20話・二人が真剣なら、二人が幸せなら、二人の愛が本当ならば?
「……あのね、マユリさんと、キスしちゃった」
昼休みのことだった。ナナカは用事も言わずにただこちらの手を引いて、アイリを誰もいない空き教室につれてくると、あたりを何度も窺った上で、耳元でそう囁いた。
「……それは、口と口で?」
道理で朝から妙にしおらしかったわけだ――顔を真っ赤にしたナナカに、アイリは冷静に問う。
「……いや、ほっぺたに」
「ナナカがマユリさんのほっぺたにしたってこと?」
「う、うん」
「それは向こうからしてほしいって言われたとかじゃなくて?」
「そ、そうだけど、さっきから目が怖いよ、アイリちゃん……?」
とりあえず、胸をなでおろした。……今のところ、なんとも言えなかった。
『だってさあ、11歳とか12歳なわけでしょ? クラスメイトってことは。ってことは、付き合ってると思ってるのはその子だけで、その大学生は近所の子と普通に遊んでるだけだと思ってるかもしれないわけだよ』
昨日のユイの言葉を思い出す。
まだグレーだ。かぎりなくグレーだ。マユリは付き合ってると勘違いされて、頬にキスをされただけで、マジもんでも何でもない可能性がまだある。
だけど、ナナカはそこまで馬鹿じゃないだろう――そんな思いもあって。
「……その、二人は本当にお付き合いしてるの?」
「あ、もしかして信じてないの? めっちゃ付き合ってるよ、私たち」
頬を膨らませてナナカが言う。
「どっちから告白したの?」
思えば、最初に聞くべきだったことを今さら訊ねる。あのときは衝撃的すぎて何も訊けなかったのだ。
「えー、恥ずかしいなあこれ。……実はね、マユリさんから告白されたんだ」
顔を抑えながら、いかにもきゃあという感じで言う。
それが本当だったらかなり黒に近いが……、結局のところそれが正しいという確証もなくて。
「どんな感じで告白されたの?」
「えーーーー、そこまで言わなきゃダメ? ていうか、実は付き合ってるのは周りに秘密だってマユリさんに言われてるんだよね」
「……めっちゃ言ってるじゃん」
「アイリちゃんだからだよ!」
随分と信用されたものだ――そんなことを考えていたアイリに、追い打ちの言葉がやってきた。
「アイリちゃんだって、こうして私が大人の女の人と付き合ってるってわかって、安心したでしょ?」
「……はい?」
「小学生でも大人の女性と付き合えるって、私が証明したんだよ? それって、アイリちゃんとゆかりさんの未来にとっても明るくない?」
「……」
たしかにそれは、明るいかもしれなかった。
ナナカとマユリが本当に付き合ってるならば、それはアイリにとっても紛れもない朗報だろう。
(……でも、だからって、ダメでしょ)
12歳と25歳が付き合って良いはずが、なかった。
でも、なんでダメなのだろう。
なんで12歳と25歳はダメなのだろうか。これが20歳と33歳だったら誰も文句は言わないだろうに。
だけど、それでも、直感が叫んでいた。そんなのは不健全だと。ろくなもんじゃないと。……12歳に本気で求愛する25歳が、まともなはずがないと。
(でも、だったら――)
そこで今さらに、アイリは気づいてしまう。
いま目の前で繰り広げられてるのは、自分たちのあり得るかもしれない未来像なのだと。
だったら、11歳に本気で求愛する20歳も、きっとまともじゃないと、みんな思うはずで。
「――アイリちゃん、アイリちゃん!」
気がつけば、ナナカが心配そうな顔で肩を揺すっていた。
「……ごめん、ちょっとぼうっとしてた」
「もしかして心配してくれてるの、アイリちゃん?」
「……へ?」
「安心して、マユリさんはとってもいい人なんだから! 私のことを悲しませたりなんて絶対しないよ!」
そうじゃない、そうじゃないのだ――だけど、アイリは何も言えなかった。
12歳に手を出す25歳は絶対いい人じゃないと、そう言いたかった。……だけど、だったら11歳に20歳が手を出したら? そしたら、誰が責められる?
あるいは、彼女たちが本当に真剣に付き合ってるとして、それを自分が否定できるのだろうか。
それはつまり、自分とゆかりの未来を否定することになってしまわないだろうか。
『小学生でも大人の女性と付き合えるって、私が証明したんだよ? それって、アイリちゃんとゆかりさんの未来にとっても明るくない?』
逆説的にいえば、これが破綻すれば、それはまさしく――
「……うん、応援してるよ、二人のこと」
気がつけば、そんなことをアイリは言っていた。
「うん、ありがとう! 他のみんなはきっと反対すると思ってたけど、アイリちゃんだけは違うって思ってた!」
ああ、そうだ。どの面下げて、その関係は不健全だと言えるだろうか。
アイリの最終目標はゆかりと付き合うことで、ゆかりの一番になることで――
(そうだよ、まだ決まったわけじゃない)
『何も言わずに、近くにいてあげればいいと思う。それで、話を聞いてほしそうだったら聞いてあげて、泣きたそうだったら泣かせてあげて、抱きしめてあげればいい。……それじゃ、ダメかな?』
そうだ、マユリはいい人だ。だから、大丈夫だ。
きっと何もかも、勘違いなのだ。ナナカを立ち直らせるために不用意に言った言葉が曲解されて、付き合ってると勘違いされてるだけだ。
それに、もし本当に付き合ってるとして、それでなんの問題があるんだ?
二人が真剣なら、二人が幸せなら、二人の愛が本当ならば、外野の自分が何を言えるだろうか?
「私、頑張るね! 今度の祝日にデートなの! アイリちゃんにとってもいい報告が出来るように、頑張るよ!」
いい報告って、なんなんだ――アイリはそう思ったが、それでも、笑顔で言った。
「――うん、楽しみにしてるね! 私、応援してる!」
かくしてアイリは、週明けにナナカから報告を受けることになる。
「……今度は、唇と唇で、キスしちゃった。……今度は、マユリさんから」
頬を染めるナナカに、アイリは覚悟を決めた。
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