12話・クリスマスプレゼント
あのあと、どうなったのか。
アイリはまず最初にゆかりを正気に戻させ、そのまま酔っ払ったままのユイを二人してクリスマスパーティーの会場へ連れて行った。
アイリの家である。こんな酔っ払いを家に入れるのは嫌だったが、じゃあどうすればいいのかという話で。
そこから、アイリの母も混ざってリビングでクリスマスパーティーが始まった。ケーキやらフライドチキンが並ぶ中、母はユイが酒を飲んでると知るやいなやビールを引っ張り出してきて、二人して飲みはじめたのである。……こんな初対面の不審人物と一緒に酒を飲みはじめないでほしい。
そしてアイリの母は、ゆかりにも毒牙を剝いて。
「私の酒が飲めないのか!」
「わたしまだ19歳なので遠慮しておきます!」
「2月生まれがよお、いいじゃねえか」
「あと1ヶ月以上ありますから、ね? ほら、アイリちゃんも見てますし!」
一緒に止めるべきであるはずのユイはもうすっかり出来上がっていて、虚空を見つめているだけだった。
「……けっ、仕方ねえな。その代わり誕生日には絶対私と飲めよ?」
こんなんだが、アイリの母は普段はもうちょっとまともである。
かくして母はビールを開け続け、ユイもそれに付き合い続けて、二人ともすっかり潰れてしまい、眠りこけていた。
「……すいません、母がご迷惑を」
すっかり静かになったリビングに、アイリの声が響く。
「別にいいよ。おばさんも毎日大変なんだろうし、たまには羽目を外したいよね」
「外したいって言っても限度はあると思いますが……」
たしかに女手一つでアイリを育てているのは称賛に値するのかもしれないが、それと未成年相手にアルハラするのはまた別問題だろうと、アイリはだらしない格好で眠りこけている母を見て思う。
「それにしても、ユイちゃんもびっくりだよね。お酒飲んで来た時点でびっくりだけど」
いつの間にかちゃん付けになってる――アイリは舌打ちを我慢しながら、言葉を返した。
「酔っ払ったらあんなんとか想像してませんでした。小学生相手に万札出してコスプレ要求する相手には百年の恋も醒めると思うんですが」
「いやいや、あれくらい全然大丈夫だよ。わたしも酔っ払ったらあんな感じになりそうだし」
「コスプレくらいタダで見せてあげますよ」
「そういう話をしてるわけじゃないよ。……でもまあ、これはこれで、ギャップ萌えっていうかね」
そう言う彼女の横顔は全くもって笑顔で、取り繕っている様子は見当たらなかった。
「……それに、ゆかりちゃんって言ってもらったし」
「でも、普通好きな相手とクリスマスデートするときにお酒飲んでこないと思いますし、脈ないと思いますよ」
その顔にムカついて、アイリはついつい意地悪なことを言ってしまう。
「えーでも、もしかしたら緊張しすぎてそれを誤魔化すために飲んだとかあるかもだし」
「酔っ払ってます?」
「酔っ払ってないってば。一滴も飲んでないし」
恋に酔っ払ってんじゃないですかとは言わなかった。認めたくなかったからだった。
本当に腹が立つ。普通だったら往来で酔っ払ってあんなことしてたら幻滅するに決まってる。……いや、ゆかりがやってたら全然ありなのだが。
(……お姉さんも、それと同じなんだろうな)
あばたもなんとやらだった。
自分も一滴も飲んでないのに、吐きそうだった。
「あ、そういえば、クリスマスプレゼント」
「え?」
ゆかりはそう言うと、カバンからそれを取り出した。可愛らしくラッピングされた、手のひらより少し大きいくらいのサイズの小袋である。
「ごめん、金欠で大したものは買えなかったんだけど」
「え、こないだも服買ってもらいましたし、いいのに」
「……ていうか、それのせいで金欠なんだけどね」
だったら尚更である。
「まあ、子どもなんだからそんなこと気にせずに受け取っておくもんだよ」
そう言ってゆかりはアイリの手に、それをぽんと置く。
「……まあ、ありがたく頂いておきますが。開けちゃって大丈夫ですか?」
「そういうところ本当にこまっしゃくれてるよねえ、アイリちゃん」
「本当に酔ってないんですよね?」
いいながらもアイリは袋を開けて、プレゼントを開封した。
「……可愛い」
それは、星の形をかたどった金色の髪飾りであった。
「ごめんね、安物でさ」
「いやいや、全然素敵ですよ、これ。それに、お姉さんが選んでくれたってだけでうれしいですから」
「うれしいこと言ってくれちゃうなあ」
