22話・神田マユリ

 神田マユリの初恋は、高校2年生のときだった。


 今まで誰も好きになることのなかった彼女は、一生をこのまま過ごすのだろうとただ漠然と考えていて、寂しくはあるが別にそれでいいと思っていて。


 しかしそれは、近所の小学5年生によって破られた。


 そうだ、その子は小学5年生で、11歳で、ローティーンで、幼女で、女児で、女子小学生で、ランドセルを背負ってる年代で、同世代の他の子と比べると落ち着いていて、大人びた印象の子だった。


 大人びたその子は、マユリの頬にキスをして。


(そうか、わたしはそういうやつだったんだ――)


 マユリはそれを真に受けて、彼女と真剣に付き合った。


 長続きはしなかったが、それでいいと思った。その頃には彼女は二次性徴をすっかり迎えて、すでに好みの外に出ていたから。


 それから、いろんな相手と付き合った。全部女子小学生だった。例え相手が大人になっても好きでい続けると、交際をはじめた頃は思っていたはずなのに、気づけば関係が破綻している。何故なのだろうか。


 代わりに、女子小学生を落とすテクニックばかりに磨きがかかって。


 初恋は自分が高2のときに出会った小5女子だったとは言わず、代わりに小学生の時の女性担任教師だと言うようになった。


 こういえば、相手は自分の気持ちはあこがれでしかないとか、これはよくある気持ちで決して変じゃないと言い訳ができるようになるし、その言い訳のあいだにずかずかと踏み込める。さらに、交際したあとにこれを持ち出すことで、女の子たちは自分の気持ちが単なるあこがれではないと証明するために、過激な行動を自発的に行うようになることもある。


 あとは単純に相手を大人扱いすれば、それだけでころりと女子小学生は落ちる。特に自分は外見に恵まれているから簡単だった。この性別のお陰で親御さんからの不信を買うこともないし、別れるときだってあくまで対等の付き合いだったと刷り込めば後々困ることだってない。


 そんな彼女がナナカを選んだのは、単純なタイミングの問題だった。


 たしかに可愛い子だとは思っていたが、脈があるとも思ってなかったし、無理をするほどの相手ではなかった。なにせ、他の相手が好きだったのだから。


 だけど、タイミングが合ってしまった。


 彼女の初恋相手は、痴漢でおまけに盗撮魔だった。彼女はたいそう傷つき、今ならばいけるとマユリは思ったのだ。


『駅前のケーキ屋さんのガトーショコラ買ってきたから、よかったら食べてね。……ナナカちゃんが何が好きか分からないから、私の好きなやつを選んできたんだけど』


 大嘘もいいところだった。実際はガトーショコラのことは好きでも嫌いでもないし、その店で食べたことなんて一度もなかった。


 アイリから教えてもらった情報を、少し加工してナナカに流す。


 ナンパは普通にやるぶんにはまず成功しないが、海外で自分と同国の相手にやったり、アーティストの単独ライブでやると成功しやすいらしい。


 人はその時、ほんの少しの共通点を運命だと思い込む。特に海外の場合、異国人だらけの孤独の中にいるために、付け入る隙は特段に大きくなる。


 マユリのやったことは、それの応用だった。


 気に食わないと思っていた大人が、自分と同じものが好きだった――普段のナナカだったら偶然で流すはずのそれが、追い詰められて孤独になった彼女には、大きな意味を持ったのだ。


 あとは粘り強く待てば、それで終わりである。


 特にこの年代は、性別よりも年齢差に惹かれるようで、崩れかかってるところを一押すれば、容易く自分のものになる。


『あんなやつより、もっと深い関係になろう』


 我ながらくさいことを言ったものだと思うが、大成功である。


 ナナカは可愛かった。本当に可愛かった。確かに手段は多少邪だったかもしれないが、マユリのナナカを思う気持ちは間違いなく本物だった。浮気相手がいるわけでもなく、将来的に捨てるつもりもなく、ただ彼女にだけまっすぐ気持ちを注いでいた。


 一度アイリ――自分が今まで見てきた中でも、トップクラスの美少女だ――に心が揺れ動くこともあったが、しかし脈がないとすぐに気づいて諦めた。二兎を追う者はなんとやらである。


 かくしてマユリは小学6年生女児と付き合うことに成功し、ディープキスまで出来た。上出来である。最高だ。付き合って2週間そこらであそこまで行けるなんて中々だ。小学生の舌は柔らかくて気持ちがいい。大人相手がどんなものか知らないが(そして知りたくもないが)。


 今回は条件が良かったのだろう。元々年上にあこがれを持っていて、そのあこがれが潰えたところにちょうど代わりになってくれる人物が現れたのである。痴漢も盗撮も唾棄すべき罪だが、それでもマユリは梶原太一に感謝したかった。ジロジロ見られて不快ではあったし、おそらく盗撮の被害にもあっているが、それを差し引いてもなお感謝が残る。


 不快といえば、この体だ。


 マユリは自分の胸が大きすぎて――いいや、成熟してしまったこの体全体が――心底気に入らないが、それを使うことで子どもを落とせるのなら、それでいいかと思ってもいる。こないだキスをしたときだってナナカはめちゃくちゃに自分の胸を揉んでいた。気持ちよくもなんともなかったが、この不快な脂肪の塊でナナカが喜んでくれるならそれでいいのである。


 かくしてマユリはナナカと深い関係になれて、たいそう上機嫌であった。授業中にキスをされたときは心臓が飛び出るかと思ったが、それも悪くない。あんなにも可愛い子が自分に夢中になってくれる――それよりも幸せなことは、なかった。


 だけど、その幸せに水を差す存在が現れた。


 突然バイト先の塾に電話がかかってきて、電話の主はこう言ったのである。


『あなたとナナカさんの関係を知ってます。警察のお世話になりたくなかったら、指定の日時にここに来てください――』


 マユリはその呼び出しに応え、指定された喫茶店へやってきた。


 そこにいたのは、以前諦めた相手――小日向アイリで。


 アイリはこちらを破滅させるに足る証拠を持っていた。

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