7話・お姉さんは可愛いですね

「なるほど、二人はお母様同士が高校の同級生で、その縁で仲良くなったんだね」


「そうなんです! それでよく勉強を教えたりしてて――」


(……なんだよお母様って)


 三人で入ったファミレス。とっくに食事は食べ終わって、恋敵とゆかりは会話に花を咲かせ、置いてけぼりにされたアイリは退屈そうにジュースをぶくぶくさせていた。行儀が悪かった。


 親の知り合いと食事に行った後の、大人が話し込んでてるけど自分は話し相手がいない、あの手持ち無沙汰感に嫉妬が加わって最悪――そんな状況を想像してもらえば分かりやすいだろう。


「いいなあ、年下の友達。これだけ年が離れてる友達なんて親戚でもない限り普通ないだろう? 私は親戚付き合いもないからうらやましい限りだよ」


「えー、そうですか?」


「アイリちゃんもうらやましいね。こんなキレイなお姉さんが近くにいるなんて」


 帆山ユイの言葉を意図的に無視して、アイリはそっぽを向いた。


「……どうしたの、アイリちゃん? さっきから全然喋らないけど、お腹痛かったりする?」


「……しません」


「アイリちゃんはね、多分私に嫉妬してるんだよ」


「――ばっ」


 いきなり図星を突かれた。


「そりゃそうだよね。いきなり近所のキレイなお姉さんにぽっと出の女がいきなりまとわりついてきたらムカつくよね」


「……そうなの、アイリちゃん?」


「……なわけないじゃないですか」


 声が震えていた。


「私はアイリちゃんとも友達になりたいから、もし怒らせたなら謝りたいな」


「……帆山さんとは友達になる予定はないです」


「えー、なりたいんだけどな」


「なってどうするんですか」


「可愛い子とはもれなく友達になる。それが私の流儀だから」


「じゃあ可愛くなくていいです」


 そこまで言って、露骨に困った顔をしているゆかりに今さらながら気づいた。


 友達を紹介しろと言われてその通りにしたら何故か不機嫌になってる――それが、客観的に見たアイリの姿だった。


 端的に言って、クソガキであった。


「……わかりました、白状します。私はずっと機嫌が悪いです。なぜならお姉さんが私と一緒にいる時はしないようなおしゃれをして、私がよく知らない人に笑顔を振りまいてるからです」


「ずいぶん素直だね」


「大人なので」


「じゃあここは大人しく友達になってもらうかな」


「それはいやです。ていうかもう小5なので大人と大人しいは別に関係ないことくらい知ってます」


「なら、こうしようじゃないか。勝負をしよう。この高難易度で有名な間違い探しで先に3つ間違いを見つけたら勝ちだ。私が勝ったら、友達になってくれないかな?」


 帆山ユイはメニューを指差して言う。


「私が勝ったら?」


「大好きなお姉さんにベタベタまとわりついてる女をやり込めてうれしい」


「……馬鹿じゃないんですか」


「逃げるんだ?」


「そんなこと言ってないです」


「じゃあ葵さん、審判して。ググったら答え出てくるから」


「え」


 かくして、不毛な戦いは始まった。


「……そんな」


 結果は惨敗だった。あっという間に帆山ユイは間違いを見つけて、そのあいだアイリはひとつとして間違いを見つけることが出来なかった。


「ズルです、絶対ズルしました!」


「してないって」


「だってお姉さんは自分で勝負を提案したんですよ!? どこかでもう答えを見てたのかも!」


「私はここに来てから一度もスマホを見てないけれど」


「……!」


 アイリは一方的に帆山ユイを睨みつけたが、彼女はどこ吹く風だった。


「さあ、約束通り友達になってもらおうかな」


「……三回勝負です! まだ一回勝っただけじゃないですか!」


 帆山ユイに迫られ、アイリは苦し紛れにそんな事を言っていた。


「いいね。そうしよう。私は何度だって戦ってあげるよ。葵さん、たしかに近くにゲームセンターがあったよね?」


「……う、うん」


 かくして勝負は続くことになった。


 ……まあ、結果はお察しのとおりである。


 アイリはことごとくボロ負けした。ゾンビシューティングで負け、格ゲーで負け、エアホッケーで負け、レーシングゲームで負け、音ゲーで負け、あっち向いてホイで負けた。ちなみに全部アイリが指定した勝負方法だった。


