第7章 深層心理 4
華奢な若い女を舐めてかかっていたに違いない彼は、予想外の
銃を傍のソファーの上に力なく放り出し、泳ぎ出した目をばつが悪そうに私から逸らし、横目で何度も部屋の出入り口をちらちらと窺っていた。
おそらく自分の醜態を部下に見られたくないのだろう。
誰も部屋に入ってくる気配がないのを確認すると、床に膝をつき首を垂れながら、
「このことは内密にして頂きたい」
などと懇願してきた。
当然そんな芝居染みた態度をされたくらいでは私の腹の虫は治まらなかったが、意外にも心中は凪いだ海のようになっていた。
けれども、穏やかな心境とはまるで違った。
心の中は極寒の海のように無慈悲に冷徹になっていた。
私は目の前の床に
「黙っていてあげる」
と、慈悲深い聖母のように彼の耳元に囁いた。
ゆっくりと私を見上げる彼の眼に安堵と不安が入り混じった隷属性を捉えた瞬間、獰猛な獣を手懐けたような高揚感が全身に漲り、心奥に眠っていた支配欲が触発され、今まで感じたことのない
次いで、幼子に優しく言い諭すように
「今すぐ終戦宣言するのはどう?」
と、慰撫するような柔らかな口調で半強制的な提案をする。
途端に男の顔色からは安堵の色が消え失せ、またもや困惑と悲観の色合いに塗り替えられた。
「い、いくらなんでも急には無理だ……」
彼はうろたえながら力なく弁明すると、何度も頭を下げ、何度も手を擦り合わせ、何度も謝罪の意を示し続けた。
その光景は私の中に芽生えた仄かな嗜虐性を助長するカンフル剤となり、一心同体ともいえる征服欲を肥大させた。
彼は私の深層部にある青白い種火に油を注いだのだ。
床の上に小さく丸まり陳謝し続ける彼を意に介さず、さっきまでとは打って変わった威圧的な口調で、
「管理人に銃口を向けた時点でお前は死罪なんだよ」
と、でっち上げの捨てゼリフを大上段から浴びせ、2本目の釘を刺した。
部屋を出る時には(手負いの獣は何をするか判らない)という格言に
職権濫用という反則技でなんとか難局を切り抜けた私は、その場から逃げ去るようにして完全防備のランドローバーのアクセルを踏み込んだ。
明らかに彼は虚偽の報告書を提示していた。
自分の管轄エリアを統率できているのであれば電話一本で即時終戦ということになるはずだ。
私の提案に二つ返事で応じ、事を丸く収めればいいのだから。
何も慌てふためく理由はないし、頭を下げて懇願する必要もない。
恐らく自分の手に負えなくなった飼い犬のことを悟られたくなかったのだろう。
しかもそれが公になれば、監督不行き届きということになり懲戒免職ということにもなりかねない。
傍若無人に振る舞える今の地位を失うことは彼には耐え難いはずだ。
もう彼には此処にしか居場所はない。
外の世界に戻ったとしても普通の生活を送れるとは思えない。
すでに魂は腐り果て、精神は破綻している。
解放されない腐敗した魂が肉体に居残っているだけの状態だ。
この世界に於いても、外の世界に於いても、もはやただの狂人でしかない。
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