蘇ってくる。それを覚悟して、私の肩にも力が入る。

 すると、舞台袖から出てきたのは――いわゆる、河合ミサちゃん! しかもなんと、メガネとツインテのウィッグまでつけてる! 先生自身『遅かれ早かれ』と言っていただけに、そのあたりは学校にも常備していたようだ。けど、さすがに衣装一式はないようで、そこから一歩進んだスポーティーなスタイル……いわゆる、一番が終わって二番からの状態。

「今日は例外! ってことで、こんな格好でスタートするけど気にしないでねー♪」

 そう言って、踊り始める桑空先生……じゃなくて、ミサちゃん。ライブ会場であの甘ったるい衣装を見たとき、私の脳内は『え、これ本気で!?』って感じでびっくり仰天だったけど、いざステージ上で目の前にすると、やっぱり桑空先生だった。さすがは体育教師。まだ教育実習中だけど。その動きはキビキビしっかり。見た目はミサちゃんでも、中身は完全に武闘派そのもの。外側を甘~いハチミツでコーティングしてるけど、中に潜んでるのは刺激的すぎるハバネロって感じ。

 こんなに間近で見てると、正直ちょっと怖いかも。あの強烈なオーラが隠しきれてなくて、なんというか、演じてるけどその裏にある凄まじいパワーが漏れ出してるのがわかるんだもん。会場の男の人たちはどう感じてたんだろう……と、ちょっと心配にもなってくるくらい。

「服の中で眠ってる~最強の一撃~♪」

 スマホから流れる音楽に合わせて、ミサちゃんが歌って踊る。その可愛さと力強さの絶妙なバランスに、私はただただ目を見開くしかなかった。体育館の本格的な音響はさすがに使っていない。けど、スマホの小さなスピーカーなのに、お腹の奥まで響いてくるパワーを感じる。ふたりきりの空間だからか、余計にその迫力が伝わってくるようだ。

 そして、ついに大サビがやってくる……。私は思わず『ひぇっ!』と声が出そうになったけど、どうにか飲み込んだ。あれだけ可愛く見せながらも、その中には底知れないエネルギーがある。これが本物のプロなんだな、と改めて感じさせられる瞬間だった。特に、あのY字バランスのシーン、舞先輩もやってたけど、ミサちゃんのは、もはや顔面キックだ。真正面にいたら、多分首の骨が折れてる。そこも、ミサちゃんらしさ、なのかなー、とか思ったり。そういうところの個性というか、ひと工夫――プロのステージはやっぱり違うんだなぁ……

 曲が終わって思わず拍手を送る私。

「どーだったカナ?」

 と感想を求められた私は思わず「とっても……つ――」強そう、と言いかけて、慌てて「――ごかったです!」と軌道修正。

「すごかった? うんうん、そーでしょーとも」

 ミサちゃんは得意げな表情。でも、本当にすごかった! ストリップパフォーマンスにもいろんな見せ方があるんだな、と改めて感じられた。

 そして、私は勇気を振り絞る。

「でっ、では……今度は私のダンスを見てもらえませんか……?」

 そしたら、欠点とか改善点とか見えてきそうだと思ったんだけど――

「やーだよっ」

 あっさり拒否されてしまった……

「ミサ、そういう趣味ないしー」

 軽く躱して、舞台袖へと引っ込んでいくミサちゃん。それでも、桑空先生のプロとしてのパフォーマンスは、本当に素晴らしかった。これ以上の激励はないよね……!


 そして、ついにやってきた本番当日! 朝から胸がドキドキして、心臓が飛び出しそう。紗季たちからは「いつも以上にテンション高い!」とちょっと怪しまれたけど、いつものこととしてあんまり深入りされなかったのでセーフ!

