第7章 深層心理 1
収容所内の増えすぎた人口を減らすために(間引き)と称した人為的な人口削減が過去に何度も行われてきた。
その中でも古典的な常套手段として最も行使されたのが戦争の演出だった。
会ったこともない、話したこともない、恨みや憎しみもない相手同士で殺し合わせるといった狂気の大詐欺だ。
国家や同胞を守るための聖戦と標榜することによって罪悪感なしに平然と鬼畜の所業を遂行できるように民衆を誘導した。
小国の紛争であれ、甚大な被害を被る世界大戦であれ、いつの時代も裏で糸を引いてきたのは歴代の看守たちだ。
架空の国境線上で踊らされている国家権力者(囚人)たちにとっては、看守は軍資金の出資者であり強大な裏の権力を保持しているフィクサーであり、同時に敵には回したくない謎めいた傑物だった。
彼らが取り違えている点は、看守が自分達と同じ世界に住む人間だと思い込んでいることだった。
看守の正体を彼らは生涯知ることはできない。
到着した空港から看守邸までの移動手段は防弾ガラスと防爆装甲を施してあるランドローバーを使うことにした。
現地の情勢不安を鑑み、あらかじめチャーターしていたものだ。
目的地までの道すがら、無味乾燥な灰色の建築物だらけの街を通った。
閑散とした街中は窓ガラスがなく屋根が吹き飛ばされた家屋や店舗が目につき、ひび割れた道路やコンクリートの壁には弾痕の窪みがぼこぼこと刻印されている。
道端には捨てられた腐肉と化した屍が累々と転がり、それに群がる大量の蝿で遠目には真っ黒い塊にしか見えない。
車の窓をほんの少し開けると、獣性と蛮行を肯定する生者の咆哮と共に死者の放つ腐臭が車内にどっと流れ込む。
使用する地域が限定されてしまった時勢ゆえ、大国エリアで余りに余まった殺戮兵器と弾薬が大洋を渡り、大砂漠に隣接するこの国に大量に流れ着いていた。
この地の看守は100年前の流行を追い続けているようだ。
看守邸の敷地の出入り口となるゲートの脇には監視塔が設置されており、狙撃班が外敵に対し睨みを効かしているのが車の中から窺えた。
邸宅の半径1kmの地点には鉄条網が張り巡らされており、不必要と思われるほど大勢の守備隊が散開していた。
それに対して、豪邸の中庭付近にいる数十名の衛兵たちは緊張感の欠片もなく、談笑したり車座になりトランプの賭け事に興じているという有様だった。
他には戦車や装甲車や迫撃砲台なども規則正しく配置され、さながら軍人将棋の盤上のようだ。
案内された部屋の扉の上部には(作戦司令本部)と書かれた表札が掲げてあり、部屋の中には大きな金属製の無線機器がいくつも置いてあった。
部屋の四隅には法律上は捕獲が禁止されている大型の肉食獣の剥製が置かれている。
今にも動き出しそうな彼らは牙を剥き出し、部屋の中央に座る私を見据えている。
目の前には迷彩服に身を包んだ無頼漢が無線機片手に高速連射可能なマシンガンを肩に携え、直立不動で仁王立ちしている。
どう見ても好感を持てるような相手じゃない。
男女問わず、目の前の男を好きになれる人間が世の中にいるのだろうか。
この部屋に入ってからもう10分は経過している。
まだ挨拶すら交わしていない。
彼はたまに私の方をちらちら見るものの、今だに突っ立ったまま無線のやりとりに夢中で、お茶すら出さない。
やさぐれた風貌の看守の背後にある壁には実物とは程遠い威風堂々とした面持ちの看守の自画像が飾られている。
その下には酒瓶がずらりと並べられた大きな棚があり、その手前のテーブルの上には黒檀で作られた黒い天使の彫像が置かれている。
この部屋の隣室では派手なパーティーが催されていた。
特権階級が好んで聴きそうな古典音楽と焼ける肉の匂いと色めいた嬌笑が、開け放たれた扉から廊下に漏れていた。
男を惑わす秘訣を得ている艶美な女たちが細長いグラスを片手に持ち、仕立ての良さそうな背広を着た男たちと談笑しているのが、ちらっと見えた。
おそらく武器商人と接待役の娼婦だろう。
彼らにとってここは天国、外は誰にとっても地獄だ。
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