第8章 覚醒 1

 大小様々な群島で構成されているこの南国エリアは、標高の高い場所を除いて1年中夏日と真夏日を繰り返し、気候上の変化といえばせいぜい乾季か雨季かという大雑把な環境設定になっていた。

そのエリア内でも土着の偶像信仰が根強く残る島に看守は滞在していた。

 到着した現地の空港から海辺の観光エリアを経由し、山麓にある小さな村にタクシーで向かった。

道中快適すぎる車内の冷房と眠りを誘う微振動が睡魔を招き入れ、うとうとしている間に窓外の景色は排気ガスで霞んだ街道筋から起伏の多い田園風景に移り変わっていた。


 滞在するホテルのロビーでは竹で作った管楽器の生演奏が奏でられ、チェックインを済ませると歓待のパパイアジュースが供された。

島内でもこの村は伝統芸能や工芸が盛んで、それらを目当てにあらゆる国籍の旅行者が来訪していた。

そのため目抜き通りから外れた裏路地でさえ観光客向けの飲食店や土産物店が所狭しと軒を連ねているのだった。

 看守との面会は村の中心部にある場所で午後8時から執り行われることになった。

それまでの空き時間は観光客気分で村の中を見て回ることにした。

意気揚々と気楽な物見遊山に繰り出したのも束の間、ふと気づけば通りを横切る痩せた野良犬と変わらない徘徊に近い散歩になっていた。

灼熱恒星の力量を甘く見過ぎた私は喉の渇きが限界に達する矢先、ようやく木陰の下に屋外席がある可愛いらしいレストランを見つけた。

通り沿いに幾らでも店はあったのだが、お茶菓子をたしなむ時の空間にはそれなりにこだわりがあるのだ。

 通りを見渡せる屋外のテーブル席に座り、ココナッツのケーキとアイスティーを注文した。

小さな雑貨店で目に止まり、興味本位で購入した赤いパッケージの煙草も吸ってみた。

普段は喫煙とは無縁だが箱のデザインが気に入ったので買ってみたのだ。

クローブの葉を巻いた甘いタバコは葉っぱの香りも紫煙の匂いも私好みだ。

お香の代わりにも使えそうだ。

 店を出てホテルに歩いて帰る途中、天空に幾筋ものピンク色の稲妻が走った。

暫くすると周りの景色が急に薄暗くなり空気がひんやりし始め、森のある方角からゴォーという辺り一面に響き渡る雨音が聞こえだした。

その音は遠方から徐々に歩み寄り、片側1車線の路面は灰色から墨色へと塗り替えられていき、大地を叩きつける雨滴の音は厚みを増し、遂には一陣の風と共に土砂降りの雨を連れてやってきた。

瞬時に私を濡れ鼠にした水柱は辺り一面に砂埃の匂いを巻き上げた。

茹だるような酷暑と蒸し風呂のような湿気に気押されていた私には、おあつらえ向きの天然シャワーとなった。

ずぶ濡れになってホテルの部屋に戻る頃には、すっかり体温は冷却され肌寒くすら感じられた。

 水を吸ってすっかり重くなった服を脱いで浴槽の縁に掛けてから、ゆっくりと時間をかけて熱めのシャワーを浴びた。

着替えを済ませてベッドに身を投げ出し微睡まどろんでいると、そのまま眠りに落ちてしまい目が覚めると部屋の中は真っ暗ですっかり夜になっていた。

灯りを点け、時計を確認すると約束の時間の20分前だ。

慌ててベッドから起き上がり、急いで顔を洗い、歯を磨き、簡単な化粧を施し、着替えを素早く済ませ、昼間土産物店で買った貝殻のネックレスを身につけ、10分で部屋を飛び出した。

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