14話・ストップ!未成年飲酒

「お姉さん、20歳の誕生日おめでとうございます!」


 今日は2月8日――ゆかりの誕生日だった。例年のように誕生日パーティーが開かれ、参加者はアイリと、アイリの母、そしてユイであった。


 ちょうど、クリスマス会とまったく同じメンバーである。


 リビングのテーブルにはホールケーキやフライドチキンが並び、ここもまたクリスマス会と同じ布陣であった。


 3人分のクラッカーが鳴って、ゆかりが照れくさそうに頭を掻いた。


「……ありがと」


「いやあ、あのゆかりちゃんがこんなに大きくなるなんてねえ。20歳なんて、もう立派な大人だよ。……少ないとはいってもこんなふうに同世代の友達も連れてきてさあ」


「少ないは余計でしょ、お母さん」


「いやいや、昔のゆかりちゃんは本当にね、口数が少ない子だったから」


「それも、アイリちゃんのおかげです。アイリちゃんがいなかったら、こうしてユイちゃんとここまで仲良くなることもなかった気がしますし」


「そ、そうかなあ」


 二重の意味で正解していることに気まずくなったユイが、話題を変える。


「そうだ、プレゼント! 誕生日プレゼントを渡すね!」


 言いながらプレゼントの入った小箱をゆかりに渡す。


「ありがとう! 開けちゃっていい?」


「ああ、存分に開け給え」


「……香水?」


「キザったらしいプレゼントですね」


「オーデコロンだよ。そんな大したものじゃないさ。ゆかりちゃんに似合いそうな匂いを選んだんだ」


「お姉さんはそんなのなくても良い匂いですけどね」


「……さっきからあたりが強いね、アイリちゃん。手首につけてみて?」


「こうかな?」


 宝石みたいな可愛らしい形の瓶の頭をぷしゅと押す。……たしかに柑橘系の甘い香りが、ほのかに香った。


「わあ、いい匂い! ありがとう、ユイちゃん!」


 笑顔でゆかりが言って、次はアイリの番だった。


「私はこれです」


「……ペンダント?」


 それは、星型のペンダントだった。


「なるほど、こないだクリスマスでアイリちゃんにプレゼントしたやつとおそろいってわけだね! 今日もつけてるけどお気に入りなのかな?」


「なんで帆山さんが全部言うんですか」


「ありがとう、アイリちゃん!」


 ゆかりはペンダントをつけると、笑顔で言った。


「さて、次は私だね」


 今度は母がニヤリと不敵な笑みを浮かべて、それを取り出した。


「……なんですか、これ」


 テーブルの上にドスンと置かれたそれは、お歳暮とかが入ってそうなちょっと高級感のある箱だった。


「じゃーん、クラフトビール!」


 箱を開けると、そこには缶ビールがたくさん入っていて。


「お母さん、またお酒?」


「これはね、普通のビールじゃないんだよ、アイリ。クラフトビールは飲みやすいんだよ。おまけに高い。ほら、缶のデザインからして違うじゃん?」


「……はあ」


 全然ピンとこなかった。


「ゆかりちゃんお酒飲んだことないでしょ? だったらこういうのがいいかなと思って」


「……えー、お酒ですか」


 ゆかりが困惑した様子で言う。


「クリスマスのとき約束したじゃん」


「酔っ払ってた時の約束は無効だと思いますよ、お母さん」


「いやいや、本当に飲みやすいんだって。ほら」


 なんて言いながら缶ビールを一本開けて、自分で飲む。


「ほら、飲みやすい」


「お母さんはいつもそうでしょ」


「ユイちゃんも飲んでみなって」


「いや、私は――」


 差し出されたそれをユイは断ろうとするが、一口だけだからと食い下がられ、仕方無しに飲む。


「……あ、ほんとだ、飲みやすい。これなら初心者向けかも」


「そ、そうなの?」


「うん、ゆかりちゃんでも大丈夫だと思う」


 恐る恐るといった様子で缶を開けて、ゆかりは一口飲んだ。


「ほんとだ、美味しい!」


 アイリは猛烈なデジャブを感じた。


 しかも今度はゆかりまで向こうに行ってしまうのだから、前よりもなおひどかった。


「これ、ごくごくイケちゃうね!」


「でしょー? 私だっていつも考え無しでやってるわけじゃないんですよぉ?」


 もう酔いが回りはじめてる母が回らない呂律で言って。


「すいません、もう一本もらって大丈夫ですか? ゆかりちゃんのプレゼントだけど。こんなに美味しいお酒初めてかも」


「全然いいよぉ」


「……」


 アイリは凄まじい疎外感を覚えた。


 自分は飲めないもので盛り上がり、おまけにさっきのペンダントは軽く流された。


 大人じゃないのが、そんなに悪いというのだろうか――アイリ抜きで盛り上がりはじめた連中にバレないように、アイリはそっと缶ビールに手を出していた。


 テーブルの下でフタをぷしゅりと開けると、そっと自分の愛用してるマグカップ――ウサギがプリントされた子供っぽいデザインのやつだ――に注いで。


 一度ゴクリとつばを飲んだあと、一気に飲んだ。


「――うわ、苦っ、まずっ!」


「ちょっと、あんた飲んだのもしかして!? べーしなさい、べー!」


 言われたとおりにマグカップにべーして、アイリは吐き捨てた。


