5話・神様、これ以上私をいじめないでください

『私、お姉さんが好きです』


 単刀直入に言おう。小日向アイリの告白は失敗に終わった。


『うん、わたしも好きだよ、アイリちゃん』


 一瞬、本当に一瞬だけ胸が高鳴った。期待が心臓をバクバクと動かした。


 でもまあ、その後は皆さんの想像のとおりである。


『本当は喜んじゃダメなんだろうけれど、さっき中谷くん蹴ってくれたとき、うれしかったんだよね。それだけわたしのこと心配してくれたってことだし』


 しみじみと、彼女は言う。


『それに、早く終わんないかなーって思ってたしね。やっぱりよく知らない人と放すのって大変だもん。アイリちゃんと話してると全然疲れなくて楽しいよ』


 ああ、なるほどね、という感じがした。


 同性愛者だとカミングアウトされたあとに好きだと言っても恋愛文脈だと理解されないこともあるのだ。例えば、こちらが小学生だったりすると。


『……私も、お姉さんといっしょにいると、楽しいです』


 言うほど楽しいか? ずっと大変じゃないか? そもそも好きってなんなんだ?


 なんにせよアイリの告白は真に受けられることはなく、アイリもまたそれ以上突っ込んでいかなかった。


「でね、でね、先生がねっ」


 アイリが振られることも出来なかったのは金曜のことで、土日祝を失意の中で過ごし、週明けの教室にて。


 ぴょんぴょんと跳ねて、ナナカがなにか言っている。思えば、脳内のナナカが余計なことを言わなければこんな事にはならなかったのだ。


(何がワンチャンあるだよ……)


 全然なかったじゃないか。


 無駄に楽しそうな横顔を見ていると、どうしようもなく苛ついてくる。100パー自分が悪いと言うのに。


「ねー、聞いてる? アイリちゃん?」


「……うんうん、聞いてるよ。相変わらずその先生ってやつは鈍感だね」


「そうなんだよ、鈍感なんだよ! って、そうじゃないよ! 全然話聞いてないじゃん!」


 ぷりぷり怒るナナカ。自分もこれくらい気持ちを全面に押し出すことが出来たらいいのにと、アイリは人ごとめいて思う。


「あのね、塾に新しい先生が来たんだよ!」


「へえ、それがイケメンだったから鞍替えすることにしたんだ」


「しないよ! アイリちゃんは私のことなんだと思ってるの!?」


 恋に恋する色ボケ女子小学生――とは言わないでおく。


「その先生がさ、すんごい美人の女子大生だったの!」


「そうなんだ」


「でさ、先生ったらひどいんだよ! その美人にめっちゃデレデレしてさ、鼻の下伸ばしてさ!」


「100年の恋も醒めるって?」


「醒めないし!」


 だけどいっそ、その女子大生と先生がくっついてしまえば彼女も諦めがつくのだろうなと思う。……本当に何を言っているのだろうか、自分は。


 例えば、ゆかりに恋人ができたら。


 それで自分は諦められるだろうか?


(……まあ、無理だと思う)


 その一方で、アイリは27歳と11歳の恋愛が成立するはずがないんだからとっとと諦めたほうがいいと思っていた。どころか、まかり間違って成立してしまったらそれこそ犯罪だから、早く先生に彼女がいるとかそういうオチにならないかとさえ思っている。


 ひどい自己矛盾だった。


「まあまあ、落ち着きなって。女子大生でしょ? そんなの先生からしたら子どもじゃん。27でしょ先生?」


「……むぅ」


 膨れてしまう。そりゃそうだ。


「……それで、女子大生のお姉さんとの恋路はどんな感じなんですか」


 拗ねた顔のまま、ナナカが言う。


「どうもこうも」


 何も変わっていない。現状維持だ。一体自分はどうすればいいんだろうか。


「……なんで大人と子どもは恋愛しちゃダメなんだろうね」


 アイリが言うと、二人は大きくため息をついた。


 出来るできないどころか、二人は土俵にすら立てずにいる。


 好きだと言っても、恋愛のそれだと思ってもらえない。仮に思ってもらっても結果は変わらないのだが。


「……お姉さんが子どもだったら良かったのに」


「わかる! 私もたまに思うもん! まあ子ども時代はぜんぜん違う性格だったりしそうだけどね」


「お姉さんも小さい頃は活発だったらしいよ」


「マジで!? 私とすら目を合わせるのに苦労してたのに!?」


「なんか中学生の時に邪気眼をこじらせてそれ以来……」


 腹いせとばかりにゆかりの黒歴史を暴露したが、それで何が変わるというわけでもなかった。……本当に自分は何をやってるんだろう。


 ※


 その日の放課後の通学路、ナナカは唐突に言った。


「そういえばさ、私日曜日にお母さんと学園祭行ったんだよね」


「どこの?」


「……? 行ってないの、アイリちゃんは?」


 怪訝な顔で、ナナカがこちらを見る。


「お姉さんの行ってる大学のだけど、誘われなかったの?」


「……え、お姉さんは学園祭行かないでしょ?」


 少なくとも一年生だった去年は、アイリから誘って『……わたしが行くと思う?』と言われただけで終わったのだが。


「いやそれがね、私もそうだと思ってたんだけど、いたんだよ! それも、それもだよ? 人と一緒に歩いてたの! チョコバナナ食べてた!」


「……へえ」


 びっくりするくらい乾いた声が出た。


「大丈夫、安心して。男の人じゃないから」


「……ふぅん」


「女の人と歩いてたの。最初男の人かと思ってびっくりしたんだけど、すんごい美形の女の人だったの! イケメン女子ってやつだね! 王子様みたいだった!」


「……そうなんだ」


 神様、これ以上私をいじめないでください――アイリは、そう思った。

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