6話・帆山ユイ

 前回のあらすじ! 


 お姉さんにレズビアンをカミングアウトされたので混乱する頭で告白したら、そもそも子どもだから取り合ってもらえなかった!(金曜日)


 友達なんてまるでいないはずのお姉さんが、どういうわけか大学の学園祭で女性と一緒に歩いているところを目撃された!(しかも相手はめちゃくちゃ王子様みたいな美形らしい)(日曜日)


 ……このふたつに関連性がないと思えるほど、アイリは能天気ではなかった。


 いや、本当に普通に友達の可能性もあるが、いくらなんでもタイミングが良すぎる(悪すぎる)だろう。


 本当に彼女は友達がいないのだ。少なくとも、高校時代はひとりもいなかったし、去年――大学一年生のときも惨憺たるものだった。


 内心、アイリはそれに安心していて。


 その安心が、見事に崩れようとしていた。


(お願いします神様、普通に友達であってください)


 いきなりゆかりのコミュ力が馬鹿上がりして友達が出来た、そうであってほしかった。


 そして現在、水曜日。アイリは自室にて、週一の家庭教師の時間をゆかりと過ごしていた。


 もちろん、集中など出来るはずもなかったが。


 そして意を決して、算数のノートから目を逸らしゆかりの方を向くと、アイリは自習の時間を打ち切った。


「そう言えば聞きましたよ、ナナカちゃんから。学園祭で見かけたって」


「……あー、そんなこともあったね」


「去年私が誘っても行くわけないじゃんって言って終わったのに」


 あくまでカワイイ範囲の嫉妬をぶつける。


「なんでも、お友達と一緒だったとか。確か名前は――」


 ナナカから聞き出した恋敵(候補)の名前を、アイリは初めて舌の上に乗せた。


「――帆山ユイさんでしたっけ」


『私が話しかけたらすごい丁寧に名乗ってくれてね! 絶対良い人だよ! 変な人と仲良くなって変な道に行きそうだなって思ってたから安心した!』


 ナナカは相変わらずのハイテンションで絶妙に失礼なことを言って。


「うん。帆山さん。ゼミが同じなんだ」


 ゆかりは笑顔でそれを肯定した。


「……へー、こないだも言ってましたけど、そのゼミ? ってやつなんなんですか」


「ゼミっていうのはね、なんだろ、言われてみたら説明が難しいかも。まあ、同じテーマについて学ぶための少人数クラスみたいなものかな?」


「……へー」


 以前ゆかりに大学では授業を一個ずつ選択すると聞かされ、それなら色々と安心だと思っていたのに、そんな制度があったら意味がないではないか。


「私も誘ってほしかったです」


 なんて、嫉妬の方向を子どもらしい可愛さで粉飾する。無論、彼女が膨れているのはそんな理由ではないのだが。


「あはは、ごめんね」


 アイリだってわかっている。仮にごく普通の友人だったとしても、大学生がせっかく出来た友人にいきなり小学生の友人を紹介するのはかなり変だということくらい。


 しかしアイリは知らない。ハロウィンの日に、自分が自撮りを送ってから反応があるまでのあいだに、かの帆山ユイとの学園祭デートが決まっていたことを。


 そしてアイリは、何も知らないアイリは切り出した。


「同年代のお友達なんて、もしかして初めてだったり?」


「いやいや、流石に昔はいたよ。……中学生ぶりだけど」


「私、会ってみたいです」


「へ?」


「お姉さんに久々にできた同年代のお友達に」


 かくしてアイリは、恋敵(候補)の帆山ユイと会うことになった。


 ……会ってどうするかは、まるで決めていなかった。


 ※


 例えば自分がとてつもなく無神経だったら、わざわざこんなことせずに済んだのかもしれなかったのに――土曜日、アイリは待ち合わせ場所の駅前でそんな事を考えていた。


 アイリがとてつもなく無神経だったら、こう聞いて終わりだった。


『お姉さんはその人に恋してるんですか?』


 レズビアンをカミングアウトした途端に同性と歩いてただけでこれを言われたらダルすぎるだろう。いくら相手が子どもでもピキッとなるに違いなかった。


 だけど、いっそ言っても良かったかもしれないと、ここまで一緒に来たゆかりを見てアイリは思った。


 まず、ゆかりの普段のファッションの話をしよう。普段のゆかりは、まあ陰キャなのでファッションにはほとんど注意を払わず、メイクもしないしパーカーにジーンズとかそんなんだ。それでも美人なのは元が良いからなのだろうが、今はそんな惚気話がしたいわけではない。


 ……果たしてゆかりの今のファッションは、ちゃんとしていた。チェックのフレアスカートに、厚手の白いセーターの上に黒いカーディガンで、黒いローファーと可愛らしいピンクのハンドバックでまとめている。清楚な感じの秋服である。当然、メイクだってちゃんとしていた。まるで普通の大学生のようだった。いや、普通ではない。美人なので。


 そんなふうに、どんな格好をしていてもお姉さんは美人だなあ――だけで終われたらどれだけ良かっただろうか。


 だけど残念ながら、アイリは彼女の激レアコーデを堪能している余裕なんてなくて。


(……なんでよりにもよって今日その恰好なんですか)


 吐きそうだった。


 私と遊ぶ時は一度もそんな格好しないくせに――ひと目見て、アイリはそう思った。アイリはいつも精一杯おしゃれするのに、ゆかりはいつもカジュアルな格好しかしていなかったという事実に、改めてぶち当たる。


 ……いいや、あるいは、相手が大学生の友人だからそうしてるだけで、特に他意はないかもしれない。となると自分は子供だから舐められてるということになるが、まだそちらのほうが遥かにマシだった。