 そのまま人知れず放課後となり、私はひとり校舎裏へと向かう。ここは普段、あまり生徒が立ち寄る場所じゃない。古い木々が鬱蒼と立ち並び、日差しが少し遮られている所為か、昼間でもどこか薄暗い雰囲気が漂っている。旧校舎の壁にはつたが伸びていて、窓枠に一生懸命絡みついていた。足元には掃き残しの枯葉がカサカサと音を立てる。時折、風が木々を揺らし、葉っぱがサラサラと落ちてくるのが見える。

 裏門のすぐそばには古びたベンチがポツンと置かれているけど、誰かが座っているのを見たことはない。生徒たちにとってはちょっとした抜け道という感じで、ほとんど使われない場所だ。

 そんな校舎裏に、タクシーが一台静かに止まっていた。エンジン音が微かに聞こえるけど、辺りはひっそりしている。桑空先生が手配してくれたらしく、先生はそこで待っていてくれた。なので、私は他の人に見つからないうちに素早く乗り込む。

「バイクで通えりゃ良かったんだがな」

 と先生がぼやく。えっ、バイク!? 桑空先生にバイクなんて絶対似合うに決まってる! 風を切って走る姿を想像するだけでカッコよすぎる。でも、教育実習生だから通勤は電車と徒歩なんだって。それでも、今日は特別にタクシーで送ってくれるんだ。窓の外を流れる街並みを見ながら、いつもと違う景色にワクワクする。

 すると、先生がふと真剣な表情で切り出してきた。

「ところで、例のメモの件なんだが」

「あ……」

 そうだ、すっかり忘れてた。毎日の練習に夢中で、あの脅迫状のことなんて頭の片隅にもなかった。ふたりだけで話すためにタクシー呼んでくれたんだね。電車だとこの時間、どこで誰が聞き耳立ててるかわからないし。

「一応、こっちでも色々調査してみたんだが」

「い、色々……?」

 どんなことを調べてくれたんだろう。少し不安になりながらも、先生の言葉に耳を傾ける。

「アイドルは敵が多いって言ったろ。しかも、『ス』の付く特殊仕様だ」

 タクシーの運転手さんもいるから、先生はわざと曖昧な表現を使ってくれた。その気遣いに感謝しつつも、胸の鼓動が早くなる。

「少なくとも、あれから再犯はなさそうだったな」

 先生が優しく微笑む。どうやら、下駄箱付近を見張ってくれていたらしい。

「……ありがとうございます」

 心からお礼を伝える。正直、犯人の正体なんて知りたくない。そして、もう何も起こらないのであれば、これ以上邪魔されることはないと信じたい。

 新宿駅の駅前に到着すると、タクシーの扉が開く。街の喧騒と人々のざわめきが一気に押し寄せてきた。

「そんじゃ、頑張れよっ!」

 桑空先生が親指を立ててエールを送ってくれるけど……!

「えっ、先生もついてきてくれるんじゃ……」

 私が不安そうに尋ねると、先生は笑いながら答える。

「アホ言え。教師が教え子にあんな街を案内できるわけねーだろ」

「で、ですよね……」

 私だけ渋々タクシーを降りる。心細いけど、ここからは自分との戦いだ!

 そして、ふと前を見ると、スーツにサングラスをかけた女の人が立っている。ちょっと怪しげだけど、只者じゃないこのオーラは――

「ここからはワタシが同行するわ。 憐夜れんやのぞみよ。今回の審査員も務めるから」

 前にお世話になったスーツの女の人が初めて名乗った。

「はっ、はい! よろしくお願いしますっ!」

 思わず背筋が伸びる。この時点で審査員がお出迎えってことは……もう審査は始まってるのかもしれない。緊張と興奮で体が熱くなる。

 よーし、やってやる! 自分の全力を出し切って、絶対に成功させてみせるんだから!


 そして、終わった。

「……残念だけど、論外ね」

 希さんの冷たい声が騒がしい音楽を切り裂く。

「えっ!?」

 私は思わず声が出た。

 曲は自由だって言われてたから、最近リリースされた 未兎みとちゃんの新曲を選んだ。ネットに踊ってみた動画はいっぱい上がってたけど、私が参考にしたのは例のビキニでステージに上がってた女子高生のもの。これを未兎ちゃんの曲に合わせてアレンジして、“追加パフォーマンス”を入れてみたんだけど……一番が終わって二番に入ったところでまさかの強制終了。

 ステージに立ち尽くす私。『ブラザー・コンプレックス』が虚しく流れ続けている。照明は特別な演出もなく、ただ明るいだけ。フロア側にはぽつんと置かれたパイプ椅子。その席から希さんが立ち上がった。

 心臓がドキドキと高鳴る。汗が頬を伝い、視界が少し霞む。

「ど、どうして……」

 声が震える。必死に練習したのに、何がいけなかったの?

