第6章 研究所 1

 広大な陸地を横断し、架空の線で区切られた国境線とやらを何度も跨ぎながら、今回の訪問先の目玉でもある研究所があるエリアに到着した。

看守との面会のオファーを取っていたが、直前の体調不良により代理の者との面会という形になった。

看守は一週間ほど前から言動におかしな兆候が現れ、心配した幹部連中の勧めもあって3日前からICU(集中治療室)に入っているとのことだった。

こういった状況の場合、会談中に外の世界の事柄には触れられない。

看守以外は囚人だからだ。

私は政府機関から派遣された内部監査員という役柄に扮することになる。


 研究所の敷地の周りは人の背丈の3倍程はある灰色のコンクリートの塀で囲まれていた。

通りすがりの人が外から見たら刑務所と見間違うだろう。

出入り口となるゲートの守衛所で面会の受付を済ませ、付き添いの者に案内されて敷地の中に入った。

 野球場ほどの広さがある敷地内には芝生が敷かれ外塀に沿って植樹された樹木が規則正しく並び、ベンチが置かれている公園のようなエリアの周りにはジョギングコースも敷設されている。

敷地のほぼ中央に立方体の3階建ての建屋があり、外壁全体が光沢のある白一色で統一され、直径1m程の丸い窓が各階に配置されていた。

建物の一辺は200m程あり巨大なサイコロのように見える。

1階部分の正面玄関は青みがかった銀色のマジックミラーになっており、外から中の様子を見ることはできない。

 建物の中に入ると楕円形の広いホールがあり、床と壁は大理石でしつらえてあるが豪華というよりは寒々しい感じを受ける。

床は綺麗に磨かれ室内照明の光を眩しいほどに反射させていた。

だだっ広い無機質な空間の中央には破壊と再生を司る神の彫像がぽつんと鎮座している。

 取り次ぎの者に案内されてエレベーターで2階に上る。

壁と天井が白く床が水色に塗られた長い廊下をしばらく歩いた。

廊下の両側にはいくつもの部屋が並び、廊下と部屋を隔てる壁に備え付けられた窓から中の様子を覗き見ることができた。

 天井、床、四方の壁、すべてが真っ白で壁と天井には大小の形の違う照明器具が設置されている。

縦1m、横3mほどの分厚い防音ガラスの脇にはインターフォンが設置され、部屋の中と廊下側で会話が出来るようになっている。

出入り口のドアの下部には食事などの配給時に使われると思われる小さな扉が付いていた。 

一見すると精神病棟の隔離部屋といった感じだが、各部屋には洗練された調度品や寝具が置かれており浴室やトイレなども設備されているようだ。

ホテルの客室と違う点は、屋外を見渡せる窓らしいものがどこにも見当たらないということだ。

 案内された代理人と面会する部屋は最新機器が所狭しと置かれ、まさしくコンピュータルームといった様相だった。

待つこと5分、白衣を羽織って現れた代理人は青緑色の瞳をした見目麗しい金髪の女性だった。

秀美極まる彫刻のような顔立ちときめの細かい乳白色の肌、ファッションモデルのような肢体と沈着冷静な立ち居振る舞いを見ていると、新型のアンドロイドではないかといぶかしみ眼の動きを追ってしまうのだった。

 人間に酷似したアンドロイドは、私の生まれる前から工業製品の製造や先端技術の分野で実用化されていた。

開発当初は各種製造業の工場で試験的に採用され、主に24時間稼働のライン工程に投入された。

人間の労働力の代替である工業用ロボットは人々に重宝がられ、徐々にあらゆる分野で幅広く活用されるようになった。

呼称もロボットからアンドロイドと改名され、今現在は産業分野に限らず公共施設の接客業務や交通機関の運営業務にも携わるようになった。

 子供の頃に工場見学で見たアンドロイドは動作がぎこちなく、眼球がカメラのレンズになっていたので機械だとすぐに判った。

現行モデルの眼球は外見上は人間と変わらないほど精巧なものになった。

唯一、眼球の中の虹彩の模様が規則的なパターンになっていることぐらいだ。

至近距離で眼球を確認しないと判別できない。

皮膚や筋肉や脂肪などの質感も人間の若い健康体そのもので、そのうえ話し方も流暢で人間か機械か判別するのは難しくなった。

 ただし、アンドロイドには識別の目安になる外見的特徴がある。

この人型ロボットは男型も女型も極めて容姿端麗なのだ。

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