「……全然苦いし飲みやすくないじゃないですか」


「ビールにしては、って意味だから! ダメでしょ、こんなん飲んじゃさあ」


 母が顔を真っ赤にして言う。お酒のせいか、本当に怒ってるのか分からなかった。


「でもこないだ未成年飲酒させようとしてたじゃん……」


「あのときのゆかりちゃんは19で、あんたは11歳でしょ!」


「……うう」


「まあそう怒らないであげてくださいよ、お母様。これは私たちが悪いです。ひとりだけ飲めないのにこんなに盛り上がったら面白くないでしょうよ」


 おまけにユイに自分の心情を当てられて、とても嫌になる。


「ごめんね、アイリちゃん? でも飲んじゃダメだよ? 犯罪だし、体にも良くないからさ」


「見つかったら捕まるのはこっちなんだからさあ」


 言われなくてももう飲むものかと思った。こんな苦くてまずいものを喜んで飲む気がしれなかった。


「仕方ない、じゃあこれで今日は終わりにしておくかな」


「……別に飲みたいなら飲めばいいですよ」


 母の言葉に、アイリは反発していた。


「別に寂しいとかないですから。ただみんなが美味しい美味しい言うから気になっただけです」


「……そう? じゃあもっと飲むけど」


 一瞬で顔色変えてもう一本開けるのはどうなんだ。


「二人も飲んで飲んで」


「えー、いいんですか?」


「本人が言ってるんだからいいでしょ。それに今日はアイリじゃなくてゆかりちゃんの誕生日なわけだし。飲みたいなら飲めばいいよ」


 そんな言葉に押されて、二人ともまた飲み始める。


「大人になったら一緒に飲もうね、アイリちゃん?」


「……いりませんよ、そんなの」


 アイリは静かにフライドチキンを頬張った。ケーキも食べる。美味しい。


 ……寂しくなんかなかった。寂しくなんかないのである。


(大体、私が20歳になった頃にお姉さんは私の近くにいるんですか)


 そのときには29歳とかである。


 29歳のゆかりが自分の近くにいるなんて、まるで想像がつかなくて。


 早く大人になりたいという気持ちと、子どものままじゃないとゆかりの視界の端にすら映ることは出来ないんじゃないかという気持ちが同時に襲ってきて――


「……アイリちゃん?」


「子どもにはちょっとだけでもキツかったのかな?」


「え、これ病院呼ばなくて大丈夫なんですか?」


「息してるし大丈夫でしょ」


 アイリの意識は暗闇へ落ちていった。


 ※


 最初は本気で心配してたけれど、アイリは本当に大丈夫だったみたいで、規則正しい寝息を立てはじめ、ユイはすっかり安心した。


(にしても、なんていうか放任主義だなあ、この人)


 自分も今度は飲まないの誓いを秒で破っておきながら、ユイはアイリの母を批評した。アイリに良く似た美人なのだが、やはりどこか変な気がする。


「ねえゆかりちゃん、流石に飲み過ぎじゃない? 飲みやすいって言っても度数は普通のビールなんだから」


 とはいっても今回はあまり飲まないと心に決めていた。間近にこんな美少女のいとけない寝顔があるのだ、酔っ払った自分が何をするか分からない今、飲みすぎるわけにはいなかった。


「大丈夫だよお」


「ほら、ユイちゃんも飲みなさいって。これ高かったんだよ?」


 かくして1ダースあったはずのそれはあっという間にすべて開けられて、ゆかりもアイリの母もすっかり眠りこけていた。


 この空間で起きているのは自分だけで。


 間近に、とんでもない美少女の寝顔があって。しかも今日は膝丈のデニムスカートで。あと少しでも足を開いたら、下着が見えてしまいそうで。


「……落ち着け!」


 ユイは自分の頬を叩いた。


 確かにこの状況なら盗撮のひとつやふたつ余裕だろう。だが、犯罪である。もし被写体であるアイリがそれを知ってしまったら心に深い傷を刻まれるに違いない。


「イエスロリータ、ノータッチ。イエスロリータ、ノータッチ」


 昔の人が言ったありがたい言葉を繰り返す。


 ユイは捕まりたくないし、アイリを傷つけたくもなかった。


 その泳いだ視線は、しかしテーブルの上にあるそれに強く囚われてしまう。


 それは、ウサギがプリントされたマグカップであった。


 つまり、先ほどアイリが自分で飲むためにビールを注ぎ、しかしすぐに吐き戻したマグカップである。


 あのときのユイと言ったら滑稽なもので、アイリの小さな舌をガン見していた。


 そして今も、マグカップをガン見していた。


(いやいやいやいや、ダメだろ)


 何がダメなのか。


「……いやでも、これはSDGsだし(?)」


 そうだ、シンプルにクラフトビールが勿体なかったのである。


 決してやましい気持ちがあるわけじゃないのだ。


 ユイはそっとマグカップを持ち上げて、そのまま口へ運ぶ。


 国民的入れ替わっちゃった映画にこんなお酒があったはずだ――そんなことを考えながら、マグカップに口をつけて。


「……それ、私のですよ」


 目を覚ましたアイリと目が合った。

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