(そうだそうだ、むしろ素の自分を出せないくらい心の距離があるんだ)


 無理やりポジティブに考える。お姉さんはそんなことをしなくても十分素敵だぞと。


 だけそれは、次の瞬間には打ち砕かれた。


「ごめん、遅くなったかな」


「帆山さん!」


 件の女が現れた途端、花が咲くような笑顔になる。ゆかりがおしゃれをしているのは、自分と同じ理由だと、否が応でもわからされる。


(……クソがよ)


 まだ決まったわけじゃない――そんなふうに己に言い聞かせながら、声の主の方へ視線を向ける。


「どうもはじめまして、帆山ユイです。君が噂のアイリちゃん?」


 ゆかりよりもさらに高い視線をこちらに合わせるように下げて、女が自己紹介した。


 なるほど美形だった。まつ毛が長く、キラキラオーラが出ている。女子校とかにいたら王子様としてチヤホヤされるような、そんな顔をしている。ていうか喋り方までそっちに寄せてくるし。つーかそのショートカットとか完全に意識してるだろ馬鹿にしやがって。何だその長い足は。馬鹿かよ。


 そのツラでお姉さんを誘惑したのか――今すぐその馴れ馴れしいツラを引っ叩いてやりたかったが、そんな気持ちはおくびにも出さずにアイリは名乗った。


「小日向アイリです」


「そう、アイリちゃん! 噂に違わぬ美少女だ! 本当に可愛いね!」


「……お姉さん?」


「葵さんがよく話してたんだ。可愛い子が知り合いにいるって」


「……いやだって、実際可愛いし」


 気まずげに顔をそらして、ゆかりが言った。頬が少し赤かった。


「今日は君に会えるのを楽しみにしてたんだ。さあ、今日はどこに行くんだい?」


 さっきからなんだこの無駄にキザったらしい喋り方は。


(なんか想像してたよりだいぶ変な人なんだけど)


 今にも懐からバラでも出しそうな態度はしかし、サマになっていた。


 ここまで来ると逆に冷静になってしまう。


 ゆかりは今にも目にハートでも浮かべそうな目で彼女を見ているが、しかし、なんというか、その――


(これ、脈ないよね?)


 自分に対してもこれなのだ、おそらく誰彼構わずにこのキザな態度をとってるに違いなかった。いくらこの相手にガチ恋しても正直――そこまで考えて、アイリは首をブンブンと振った。


(私も人のこと言えないし、お姉さんの恋が実らないのを喜ぶのは流石に――)


 そうはいっても、脱力してしまうのも事実で。


「アイリちゃんはどこ行きたい?」


「え?」


 気がつけばゆかりの言葉を聞き逃していた。


「どうしたの、さっきからぼーっとして」


「……いや、お姉さんに本当に友達が出来たんだなーって」


「ひどい」


「あははは、ふたりとも仲がいいね。……ふたりともお昼はまだだよね? 少し早いけどまずはお昼にしようか。あそこのファミレスでいいかな?」


 ユイがそう言うと、三人はぞろぞろとファミレスへ向かうことになった。


 その道すがらである。


「そういえば言い忘れてた。葵さん、その格好も素敵だよ。普段のカジュアルな格好も素敵だけど、スカートも良いね」


「……めめめめ、滅相もない! わたしなんかが、す、すすすす、素敵なんて!」


 たった一言でゆかりは顔を真っ赤にして、アイリは考えを瞬時に改めた。


(……ダメだこいつ、早くなんとかしないと)


 そして次に、己の行動を悔いる――なぜ自分はゆかりの服装を褒めなかったのか。機会はいくらでもあったのに、ずっと一緒だったのに、なぜ帆山ユイに先んじられなかったのか。


 拗ねてないで褒めるべきだったのだ。どんな理由であろうと好きな人がおしゃれしてるのにそれをスルーとかアホすぎる。アホで鈍感なガキだと思われたかもしれない。


 じゃあ今更褒めるのかといえば、それはそれで癪であったし、しかし何も言わないのは――


「まあお姉さんはいつでもどんな格好でも可愛いですけどね!」


 思案の末に無理やり絞り出されたのは、負け惜しみめいた言葉だった。


「そ、そうかな」


「ああ、そのとおりだよ。葵さんは普段のカジュアルな格好も素敵さ」


 こんなときでも無駄に被せてくる(しかもさっき言ってたことだ、二回も言うことじゃないだろう)帆山ユイに苛つきながら、アイリはさらに続けた。


「それだけじゃないです! ジャージでも眼帯でもお姉さんはいつも素敵です!」


「……眼帯? ものもらいでもあったのかい?」


「なななな、な、なんでもないですからっ! ね、アイリちゃん!?」


 ゆかりが顔を真っ赤にして慌てる。


 考えてみればこの女はゆかりと出会ったばかりで、当然中二病時代のことなんて知らないのだ――そう思うと、心が微かに安らぐのを感じて。


 安らいだあとに、すぐに後悔した。


(これじゃ好きな子に意地悪する馬鹿男子と同じじゃん……)


 一方、帆山ユイと言えば、相手が喜ぶようなことしか言っていないし、現にこうしてパーフェクトコミュニケーションしているではないか。


「なんにせよ、さっきの"わたしなんか"は聞き捨てられないな。葵さんはとっても素敵だよ? ねえ、アイリちゃん?」


「……ですね」


 さっきはこう言えばよかったんだよとでも言いたげに横目でこちらを見る帆山ユイに、何もかも嫌になる。そうして自己嫌悪に浸っているあいだに、一行はファミレスへ到着した。


 ……帆山ユイと昼ご飯を食べないといけないのは、シンプルに嫌だった。

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