9話・再戦?
「お姉さん、今日も可愛いですね!」
前回と同じ轍を踏む気はなかった。アイリは、ゆかりと(ついでに)ユイと遊ぶ日、いの一番に彼女のファッションに言及した。
ゆかりは今日もおしゃれをしていた。チェックのフレアスカートに、厚手の白いセーターはこないだのものと同じだったが、新調したと思しきファーの付いた焦げ茶のダッフルコートが大人っぽくて良かった。
「えへへ、そうかな?」
「はい、超素敵です! 大人っぽいです!」
「……帆山さんも喜んでくれるかな?」
「……」
知らねえよボケと言いたくなったのをグッと我慢して、アイリは適当に追従した。
「ええ、きっと喜んでくれます!」
「えへへ、そっか。アイリちゃんも素敵だよ、その格好」
素直に喜んでいいのか分からない褒められ方だったが、それでも頬は緩んでしまって。
「ありがとうございます!」
もうこのやり取りだけで満足で、もう帰って良い気もしたが、それでもアイリはゆかりとともに以前と同じ待ち合わせ場所へ向かった。
「こんにちは、葵さん、アイリちゃん。二人とも今日も可愛いね」
そこにはすでに、帆山ユイがいた。相変わらず顔はやたらと美形で手足も長けりゃ身長も高く王子様みたいで、喋り方もキザったらしいったらありゃしなかった。
「さて、じゃあ今日はどこを回る? こないだの続きをするかい、アイリちゃん?」
そんな女が、ゆかりではなくなぜかこっちに寄ってくる。
「……それはいいです。お姉さんが置いてけぼりになってしまうので」
「じゃあこないだの勝負は私の勝ちでいいってことかい!?」
珍しくテンションを上げて、ユイが言う。何だこいつは。
「勝手にしてください」
「じゃあじゃあ、友達ってことでいいんだね?」
「……もう2回もこうしてるんだからそうじゃないんですか」
「やった、アイリちゃんと友達になれたぞ! 葵さん、やったよ!」
そうやって喜ぶユイは、それこそアイリと同世代に思えるくらいに子
どもっぽく見えて、なんだか毒気を抜かれてしまった。
「というわけで、記念に三人で写真を撮ろうか」
「えー」
「えーじゃないが」
「そうだよ、早く撮ろうよ、アイリちゃん」
そういうわけで、三人は写真を撮った。……一番目立っているこの女がいなければもっと良かったのになんて思いながら。
そこからは、普通に遊んだ。連絡先を交換したり、ショッピングモールに入って、プリクラを撮ったり、雑貨屋に入ったり、服屋に入ったり、本当に普通に遊んだ。
「いやあ、本当に可愛いね、アイリちゃんは! 何を着ても似合うよ!」
とても買えないようなキッズブランドの店にユイの提案で入り、冷やかしめいて試着をしたり。
「お金ないから買いませんけどね」
「ええ、もったいないよ!? わたしが出そうか!?」
「なんでお姉さんがそんなに乗り気なんですか」
「だって本当に可愛いんだもん!」
「ああ、まったくもってそのとおりだ! 私も出そうじゃないか!」
そう言って目を輝かす二人は、ある意味で似た者同士で。
その後何度も着せ替え人形めいていろんな服を着せられて、その中でデザインや値段と相談して本当に二人で服を買うことになってしまった。
「……あの、本当に良いんですか? これメチャクチャ高いですけど」
値札を見ると、目玉が飛び出そうな値段をしていた。少なくとも、アイリの金銭感覚ではまずありえない価格帯だった。
「大学生だから大丈夫だよ」
「わたしもアイリちゃんの家庭教師で一応お金貰ってるしね。……お金おろしてきていいかな?」
「私もおろしてきたいから交互に行こうか」
……ユイはともかく、ゆかりは初めて二人で一緒に買うものがキッズブランドのシックなワンピースで良いんだろうか。
「センス良いね、葵さん!」
「帆山さんこそ!」
まあ、二人とも楽しそうなので良いんじゃないだろうか――アイリは思考を放棄した。
(これ、お母さんにどう説明しようかな……)
まあ、大学生二人に絶対に合うからってプレゼントされましたと、事実をありのままに語る他ないのだろうが。
……もしかしたら、これは普通じゃないかもしれなかった。
※
その後フードコートでご飯を食べて、アイリたちは特に目的もなく、ショッピングモール内をぶらついていた。
(服買ってもらったからってわけじゃないけど、意外と帆山ユイって良いやつなのかも。ちょっとウザいけど)
こんな事を言うのはあれだが、何より良いのは、本当にゆかりのことをただの友達としてしか見てない感じが一番良かった。
……正直なところ、かなり脈はないように見えた。
だけど、脈のあるなしは恋に関係ないことを、他ならぬアイリは深く知っていて。
「ねえ、葵さん」
「なに?」
なんの気なしに家電量販店をぶらついてる中で、ユイがゆかりに無造作に話しかけた。
「名前で呼んで良いかな?」
「へ?」
「ゆかりさんって呼んで良いかな? 私のことも出来れば名前で呼んでほしいんだけど」
前言撤回。やっぱりこいつは駄目だった。
「……わ、わかりました。……ゆ、ユイさん」
「ありがとう、ゆかりさん」