あるいはお酒ではなく場の雰囲気に当てられたのか、彼女は頭を照れくさそうに掻いて。
「……そうだ、お姉さんがつけてください」
アイリは、今の雰囲気ならイケると思い、そんなことを言った。
「え?」
「安物で申し訳ないと思うなら、私につけるところまでお願いします」
「……しょうがないなあ」
髪飾りを手にとると、ゆかりはそのままアイリとの距離を詰めて、星型のそれをアイリの前髪につけようとする。
……いい匂いがする。ドキドキした。
今にもキスできそうな距離に、ユカリの顔があった。
まじまじ見ると、彼女の顔はやっぱり整っていて、まつげが長くて、美人で。
(……本当に酔ってたら、キスしても大丈夫だったのかな)
そんなことを考えてるあいだにも、ぱちんと、髪飾りはアイリの髪に嵌まった。
「やっぱり似合ってる! 可愛い!」
「そ、そうですか」
「写真撮っていい?」
返事を待たずに、ゆかりはパシャリとアイリを撮影して。
「ほら見て、似合ってるでしょ?」
「……本当です、可愛いですね。さすがお姉さん、見る目があります」
「えへへへ、でしょ~」
そんなふうにゆかりは破顔して。
「あ」
手元が狂ったのか、スマホがカメラからホーム画面に移動してしまい。
「……なんですか、このホーム画面」
誤って開かれたホーム画面は、ハロウィンのときに撮った、アイリとゆかりのツーショットだった。
「……いやその、さっきユイちゃんに見せたときに、やっぱり可愛いなって思って」
気まずそうに目を逸らしながら、ゆかりが言う。
「別にいいですけど。……ていうか、ちょっとうれしいですけど」
本当はちょっとどころじゃないが。要するに、かなりうれしいが。
「どうせなら、今回の写真も使っていいですよ? ……ていうか、今からこの髪飾りつけて赤ずきんちゃんコスしましょうか?」
挙句の果てに、気がつけばアイリはそんなことを言っていて。
「え、いや、それは、その」
どういうわけか、ゆかりまでしどろもどろになって。
赤ずきん被るんだから意味ないじゃん――というツッコミはやってこなくて。
「え、あの、お金払えってこと?」
「払わなくていいですよ。……お姉さんなら特別です」
小さな声で囁くように言って、アイリはゆかりの袖を引いていた。
これはなんというか、まずい気がする。
まずい気がするが、だからこそ、今しかないと思った。
「私の部屋にあるので、一緒に、来ませんか。ここだと、二人が寝てるので」
「……う、あ」
アイリが立ちあがる。ゆかりも手を引かれ、腰を浮かして――
「二人とも、どこいくの?」
「「うわあああああっ」」
ユイの闖入によって、それは台無しになった。
「……いいねそれ、可愛いじゃん」
相変わらずとろけた目で、酔っ払った様子のユイが言う。
「は、はい、お姉さんからのクリスマスプレゼントなんです!」
袖を離して、早口に言う。心臓が馬鹿みたいに跳ねていた。
「いいなあ、ゆかりちゃんセンスあるなあ。私用意するの忘れてたよ、ごめんね」
「いやいや、いいですって、こないだも服買ってもらいましたし!」
「そうだ、あのセーラーワンピ! せっかく可愛い髪飾り貰ったんだし着替えてくるのはどうだい!?」
「いいね、それ!」
ユイの提案に、ゆかりはさっきのことなんてなかったかのように早口で追随して。
「……わかりました、着替えてくるので待っててください」
アイリは下唇を噛みながら、自室のある二階へ向かった。
それからは、撮影大会だった。可愛い可愛いと全員が連呼して、途中から起き出した母も何故かそれに参加していた。そこはうちの娘がすいませんねとか言うところだろ。この服いくらしたと思ってるんだ。
「いやあ、本当にアイリちゃんは可愛いですね。お母様、一体何をしたらこんなに素敵な子が生まれるんですか?」
「えー、なんだろうねえ、私が美人だからじゃない?」
「あははは、それもそうだ!」
馬鹿笑いが響く。なんなんだこの時間は。
「いやあ、本当にごめんね二人とも。こんな可愛い服買ってくれてさあ。高かったでしょ?」
「いえいえ、これだけ似合っているんですから全然いいですよ。財布が許す限りどんな服でも買ってあげたいです」
……この馬鹿があそこで起きなければ、今頃どうなっていたことか。
このクリスマスを境に何もかも変わるような、そんな運命的な日になったかもしれないのに、現実は酔っ払い共の相手をしているだけで。
「……ロリコン」
アイリは、苛立ち紛れに呟いた。
「ろ、ろろろろろっ、ロリコンちゃうわ!」
