第6章 研究所 3
ひと通りの講釈を終えた彼女は、目の前の紅茶を一口飲み下すと、
「見てもらいたいものがある」
と言い、話の話題を変えた。
「研究所で被験者になる人には詳細な実験内容と報酬について事前に説明することになっていて、本人の承諾が得られれば商談成立ということになるのだけれど、たまに例外もあるの」
そう言って椅子から立ち上がった彼女はコンピュータ機器の前に歩み寄り、タッチパネルを素早い手つきで操作した。
モニター画面が瞬時に起動する。
映し出された画面の上部には305と小さく表示され、白い部屋の中に白衣を着た被験者と思われる男性が映っていた。
監視カメラに映る305号室の被験者は死刑囚だということだった。
一般の被験者が受け入れ難い新薬の投与や生命の危険を伴う可能性がある実験を行う場合、秘密裏に刑務所に収監されている死刑囚が送られてくるという。
「ここに来たばかりの時は野卑丸出しの男で、何度も私のことをくそ女呼ばわりしていたわ。
他にも汚い言葉を浴びせられまくったけれど、今は羊のようにおとなしい」
満足気にそう話した彼女は、現在進行している新基軸の進捗状況について話し出した。
「今回創案された試みは、寝ている被験者の脳内に外部から特定の信号を送り、こちらが恣意的に作り上げた夢物語を強制的に介入させるというものなの。
305号の彼の場合は、研究所側の思惑通りに暴力という概念を脳から抜き取ることに成功した。
その他にもいろいろとバリエーションがあって、暴虐的な人格に変えることもできるし、自殺願望を植え付けることもできるし、同性愛者だと認識させることもできるし、思考そのものを全くの白紙状態にすることもできるの。
つまり、いろんな味付けができるのよ、料理で使うスパイスみたいに」
と言い、音響機器に付いているイコライザーのような複数のツマミを指差した。
「この密室で行われていることを世界中の街中で起こしたらどうなると思う」
と神妙な面持ちで話した。
けれど、彼女は危惧しているわけではない。
そのことによってもたらされる悪影響など微塵も考慮していない。
楽しげに話す彼女の中にあるのは純粋な好奇心だけだ。
彼女の説明によると、近い将来実験的に特定地域の屋外にある電波塔からその手の信号を発信することになっているという。
同様にラジオやテレビやパソコンの音声映像の中にも混入させるらしい。
暴力性を抑止することのみに使用されるのであれば犯罪率の減少が見込まれ、社会貢献にもなりうるかもしれない。
だが、当然それだけで済むはずがなかった。
あらゆることを試すに違いなかった。
いくつもある黒い調整ツマミが無言でそう囁いていた。
看守側にすれば輪をかけて操り易くなり、囚人たちにとってはまさに悪夢でしかないだろう。
この世界のすべての囚人が新たな実験の被験者となるのだ、前回同様に。
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