「向いてないわよ、アナタ」

 彼女は冷たく言い放つ。その言葉はまるで刃のように胸を貫く。そのまま踵を返す希さん。でも、数歩進んだところで足を止めた。

「……いまのは語弊があったわ」

 言って、ゆっくりとこちらへ振り返る。

「このままじゃ、何度やっても同じよ」

「このままじゃ……」

 私は小さく呟く。何かが足りないんだ。私がストリップ・アイドルになるために、致命的な何かが――

 それは、私自身も薄々気づいていたこと。

なら、如月舞がいれば十分よ」

 その言葉が深く心に突き刺さる。でも、不思議とショックはなかった。確かに、反論の余地もない。実際、歌の部分の振り付けは自分の 力量スキルに合わせてアレコレ考えてアレンジした。けれど、肝心の――このステージならではの――私ならではの部分が、舞先輩の真似にすぎなかったのだから。

 舞台の上で、拳をぎゅっと握る。悔しさと情けなさで、涙がこぼれそうになる。舞先輩に近づきたい――その覚悟だって決めていたはず――なのに――一番魅せなきゃいけないところから目を背けていたなんて――!

「……申し訳ありませんでした。出直します」

 私は深く頭を下げる。時間を取らせてしまって申し訳なかった――心から反省していた。もっと自分らしさを見つけなきゃ。自分だけの輝きを――それが、本当の意味で舞先輩に近づくということ――

 私は会場から出て、空を仰ぐ。外の空気が冷たく肌に触れる。私を取り囲む街の灯りが、まるで私に頑張れと言っているようだ。

「よし、もう一度やり直そう!」

 私は自分を奮い立たせる。こんな形じゃ諦めきれない! 次はきっと、納得してもらえるパフォーマンスを見せてやるんだ!

 そんな決意を胸に……空元気を張ってライブハウスを出てきたけど、気づけば陽も落ちて街は暗闇に包まれている。すっかり落ち込んでしまって、いまはこんな賑やかな街とは顔を合わせづらい。急ぎ足であの怪しいアーチの外まで歩いてきたけど、心の中はモヤモヤしてて、ため息ばっかり出ちゃう。

「はあ……ちゃんと報告しなきゃいけないよね」

 スマホを取り出して、桑空先生に連絡しようとしたところ、いつの間にかメールが届いていた。あれ、この捨てアドって……先生だ!

『紅茶館で待つ』

 ん? 紅茶館って……どこだろう? スマホで調べればすぐわかるんだろうけど、なんとなく周りを見回してみたら、すぐ近くに見つけた。

「あー、そこかー」

 舞先輩のライブの日に立ち寄ったお店である。地方から来たあの店員さんがいたところ。けど、私の成果は完膚なきまでの惨敗……はぁ、先生になんて説明したもんかなぁ……。とはいえ、逃げるわけにもいかないし。意を決してお店に入ると、例によって独特のイントネーションで店員さんが迎えてくれた。

「ほいほい、ミサちゃんが待っとるよー」

「えっ!?」

 あまりにもフレンドリーでびっくり! 私のこと覚えててくれたことも嬉しいけど、ミサちゃん……桑空先生とも知り合いなの? しかも、芸名の方で。

 でも考える間もなく、奥の個室へと案内されちゃった。個室っていっても、衝立で仕切られただけのスペースだけど。そこには四人掛けのテーブルがあって、桑空先生が先に座って待っていた。

「先生!」

 思わず声が出ちゃった。先生は私を見て、ちょっと励ますように微笑む。

「早かったな。まあ、座れよ」

 ドキドキしながら席に着く。店内は落ち着いた雰囲気で、紅茶のいい香りが漂ってる。だけど、私の心臓はバクバクで、何から話せばいいのかわからない。

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