帆山ユイは相変わらずキザな笑顔で言って、後ろから蹴っ飛ばしてやろうかと思った。
「アイリちゃんも私のことは――」
「――帆山さんでいいです」
きっぱりと切り捨てて、ひとりでずんずん進む。
「えー、ユイお姉さんとかでいいんだよ?」
「気色悪いので却下です」
「ひどっ」
そんなことを話していると、テレビコーナーにたどり着いた。
『――〇〇県☓☓市で元中学教諭が、元教え子にわいせつな行為をしたとして、県の青少年育成条例違反で逮捕されました。男は容疑を認めているものの、双方に同意があったと――』
テレビで流れるニュースに、アイリは身構えて。
「とんだクズだね」
ユイはそんなふうに吐き捨てた。
「いいかい、アイリちゃん? こういうふざけた年上には捕まっちゃダメだよ。愛をいくら囁いたところで、全部欺瞞なんだ。こういう輩は単純にコントロールしやすいから年下が好きなだけなんだよ」
「……でも、年下がどうしてもって言ったら、どうするんですか?」
「大人が断るしかないね。だって、間違ってるからね。ニュースの男もあるいは、それが出来なかったのかも」
そうだろう。それが常識的な大人の姿だろう。だからアイリは苦しんでいる。
そもそも、たとえゆかりがユイのことが好きでなくても、彼女はきっと――
「なんの話してるの?」
ゆかりがこちらにやってくる。
「悪い大人に気をつけようって話をしてたのさ」
「やたらと高い服を買ってくれるような?」
冗談っぽくアイリが言う。
「……それはまあ、似合ってたんだからしょうがないじゃないか」
「うんうん、そうだよ!」
そこで話を打ち切って、アイリたちは家電量販店を出た。
※
その日の帰り道、駅前でユイと別れたアイリたちは、電車のシートでふたり揺られていた。
「今日は楽しかった、アイリちゃん?」
「……まあ、楽しかったですけど」
手元の紙袋を抱きしめて、言う。なんだかんだで、服を買ってもらえたのはうれしかった。
「でも、お姉さんはこれで良かったんですか」
「いいよ、あれくらいの出費なら。いつもアイリちゃんにはお世話になってるし、本当に似合ってたから」
「……そうじゃないです。そうじゃなくて、だいたい私のこと構ってただけじゃないですか。それで良かったのかなって」
「いやでも、仲良くなれたと思うから良いよ。名前で呼び会えるようになったしね」
「……う」
そういえば、そんな事もあった。
「アイリちゃんがいなかったらあそこまで距離が近づくこともなかったと思うし、ありがと」
「別に、私は何もしてませんよ。せいぜい、着せ替え人形になっただけです」
あるいはもしかして、あの発言はユイなりの牽制だったのだろうか。
『いいかい、アイリちゃん? こういうふざけた年上には捕まっちゃダメだよ。愛をいくら囁いたところで、全部欺瞞なんだ。こういう輩は単純にコントロールしやすいから年下が好きなだけなんだよ』
そんなはずはないのだが、ひとつを疑い始めると、万事が怪しく思えてくる。
「……とにかく、今日はいい日だったよ。みんなで遊べたし、アイリちゃんは可愛かったし、ユイさんと名前で呼び合えるようになったし、アイリちゃんは可愛かったし」
「二回言わないでください」
「わたしが大金持ちだったら全部買ってあげたのに」
「そんなにですか。だいぶパシャパシャ撮ってましたよね、二人とも」
「あれだけキャーキャー言ってたら一着くらい買わないとダメな気がしたんだよ」
「まあ、それはそうかもですが」
にしても、親戚でもない子どもに高い服を買ってあげるのはだいぶアレなのではないか。
「でも、その洋服はあんまり日常的に着ないほうが良いかも」
「高いですからね。汚したら大変ですよね」
「そうじゃなくて、可愛すぎて変な人にさらわれちゃうかも」
「さらわれませんよ。真顔で何言ってるんですか」
だったらお姉さんがさらってくださいよ――とは言えない。
「いやほんと、気をつけたほうが良いよ、アイリちゃんって本当に可愛いんだから」
「……はあ」
思わずため息をつく。
「学校でもモテモテでしょ、アイリちゃん?」
「そんなことないですよ。だいたい、同世代はみんな子どもだし」
「アイリちゃんもでしょ」
ああ、確かに子どもだった。いくら可愛くても、ゆかりには届きやしない。
だけど、それでも、アイリは諦めるつもりはなかった。
(……そうだ、帰ったら、また自撮りを送ってみよう)
一体それに何の意味があるのかは分からないが、それでも今日買ってもらった服のお礼も兼ねて、それくらいやっても良い気がした。
(まあ、お姉さんもきっと喜ぶし、それだけでいいや)
だけどアイリは知らない。この選択が、かなり面倒な事態を引き起こすことを。
「そういえば、クリスマスに誘うために今日遊びに誘ったんですよね? どうなったんですか?」
アイリがそう言うと、ゆかりの顔が徐々に蒼白になっていって。
「……どうしよう、忘れてた」
彼女は、そう呟いた。
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