第4章 女看守 2

 看守が待ち合わせ場所に指定したホテルに到着した。

水色と薄茶色のツートンカラーを基調とした1階ロビーを抜け、廊下を少し歩いた奥まった所にある(白い未亡人)という名のワインバーで落ち合うことになっている。

 約束の時間の30分前に店に着いた。

無駄を省いた洗練された内装の店の奥には緩やかにカーブした葉緑色のカウンターがあり、ホールには重厚なチョコレート色のテーブル席が10卓ほどあった。

大きな暖炉の前には優雅な長椅子が置かれている。

落ち着いた雰囲気の店内にはすでに何組かの客がおり3割方の席は埋まっていた。

ウェイターに名前を告げるとあらかじめ予約してあった席に通された。

光沢のある焦茶色の丸いテーブル席に座り、ホットワインを注文した。

 事前に確認しているが、この地の看守は女性だ。

しかも2期目のベテラン看守だ。

彼女は2年前に任期延長を申請し、上層部に受理されている。

女看守の到着を待つ間、ジュラルミン製のアタッシュケースから取り出したノートパソコンを外部のデータバンクに繋ぎ、収容所の史実概要を再確認する。

画面に表示された言語は収容所内で最も広範囲で流通している言語であり、外の世界の公用語でもある。


(収容所史実概要)


 遠い昔 。

むべき名前で呼ばれる以前、この地は一糸まとわぬ姿で妖しい林檎を齧った男女がいたとされる楽園を模して設計された田園都市であった。

大自然に則した豊かな生態系循環の恩恵により、人間を含めたあらゆる生物が何不自由なく暮らしていた。

清らかな小川や透んだ泉がそこかしこにあり、いつでも飲料水として飲むことができた。

環境に適した土壌に果実や野草、米や小麦などが自然に自生しているため、日々の糧を得るためにあくせく働く必要もなく必要最低限の物々交換で事足りた。

狩猟もせず家畜を食す習慣もないため、人間に畏怖を感じない動物たちは警戒心を抱くこともなかった。

彼らは良き隣人であり、親愛の情で結ばれた信頼に足る友人であった。

恐竜という名で知られる太古の巨大生物も同様に共存していたのだ。

 その後数千年の間に科学技術は急速な進化を遂げ、それに伴い新しい都市構想が発案された。

資材の運搬や移動手段の利便性を追求する目的で、今でいう飛行機や船などが量産された。

流体物理学と超磁力を応用した大型の飛行艇や、無煙無音で高速飛行ができる空間船艇と呼ばれる飛行物体が縦横無尽に大空を飛び回った。

重量が何十トンもある巨石や鉱物の塊を遥か遠方からも掻き集め、次々と近代的な居住エリアが構築されていった。

 超硬質な物体を切断するために開発された高精度レーザーは、0.01ミクロンの誤差もなく、豆腐を切るかの如くスッと音もなく高密度の鉱石や岩石を寸断できた。

精巧精緻に成形された建築資材は工業用の空間船艇を駆使して上空から易々と積み上げられていった。

当時のレーザー痕が残っている岩山などは、珍奇な自然造形物と認知されており、現在では奇岩と称され景勝地や観光地となっている。

 時流に乗った都市開発の勢いは止まらず、街の様相は田園都市から近代都市へと変貌を遂げ、段々と高層階の建造物が目立ち始めるようになった。

急速な開発による環境破壊を危惧した人々は、出来るだけ人工物の過密化を避け、森林地帯や肥沃な土地を維持する形での都市構想を理念に掲げた。


      

 私は歴史の本を読むのが好きだった。

学校には歴史の講義はなかったが、関連書籍は公立図書館で閲覧することができた。この仕事に就いてからは、とりわけ収容所の歴史文献を読み漁った。

そうはいっても、着任したての私はこの世界の実状に疎い。

参考資料や文献を読みかじっているだけに過ぎない。

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