第5章 地震大国 1
今回面会する看守は、頭を垂れる珍妙な挨拶ときめ細やかなおもてなしとアニメーション大国を標榜し、泥酔者に殊更寛容なことでも知られている極東エリアの島国に居を構えている。
この地域は地震の多発地帯として100年以上前から周知されている。
御用学者の仮説によって地震の起因は地底の奥深くにある岩盤の擦れによるものとされていた。
地域の住民たちは為す術ない自然現象として受け入れながら、淡々と生活している。
私の世界では地震は起こらない。
どうして起こらないのだろう。
おそらく看守が仕組んだ人為的なものだから。
自然現象であるとすれば、地続きである外の世界でも起こりうるはずだ。
この地の看守に連絡を取ると、
「ぜひ料亭で」
と勧められた。
指定された店は国内外の賓客をもてなすことで有名な料亭らしい。
約束の時間10分前に料亭に到着し、予約してある和室の部屋に案内された。
部屋から見える雅な和風庭園には色づき始めた紅葉樹が点在し、瓢箪型の池の外周は苔むした大きな石と玉砂利の小径で縁取られていた。
見飽きることのない趣のある庭園を眺めながら待ち人を待っていると、部屋の襖がスーッと開き、
「どうも、どうも〜」
という何かの掛け声のような声を発しながら、飄々とした小太りの男が現れた。
無色透明の食前酒がテーブルに運ばれてくる。
片手の掌で覆うことができるほどの小さな陶器の酒器がグラス代わりだ。
彼は正座をしている私に足を崩すように促し、2人分の酒器にお酒を注ぐと明朗闊達に話し始める。
まず初めに管轄地の漫画やアニメがいかに秀逸かを熱弁した。
次いで、(棚からぼたもち)ではあるが、過去の原発事故をきっかけに真っ当な報道関係者を一掃できたことや放射性廃棄物の受け入れが自然な潮流として確立した経緯を取り挙げた。
加えて、忍苦を美徳とする極めて従順な国民性や三猿主義が根強く浸透していることにより、取り立てて強硬な策を講じなくとも事が上手く運び易いという当地の優位性と利点を意気揚々と挙げ連ねる。
更に、地震のおかげで軋轢なくできる被災地の地上げの話題へと移行し、更地にした後の実験都市の構想案などの持論を展開し始め、仕舞いには何でも地震のせいにしてしまえば事は丸く収まるから、
と笑いながら言い放った。
彼の止まらない自画自賛の弁舌を軽く聞き流しがら、次々と運ばれてくる色鮮やかな芸術性の高い料理の数々に舌鼓を打つ。
空の色が紅葉の色と重なる頃になると石の灯籠に蝋燭が灯された。
品良く控えめにライトアップされた庭園を眺めながら、美しい陶器の皿に盛り付けられたお刺身というものを初めて食べた。
どれも美味だった。
わさびも新鮮だった。
放射能汚染されているかいないかは運任せだった。
所内にいる限り避けることはまず無理だった。
話好きの看守の説明によると、半永久的に汚染水を海に垂れ流し続けることをメディアで公表したが懸念を抱く者はごく少数だという。
ましてや10年以上前の事故による後遺症のことなど当事者とその家族以外は時間の経過とともに記憶から霧散し、その手の話題は大衆向けのゴシップ雑誌にも取り上げられないということだった。
過去のデータによると微量の放射性物が体内に残存する、いわゆる内部被曝による弊害のほとんどは10年以上経過してから露見するらしい。
「それ以外にもあらゆる社会毒で所内は満たされているから、誰も追求できない。
木を隠すなら森の中と言うじゃないですか」
と、ほろ酔い加減の看守はさも楽しそうに笑う。
数年前に実施された薬物注射や人類史上類を見ない長時間のマスクの装着による自己免疫力の低下、日常的に経口摂取する飲食物や市販薬、街中に網目のように交錯する電磁波による障害……。
彼の言う通り、考えうる健康被害の要因が同じ時間軸上に重複する。
とどのつまり、タイムラグがある健康被害や死亡に関して原因を特定することはま不可能ということだった。
穢された世界に長期滞在する看守や管理人といった職種は、ある意味命を軽んじる刹那的な性向の持ち主にしか務まらないだろう。
その点においては、私も看守たちと同じ種類の人間なのだろう。
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