第6章 研究所 4
続けて彼女は脳に刷り込む洗脳と魂に損傷を与えることの相違点について話し始めた。
「魂に傷を負わせると新しい肉体に流転した後も傷跡を残したままなの。
一般的には心の傷とでも言うのかしら、いわゆるトラウマというもの。
それに対して、脳に刷り込む洗脳の方は肉体が新しいものになると初めから洗脳し直さなければならない。
脳は肉体の一部だから肉体が死滅すると今まで脳に植え付けた洗脳も消滅してしまうの。
子供の方が無垢に感じられるのはそういうこと。
成人に達した頃には数多の洗脳の輪が頭に嵌まっている。
それでも個人差はあって、子供でも国家や巷に溢れる固定観念を即座に受け入れる子もいるし、大人になってからも洗脳が掛けにくい人もいたりする。
一般的に知的障害者と言われている人は左脳よりも右脳に依存している傾向があるから刷り込みづらいの。
例外はあるけれど、洗脳手法のほとんどは左脳を標的にしているから」
そう話し終えると彼女はパネルのついた機器の前に座り直し、先程とは違うモニタを起動させた。
映し出された映像には空間に浮遊する輪郭がぼやけた光る球体が映し出されていた。
ほとんどが白い球体で、なかには赤味を帯びたものや黄色味がかったものもある。
小さいもので1cm、大きいものは5cmくらいだ。
「植物についてはまだ解明されていないけど、人間を含めた動物は魂が輪廻転生することがかなり前から判っていたの。
当時は、人間と動物とでは魂(オーブ)のサイズがそれぞれ違うのではないかという仮説が立てられ、それに基づいて研究が進められた。
人間の魂は再び人間の肉体へと転生し、動物も同じ動物の肉体に宿るということが立証されたのはもう100年以上も前。
けれど、公式はもちろん、非公式でも発表されず、研究論文は封印されたまま。
現時点では、私たちのような特別な人間だけが知ることができるトップシークレットとして扱われている」
私は完全に聴き役に徹している。
話の内容も興味深いのだけれど、何故だか彼女に惹かれるのだ。
端正な容姿のせいだろうか、それとも他に理由があるのだろうか……。
彼女のよく通る声がまた空間に放たれる。
「肉体から解き放たれたオーブ(魂)は空間を浮遊するの。
オーブが見える人もいるんだけど、ほとんどの人には見えない、私もそう。
面白いことに肉眼で見えなくてもビデオカメラには写っていたりするの。
画面には捉えているのに、どう目を凝らして見てもそこには何も無いの」
そう言うと、白衣姿の彼女は目の前の空間に両手を一杯に広げ、
「ほら、ここに居るのよ、私たちには見えていないだけ、
このことを知ってからは、ホラー映画を笑ってしか観れなくなったわ」
と、おどけた顔で笑う彼女の頬に微かに赤みがさしたように見えた。
「死の直前と直後で体重が変わるのだけれど、21g ほど軽くなる。
つまり肉体から抜けた魂の重さが21g だということ。
空間を浮遊しているオーブが偶発的、あるいは意図的に出産直後の肉体を見つけ、その席に収まる。
イメージとしては人型ロボットの操縦席に座る感じかしら。
たまたま近くにいたオーブなのか、あるいは意思を持って遠くから飛んで来たものなのか、その辺りのことはまだ解明できていない。
これからの課題ね。
要約すると、出産直後の新しい肉体(器)にオーブが入り、その瞬間肉体と魂が合致し人間という生命体になる。
グラスと水に例えれば、グラスという肉体(器)があり、そこに魂(水)が入ることによって、人間(水の入ったグラス)が完成する、
といったところかしら。
ただし、前にも話したけれども何度新しい肉体に流転しても魂に刻まれた創痕は癒されず生まれ変わっても継承されるの。
つまり肉体(グラス)はその都度新調されても、傷を積み重ねるほどに魂(水)は汚れていく。
濁った魂を浄化するにはかなりの時間を要すると推測されている。
どこかに浄化の泉みたいなものがあれば別だけれど。
なかには一度汚れた魂は決して浄化することはできないと定義付けする科学者もいるわね。
こうした研究を突き詰めていけば、近い将来既存の生態学や脳科学の枠を飛び超えてこの世の森羅万象や因果律を解明することができるかもしれない」
一気呵成に噛まずに話した彼女は一息ついて自前のペットボトルの水を飲んだ。
私の魂はどれくらい汚れているのだろうか、
何回くらい輪廻転生してるのだろうか、
いずれ解る時が来るのだろうか……。
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