第9章 帰郷 1

 私は今、生家の庭にある直径3mはある桃の木の下で仰向けに寝そべっている。

向こうの世界ではこのサイズの木は天然記念物扱いだろう。

 実家は(自称)木工品店を営んでいる。

両親と母方のおじいちゃんとおばあちゃんの4人家族で一緒に住んでいる。

兄弟姉妹はいない、私は一人っ子だ。

 父は趣味の延長で山間部や森で間引いた樹木を材にし、スプーンやフォークや箸や皿などの食器類を作っている。

機械工具を一切使わずノコギリや斧、ナイフや鑿などを用いてすべて手作業で行うのだ。

手間と時間はかかるものの、急ぐ必要もないしノルマもない。

そもそも金銭というものが存在しないので報酬目当てに働く必要がなく、気が向いた時に作業するといった感じだ。

日常生活に必要なものは政府からすべて支給されるので、生まれてこのかた日用品に不自由した経験は一度もない。

 母は昔から専業主婦に徹している。

とりわけ料理に関しては家族全員が一目置く存在でもある。

最近は歴史に興味を持ち始めたらしく、関連の書物を公営図書館で借りたりしているようだ。

 母方のおばあちゃんは縫い物が得意な人で、支給された服ではなく自分で裁縫した服をいつも着ている。

仕立ての良い素敵な洋服を何着も持っていて、自他共に認めるお洒落な老婦人だ。

子供の頃、母に叱られた時には私をいつも庇ってくれた。

 母に叱られる原因のほとんどは男の子との喧嘩だった。

目の前で女友達が男の子に馬鹿にされたり意地悪されているのを見ると無性に腹が立ち、自分のことのように我慢ならなかった。

大抵の場合、ただの口論で収まったためしはなく毎回取っ組み合いとなった。

 初めて喧嘩をした日、草や泥にまみれた服で家に帰ると、心配した母は肘や膝にできた擦り傷の手当てをしながら喧嘩の理由を訊いた。

最初の頃は、母にしても喧嘩両成敗といった解釈だったのだと思う。

ところが、日に日に喧嘩の回数が増し、月に1度が2度になり、遂には毎週毎にとなり始めると、母は私にこう諭した。

「どんな理由があるにせよ暴力はいけない」

そして、お小言の最後の台詞は決まって、

「女の子なのにいつも生傷が絶えないなんて……」

と呆れ顔で言うのだった。

そんな母に対し、

喧嘩の理由によりけりだ、

と、おばあちゃんは真っ向から反論し、必ず私を擁護してくれるのだった。

今でも家族の中で私を甘やかしすぎる第一人者だ。

 母方のおじいちゃんは日がな一日ハンモックに揺られながら小説を読むのが日課となっていて、傍にはいつも猫が付き添い、テーブルの上にはいつも葡萄酒が置かれていた。

私のワイン好きは、このおじいちゃん譲りのものだろう。

 父方のおばあさんは4年前に亡くなっていて、相方のおじいさんは人里離れた山懐にある一軒家に色んな動物たちと一緒に暮らしている。

本人曰く気ままな独り暮らしが性に合っているとのことだ。

彼は週に一度はこの家に顔を出し、葉巻を燻らせながらもうひとりのおじいちゃんとチェスの対戦をするのが慣例となっている。

たまにひと月以上も姿を見せないこともあり、後日どうしていたのかと尋ねると、

大抵の場合は、

「石を探しに行ってきた」

という返事が返ってくる。

歳をとると今まで気付かなかったことや目もくれなかったことに関心が向くのだそうだ。

そういうものなのだろう。

私は石には興味がない。

綺麗な石は好きだけれど特に惹かれるわけではない。

「いつか見せてあげる」

と、会う度に彼は言い、

「楽しみにしてる」

と、社交辞令の様に私は毎回答える。

 出張旅行から帰った翌々日には、私の帰郷パーティーを家族が催してくれた。

身内以外にも友人や近隣の住民達も招待して盛大に執り行われた。

久しぶりに会う旧友たちと互いの近況報告などで話しを咲かせ、自然発酵のお酒と新鮮な食材からなる数々の料理を皆で分かち合った。

半年ぶりの再会なのにもう何年も会っていないかのように感じられた。

皆が持ち寄った木管楽器や太鼓による即興演奏に合わせて夜が更けるまで踊り、目が覚めた時は桃の木の下で酔い潰れて寝てしまっているという有様だった。

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