第7章 深層心理 2
当の看守はというと各戦闘区域からの現状報告に時折苦々しい顔で舌打ちし、何度も無線交信に割り込んでは前線の兵士たちを怒鳴り散らしていた。
洋酒の陳列棚からおもむろにウイスキーの瓶を一本取り出した彼は、
「飲まなきゃやってられねぇ、今は側近も信用できねぇ、どいつもこいつも役立たずばかりだ」
と独り怒鳴り、罵り、愚痴りながらウイスキーボトルの栓を開けた。
不意に私の方に顔を向けると、
「俺がやるべきことは無知で阿呆な囚人どもを殺し合わすことだ」
と豪語し、酒瓶片手にごくごくとラッパ飲みを披露した。
次いで自己紹介も挨拶もすっ飛ばし、自身の百戦錬磨の戦術と万全の防御網をひけらかし、武人としての生き様を誇らしげに息巻き、酒と女と薬はもう飽きたと自慢げに語り、
「やっぱり命の遣り取りに勝る快楽はねぇな」
と最後は独り悦に入り、得意げに手に持った銃器を掲げて見せた。
彼に話したいだけ話させると、気が済んだのかようやく私の目の前の椅子に座り、私に現状報告書をようやく手渡した。
(そう、あなたがやるべきことは必要最低限の業務上のやりとりなの。
仕事を済ませて一刻でも早くこの場から立ち去りたいのだから、
というより、あなたから離れたいといったほうが正しいかしら……)
などという言葉は口には出さず、無言で報告書に目を通す。
手渡された書面上には腑に落ちない点があった。
大前提として看守は手掛けた戦争の細部に渡って一括管理し、全容を把握していなければならない。
その上で常に管轄地域の主導権を握っていなければならないのだ。
報告書面には目下継続中の戦況の詳細などは一切書かれておらず、(この戦争に於いては私が全権掌握している)とだけ殴り書きのように明記されていた。
しかし、終始落ち着きがなく苛立っている看守の様子を見ていると、とてもそうは思えなかった。
事が首尾良く運んでいるのなら、たかだか部下たちの無線交信ごときで何度も舌打ちなどするものか……。
考えられることは彼の手に余る側近がいて、彼はその事を公にはしたくない……、といったところか。
もし表沙汰になれば、当然看守の管理能力が問われることになり、彼にとっては都合が悪い……。
もしかすると、わざと私が嫌悪感を抱く態度を取り、痛いところをつかれる前にさっさと追い返そうとしているのかも知れない。
そういうことかも……。
その種の前例は過去に何度もあったと前任者から聞かされていた。
腰巾着の立場に甘んじていた側近たちの中には自己資産を運用し、錬金術師さながらに巨万の富を築き上げる者もいる。
自身のカリスマ性に気づき、看守のやり口を真似て金をばら撒き、取り巻き連中を従え、政権の中枢部に入り込み、いともあっさりと民衆の支持を獲得し、国家君主の座に就き、独断で行動を起こしてしまう野心家の囚人も稀にいるのだ。
その手の囚人のことを我々の業界用語では(バグ)と呼んでいる。
コンピューターウィルスみたいなもので、味をしめた囚人たちが次から次へと権勢を拡大し、囚人同士で結束を固め看守など傍に置かれてしまうケースがあるのだ。
そういった事態をいち早く察知し、現場の状況を上層部に報告することも管理人の職務のひとつだ。
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