第6章 研究所 2

 この研究所は洗脳プログラムに特化した研究施設であり、設立当初から人間の生態と深層心理について研究が行われていた。

特に重点が置かれているのは脳科学と精神分析学と生態学の3分野で、各方面の優秀な研究者を選りすぐりこの施設に集約させていた。

 また、透視能力や予知能力、前世の記憶を持つ者、食事を摂らずに生存できる者、睡眠を必要としない者、そうした稀有な能力を有する者たちが研究対象として集められた。

被験者には破格の報酬が与えられ、彼ら自身も率先して治験に参加していた。

 聡明な印象を醸す女代理人は水色に白い模様が施された陶磁器から香りの良い紅茶をカップに注ぎ、テーブルの上に置いた。

「今現在、重点的に取り組んでいるテーマは睡眠時に見る夢を利用した新しい試みなの」

と彼女は切り出し、楕円形のテーブルに私と差し向かいに座ると(夢)について論じ始めた。

 基本的には、夢の中に出てくる映像は起きている間の記憶の断片によって作られるということ、

同じ職場や学校、地域の光景や共通の知人の顔、共有している映画のシーンや音楽といったものは一定数の人たちの共通項となるということ、

広範囲で多人数に同じような体験をさせれば、共通項はより広義になり不特定多数者の共通認識となるということ、

などを前置きとして掲げ、

 最近の事例として、くつわで口を覆う社会生活を余儀なくされた約8割方の人は、その後の夢の中にくつわ姿の人間が現れるという研究結果が得られたと話した。

「あの当時は一定期間くつわをさせて、今より一層強固な隷属性を深層心理に植えつけ、魂にまで浸潤させることが可能かどうかの実験だったの。

発案者たちは短期間では効果が得られないと踏んで、最低でも3年間強制的に継続させて習慣として定着させることにしたの。

国によっては強引にできなかったところもあったみたいね。

最近知ったのだけれど奴隷の象徴なんでしょ、あれって」

彼女は一旦話し終えると、肩まで伸びた蜂蜜色の髪をかきあげた。


 第一印象とはかなり違う。

彼女は私に対して形式ばった堅苦しい話し方はしない。

同世代の友人に語りかけるかのような口振りだ。

人によっては馴れ馴れしく感じるかも。

歳はあえて訊いたりしないけれど、同い年くらいか……。

向こうもそう思っているに違いない。

人間であれば、の話だけれど……。


「夢のメカニズムについては未だ解明されていないことが多く、記憶にある風景とは類似点がまるでない映像が現れることもあるの。

宇宙のどこかにある未知の惑星、もしくは並行世界の特定の周波数帯を脳が感知して映像化するのではないかと推測されているわ。 

 それともうひとつ、前述した通りおおかたの夢は記憶が基盤となっているのだけれど同時に他者の意識も介入しているの。

自分の夢の領域に第三者の潜在意識が常に入り込んでいるのよ。

だから夢の中の世界はすべての人間の潜在意識が無作為に入り乱れるカオスのようなものなの。

残念ながら、夢の中で他者と何らかの交信ができたという実証データは今のところないけれど。

でも、何らかのメッセージを受け取ることは可能かもしれない」

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