第8章 覚醒 2

 面会場所に息を切らしながら5分遅れで到着した。

待ち合わせに指定された建物は以前は王族が住んでいた王宮らしい。

円錐形の大きな葺き屋根で覆われた建物は伝統的な工法によって自然木と竹で巧緻に組み上げられている。

大屋根の下には開放的な広いポーチのような場所があり、用意されたテーブルの上には既に彩り豊かな盛り沢山の料理が並べられていた。

 両手の掌を合わせた挨拶で出迎えてくれた柔和な面持ちの看守は、頭に風変わりな白い帽子を被り、白いシャツに金色の腰巻きをしていた。

浅黒くがっちりとした体には無駄な贅肉は一切付いていないように見えた。

訊くと父と同年代だというが、歳の割には若々しく溌剌としている。

 竹の皮を敷いた大皿には伝統的な王宮料理が盛り付けられ、皿の傍にはハイビスカスの花が一緒に添えられていた。

複数のスパイスを効かせた風味際立つ不思議な料理を堪能する。

食事中に突然激しい雨が降り出した。

大屋根を叩く雨音とカエルの大合唱と金管楽器の生演奏が溶け合って極上のハーモニーが演出される。

 会話の中で看守は1ヶ月後に晴れて任期満了となり外の世界に戻る予定なのだと話した。

ところが後任に名乗りを上げる者が未だおらず、代わりの者が見つかるまで任期延長になるかもしれないと不安げに語った。

帰郷して18年ぶりに家族の顔が見たい、

と、人の良さそうな彼は半ば諦めたように呟いていた。


 看守との会談を終え冷房の効いた快適な部屋に帰って来た私は、服をソファーに全部脱ぎ捨て浴室に直行した。

亜熱帯特有の纏わりつく汗をシャワーで洗い流した後、裸のまま冷えたミネラルウォーターを飲んだ。

 リビングにあるテーブルの上には看守から手渡されたお土産が置かれている。

帰り際に彼は悪戯っぽい少年のような顔つきで包み紙を目の前に掲げて見せ、私の耳元に片手を添え、意味ありげに声を潜めて、

「この中に異世界への切符が入っている」

と耳打ちしたのだった。


 着替えを済ませた私は茶色い包み紙を開けてみた。

中身は黒っぽいきのこと卵のオムレツだった。

ノート型のパソコンで検索してみると、ただの卵料理ではないと判明した。

目の前にある代物は幻覚キノコと呼ばれるものだった。

昔は祭祀や儀式の際に食されたらしいが、昨今はパーティー好きの旅行客の間で人気を博しているらしい。

どうしたものかとほんの少しの思案の末、いつものように好奇心という名の悪友に背中を押される形になり、恐る恐る一口齧る。

独特の強い苦味と臭みがある。

このまま食べ進めるのは困難と判断した私は、調味料で誤魔化すしかないという結論に至り、ホテルの敷地内にあるレストランへ足早に向かった。

 レストランの営業時間はとうに過ぎていたが、後片付けをしている店員に頼むと快く塩とソースとケチャップの瓶を貸し出してくれた。

三種の神器ならざる三種の神味を両手で抱えながら意気揚々と部屋へと戻る。

コップに浄水器から水を注ぎ、フォークとナイフと共にテーブルの上に置き、

柏手をぱんっと一回打ち、

(準備万端だ、これならいけるだろう)

と独りほくそ笑む。

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