第4章 女看守 1

 領土全域に渡り温暖な気候が保たれている外の世界とは違い、収容所内は地域によって季節感がかなり異なる。

1年の間に春夏秋冬が循環設定されているエリアもあれば、年がら年中夏だったり、冬だったりするエリアもある。

 私は、てついた氷の世界にやってきた。

空港の到着ロビーから一歩外に出た途端、身震いと共におもわず苦笑した。

この国の寒さときたら冗談にも程がある。

周辺地域は自殺率が所内でも抜きん出ているらしい。

原因は寒さのせいではないかと即座に思ってしまった。

 身が引き締まるような極寒の地では寒風に晒される度に保守的な思考へと流れ、傾倒してゆく。

淡々と仕事をこなすには案外いい環境かもしれない。

 ともあれ、この地で浮かれ騒ぐといった愚行に出ることにはまずならないだろう。


 空港からタクシーでカラフルな色合いの建物を窓外に眺めながら、待ち合わせ場所のホテルへ向かった。

この辺りの人目につかない谷間や山間部には天空にホログラム映像を投影する照射装置が設置されていた。

天空にゆらめく虹色のカーテンは人体や環境にどのような影響を及ぼすのだろうか……。

詳細な情報は知らされていない。

管理人職を長く続けていれば、そのうち耳に入ってくるかもしれない。

完成当初は最先端技術の象徴として囃されたようだが、現在は神秘的な自然現象として周知されており、それを目当てに多くの観光客が訪れるようだ。

 この街の目と鼻の先には世界の中心とされる場所があり、その事実を知る者の間では(世界のへそ)と呼ばれていた。

そこには氷河の下に隠されている四角錐状の大きな建造物があるという。

所内の観光名所としては筆頭格の(いにしえの王の墓)と同じ形の建造物だそうだ。

私が以前読んだ歴史文献には、現在は封印されている(人知の及ばぬ諸刃の刃)として記述され、その下の行には(同じてつを踏んではならない)という意味深な文言が添えられていた。

他に具体的な注釈は添えられていなかった。

 また、この地は偶像崇拝の聖地としても知られていた。

多種ある洗脳の中でも最古の洗脳手法であり、永年の功績ゆえに宇宙存在説よりも格上と評されていた。

当時の看守はまだ映像機器などなかった時代に善と悪が織りなす物語を創作した。

所内全域に伝道者が放たれ、緻密に練り上げた寓話を口伝のみで伝播し、聖なる偶像を信仰させることに成功したのだ。 

 それ以来、厳かな啓示に心酔した新進気鋭の者たちと既存のいにしえの習わしに倣う者たちとの間で軋轢あつれきが起こるようになり、あちらこちらに火種が飛び散った。

暫くすると別口の(聖なる物語)も新創刊され、己の信ずる神を誇示するための戦いが、敬虔ゆえに過激過ぎる信者たちの間で繰り広げられた。

牧歌的ないさかいは流血の争いへと発展し、やがて地域間の紛争となり、遂には国家間の戦争へと肥大化した。

 今現在も進行中の話である。

偶像崇拝は囚人たちを分断させることを目的とした当時の妙案だった。

 

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