「おかしいですよ! なんで勝たせてくれないんですか、私子どもですよ!? 大人げないですよ!」


「接待で勝ってうれしいのかい?」


 不敵な笑みを浮かべて、ユイが言う。


「うれしくないですよ! 今度こそ勝ちます!」


「えーでも、もういい時間だよ?」


 ゆかりが呆れたように言う。その鞄の中には、途中で飽きて勝手に始めたクレーンゲームの景品のぬいぐるみがあった。


 言われてみれば外はすっかり日が傾いていて、門限が迫っていた。


「……じゃあ、こうしましょう。次が最後の勝負で、最後なので一億ポイントです」


「昔のテレビ番組かよ」


 自分でも何を言ってるのかもう分からなかった。


「勝負はシンプル! じゃんけんです! 泣いても笑っても一回勝負です!」


「良いのかい、じゃんけんなんてただの運じゃないか」


「うるせえ、勝負です!」


 そうだ、もはや運で勝負する以外、勝てるビジョンが見えなかったのである。


「最初はグー、じゃんけん――」


 ※


 アイリは普通に負けた。計8勝負して、全敗だった。


「……疲れました」


 人がまばらな帰りの電車で、隣に座ったゆかりの肩に頭を預けながら、思わず呟いた。


「で、結局友達になったの、二人は」


「……なってません」


「一億ポイントなのに」


「一億ポイント手に入れたら勝ちとも言ってません」


「でも楽しそうだったよ、二人とも」


「……すいません、お姉さん放置して白熱しすぎました」


「別にいいよ。そんなことよりさ――」


 そこで言葉を区切って、ゆかりは一度咳払いすると、こう言った。


「『……わかりました、白状します。私はずっと機嫌が悪いです。なぜならお姉さんが私と一緒にいる時はしないようなおしゃれをして、私がよく知らない人に笑顔を振りまいてるからです』」


「声真似しないでください」


 今さらに、顔が熱くなる。


「あの時はスルーしたけど、これ本当なの?」


「……嘘ついてどうなるんですか」


「……なんていうか、ごめんね?」


「謝られても惨めなだけです」


 今の私は、お姉さんにどう見られてるだろう――アイリは思う。


(仲良しのお姉さんが他の人と仲良くしていて嫉妬する、可愛い子ども?)


 それは一面的な意味では正しかったが、しかしあまりにも間違っていた。


「……帆山さんは、お姉さんの特別みたいで、ズルいです」


「……実際、特別だからね」


 ゆかりは、はにかみながら、そんな事を言って。


 余計なことを言ってしまったと、すぐに後悔した。疲労が脳を溶かしているのか、やけに口が軽い気がする。……だから次の言葉も、疲労のせいだったのだと思う。


「……お姉さんは、帆山さんのことが好きなんですか」


 自分は一体、どんな答えを求めているのだろうか。


 わからない、わからなかった。


「うん、そうだよ」


 アイリの問いに、ゆかりはあっけなく、そう言った。


「……前に言ったじゃん、女の人が好きだって。あれって帆山さんのことだったんだ」


 彼女がそういうのは、おそらくアイリを信頼してのことだったが。


「……まあ、向こうはただの友達だと思ってるだろうけどね」


 アイリはただ、敗北を噛みしめる他なくて。


「……そういえば、言ってましたね。可愛い子とはもれなく友達になるのが流儀だって」


 苦し紛れに、そんな負け惜しみを言っていた。


「そうなんだよ。……他の子といっしょに歩いてるの、よく見る。友達がたくさんいるんだ。わたしとは真逆だよね」


 でも、お姉さんが本気で迫ったらどうなるかわからないですよ?――そう言って背中を押すのが友達としては正しいのだろう。だけど、アイリは代わりにこう言う。


「でも、お姉さんには私がいるじゃないですか」


 どうとでも取れる言葉だった。さっきからずっとこうだ。


「うん、わたしにはアイリちゃんがいるね。アイリちゃんはわたしの一番の友達だよ。……この際だからわたしも白状するけど、ちょっと妬いちゃったんだ」


「はい?」


「今日、ずっと遊んでたじゃん、帆山さんとアイリちゃん。わたしのこと放って」


「……」


 ある意味で、両思いだった。


「……お姉さんは可愛いですね」


 もうヤケクソで、アイリは微笑んで、そんなことを言っていた。


「か、かわいい?」


「お姉さんは可愛いです。そんなに可愛いんですから、どんな相手も落としたい放題ですよ」


 例えば、私とか――。


「お姉さんは可愛いんです。だからもっと自信を持ったほうが良いです。お姉さんは最高です。私が知るかぎり、世界で一番可愛いのはお姉さんですよ」


 ゆかりの顔が、真っ赤に染まっていた。


「帆山さんも言ってたけど、そんなこと全然――」


「大アリですよ。お姉さんは世界一可愛いです。それに、私のほうがもっと可愛いと思ってますよ、帆山さんなんかよりずっと」


「……」


 馬鹿みたいに顔が紅潮していて、瞳だって潤んでいる。……この距離でも、心臓が高鳴るのが聞こえそうなくらいだった。


(……何やってんだろ、私)


 これじゃまるで、口説いてるみたいだ――今さらにそんな事に気づいて、アイリは自分まで恥ずかしくなってきて。


 最寄り駅を告げるアナウンスが、ようやく二人を解放した。


(……ていうか私、なんで電車の中でこんなことを)


 だけど、それでも、勇気を振り絞って、アイリは行動する。


「降りましょう、お姉さん――」


 アイリは席を立って、ゆかりの手をとって。


 もしかしたら、意外と自分は勝てるかもしれない――そんなことを、不遜にも思った。

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