第4章 女看守 5
夜の9時になっても昼間のように明るい底冷えした街からホテルの部屋に戻り、大きめの浴槽に湯を溜めた。
いつもより熱めのお湯に浸かりながら彼女のことを思い返した。
職種柄こういうことは範疇内のことではあったが、厄介者の話が済んだらすぐにお開きにすれば良いものを意図的に会話を長引かせていた。
わざわざ秘密裏に店全体を貸切状態にしてエキストラの客役まで多数動員し、自らも主演女優ばりの演技を披露してみせる理由が解らなかった。
店の中で待機している部下たちには私の存在をどう伝えているのだろうか、
どういった指示を与えているのだろうか、
私は仕事上の業務報告を請け負っただけの役人にすぎない。
敵状視察に来ているわけではない。
第一、規則違反ではないのか。
基本的には一対一の会談であるべきだった。
囚人抜きの密談に徹するべきだった。
店の従業員も全員すり替わっていたに違いない。
いや、ホテルの従業員すべてが彼女の息のかかった人間なのかもしれない。
もしかすると、この街の全住民が彼女の走狗なのかもしれなかった。
あり得ない話ではない。
なにせ看守の自由裁量で無制限に金をばら撒くことができ、自分の管轄する地域では、何をしてもお咎めがないことになっているのだから……。
他にも気になることがあった。
勘ぐり過ぎかもしれないけれど、私がワインを好きだと言うことを彼女は事前に知っていたのかも。
確かあの時、
「あなたのために用意した」
と彼女は言った。
しかも白か赤かの好みを訊きもせず、申し合わせたかのように赤ワインが出てきた。
お酒の話も自然な会話の流れの中で彼女が振ってきた話題だった。
そうだとしたらどうやって知り得たのだろうか、私の赤ワイン好きは家族と数人の友人しか知らないはずだ。
考え過ぎかもしれない。
疑い出したらキリがない、確かめようがないから考えてもしようがない。
私は人間洞察には少なからず自信があった。
ただの思い上がりだったことが数時間前にあっけなく証明された。
心のわだかまりの理由は、束の間とはいえ彼女の手の内で弄ばれた事と自分自身を過信していた事に対する苛立ちだ。
もしかすると、彼女は人を欺くことに愉悦を感じているのかもしれない。
今頃は幽玄な大広間の柔らかな寝椅子に横たわり、ほくそ笑みながら極上のワインを嗜んでいるかもしれない。
無防備で世間知らずな女の管理人という烙印を押しているかもしれない……。
だとしたら私の勝ちだ……。
煮え切らない思いを引き摺ったまま口元まで湯に浸かり、湯船にぶくぶくと泡沫を立て、両手でじゃぶじゃぶと顔を洗った。
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