第5章 地震大国 2
会談が1時間経過しても太鼓腹の看守は弁舌を弄し続け、大食漢と大酒豪を演じ続け、話が途切れる気配はない。
その頃には私は既にお腹いっぱいだった。
盛り沢山の料理だけでなく、自慢話の方もだけど……。
さすがにこれ以上食べるのは無理だと思い、
「もう充分です」
と彼に告げる。
ところが彼は、まあまあという風に手を振り、その後も給仕係が部屋に来る度、
「じゃんじゃん持ってきて!」
と声掛けをするのだ。
なるほど、これが(おもてなし)というやつか……。
宴たけなわの頃合いを見計らって、
看守同士の交流は頻繁にあるのか、
上下関係はあるのか、
仲はいいのか、
と少々突込んだ内容を彼に訊いてみる。
彼は独り手酌で杯を重ねながら、
「年に一回の会合が北方の国の高原避暑地で行われるが、普段はお互いに連絡を取ることはない」
とか、
「自分の管轄エリア外には干渉しないことが看守同士で暗黙の了解になっている」
とか、
「皆対等の立場とはいえず互いに牽制し合っているところもある」
とか、
「古いしきたりや伝統を重んじる看守もいれば新しい着想にこだわる看守もいる」と、あぐら座に腕を組んだ格好で、うん、うん、と独り頷きながら話すのだった。
「まあ看守が交代すれば、その都度また方針が変わるからねぇ、
どちらにせよ責務はあってないようなものだし金は使いたい放題、これ以上気楽な稼業は世界中見渡しても他にないね」
と楽天家の看守は締めくくり、
話を聞きながら、襖の向こうには大勢の側近が耳を澄まして待機しているのではないかという疑念が湧く私、トラウマかも……。
そんな私を言い諭すかのように、もう一人の自分の声が囁く。
(どうでもいいではないか)
その声に従い疑心暗鬼を一旦脇に置き、酒宴の流れに任せて美酒佳肴を心ゆくまで堪能した。
会談終了後、料亭から予約した迎えの黄色いタクシーに乗り帰路につく。
途中、人がひしめく大きなスクランブル交差点で信号待ちになった。
多種多様の電光掲示板が無秩序にビルの壁面に張りつき、滞りなく洗脳の流れ作業をこなしている。
交差点の周辺は真昼のように明るい。
何かのイベントの舞台セットのようにも見える。
タクシーの車窓からの交差点を渡る群衆を観察する。
半数以上が
その上、サングラスを掛けている者もいる。
その異様な容姿を見ても誰も気にも留めない。
怪しんで振り返ったりする者は皆無だ。
轡とサングラスで人相は読み取れない。
楽しいのか、悲しいのか、つまらなそうにしているのか、苛立っているのか、皆目見当がつかない。
通常の監視カメラでは顔認証ができない。
テロリストや工作員や犯罪者にとっては好条件が揃っている。
旧型のアンドロイドが紛れ込んでいたとしても判らないのではないか……。
この群島国家は4年前に行使された(疫病騒ぎ)の余韻が色濃く残っている。
轡を外すことのできない老若男女が街中に今尚溢れている。
この国は強制措置はとられず任意であったが、率先して轡を付ける者が多かった。
個より公を優先し和を重んじるという良俗が却って仇となっていた。
言い方を変えれば、このエリアの囚人たちは同調圧力に極めて弱いということでもあった。
会談のために供された高層階の部屋から見える夜景はなかなかのもので、一際目を引く赤い電波塔が自身の存在を誇示していた。
淡麗芳香な美酒を注いだグラスを片手にテレビを点けると、すっきりとした顔立ちの女子アナウンサーが映し出される。
彼女は涼やかな笑顔で天気の解説をしている。
明日は日差したっぷりの洗濯日和です……、
傘の心配はありません……、
季節の変わり目の寒暖の差に……、
画面の中で流暢に話し続ける女性と背景の気圧配置を眺めながら、独り酒を呑む。
しばらくして遠隔地の地震速報が入ってきた。
すると、僅かな微震であるにも関わらず彼女の表情は一変した。
芝居掛かった深刻な表情を作り、ここぞとばかりに地震列島であることを煽りたて、必要以上にアピールしていた。
何を隠そう、この国の1番の自慢は地震だ。
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