何故かユイが過剰反応する。
「私はね、ただ純粋にアイリちゃんが可愛くてさあ、それでさあ、何も邪な気持ちなんてさあ、微塵もさあ」
「あははははは、ユイちゃんロリコンなの? そんな美人なのにもったいなーい!」
母がシンバルの猿のおもちゃみたいに手を叩く。
もう嫌だった。
ゆかりも一緒になって笑ってるし、なんなんだ。
「……わたし、もう寝る」
「えー」
「まあもう10時過ぎだしね。ガキンチョは眠る時間だよ。二人も帰ったほうがいいって」
そういうわけで、クリスマス会はお開きの運びになった。
※
「……あっぶねえ、バレるところだった」
ユイは千鳥足で何とか家に帰宅し、ベッドにダイブした。
わかっているとも。誰もあの場で自分をロリコンだと本気で思ってる人間はいなかったし、仮にロリコンだと思っていたとしても、それは小児性愛者的な意味ではなかったと。
これが女に生まれた利点ではある。
女児の写真を撮りまくりでもやばいやつだと思われない。酔っ払って万札を出してコスプレ要求してもやばいやつだと思われない。……いや、流石にこれはやばいやつだと思われるか。
だけど、それが逆に枷にもなっていて。
(……バレないからってついつい調子に乗っちゃうんだよ)
カメラロールに大量にあるアイリの写真を見ながら、反省する。
これで自分が男だったら酔っ払っていたとしても同じことは絶対しないだろう。酔っ払いながらもどこか理性的に判断している。
自分が女であることに甘えて、子どもにセクハラ的挙動をしている。
ろくでもなかった。
死にたくなった。
とりあえず、子どもの前で酒を飲むのはやめようと思った。
……そもそも、何故ユイがワインを飲んでから出かけたのかといえば、それは緊張を誤魔化すためで。
『空いてるよ。アイリちゃんと一緒にゆかりさんと遊びたいな』
この返事をしてから今日に至るまで、ずっと後悔していたのである。
アイリに会えるのはうれしいが、もう会わないほうがいいことは嫌になるほど理解していた。自分のような人間は子どもに近づいてはいけないのだ。
だからといって断ることも出来ない自分の優柔不断ぶりに嫌気が差してるうちに、クリスマス当日が来てしまった。そこで父母から送られてきたクリスマスプレゼントのワインである。
そこそこ高そうなそれを見て、ユイは思った。
(……これを飲めば勇気が出るかも)
今思えば、この土壇場で体調不良のフリでもして欠席するのが一番正しい選択だったのだろうと分かる。だけど追い詰められたユイは酒に頼ってしまったのだ。
その結果が、これである。
「……死にたい」
なんて言いながらも死ぬ気はサラサラなくて。
むしろカメラロールのアイリの写真をじっくりと見ていて。
「えへへ」
むしろ頬は緩むばかりで。
(神様ありがとうございます、こんな可愛いローティーンの女の子と知り合いにさせてもらって――)
「死ね!」
自分で自分の頬を殴っていた。
何をやっているんだろう、自分は。
だけどそれでも、アイリの写真を見ていると込み上げるものがあって。
「ダメだ、それはダメ」
個人的な流儀である。知り合いは、流石に駄目だった。
ユイはスマホを放り投げると、テレビを付ける。
そうして、いつものDVD――もうずっと入れっぱなしだ――を再生した。
無論、アイリ似のジュニアアイドルの、限りなく肌面積が小さい水着姿を収めたイメージビデオであった。
これも十分犯罪的で、撮られた女の子の気持ちを考えたらやめたほうがいいのだが、知り合いでするよりはマシだといつも言い聞かせている。
かくしてユイは今日も鑑賞する。自分がほんの子どもだった頃に発売し、今では新作は表立って流通していない、やばめのビデオを。
(ああ、笑顔が不自然だなあ)
そりゃそうだ。この年齢になったらやってることも意味もわかるし、引きつりもするだろう。
自然な笑顔が出来るならこんなことせずに子役でもやるに違いなかった。やはり街中で見かけるリアル女児のほうが笑顔が自然で普通に興奮するし、流儀がなければアイリちゃんの写真のほうが――そんなくだらないレビューは、性欲に上書きされていって。
ユイはクリスマスの夜、ジュニアアイドルのイメージビデオをひとり寂しく、薄暗い部屋で見ている。
どうしようもない、本当にどうしようもない、クリスマスだった。
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