第3章 欲望 4
私は処女だ。
外の世界では婚前交渉はご法度だった。
誰もが律儀に規律を守っているとは思えないが、私の知る限りにおいてはそういった噂を耳にしたことはなかった。
キスの経験はある。
初めてのキスは15歳の時だった。
仲の良かった男の子と草原でじゃれあっている時に自然とそうなった。
互いを見つめ合いながら照れくさそうにする可愛い接吻だった。
2回目のキスはお互いの舌を絡ませ合った。
心臓の鼓動が高まり、首筋と耳たぶが急激に熱を帯び始め、全身に電気が走ったかのように身体が震えた。
それまで感じたことのない下半身の疼きに戸惑いながらも、貪り求めるかのような新たな接吻の虜になった。
それ以来そのことばかり考えるようになり、四六時中頭から離れなくなった。
暫くして一時的に問題を解消する方法を知った。
家族が寝静まったのを見計らい、禁断を犯しているかのような思いに駆られながら、自分の部屋で声を押し殺して手淫に耽った。
なぜか疾しさと羞恥心が伴う身体の異変について誰にも相談できなかった。
あの頃は不可解な肉体と精神の変容に怖じけづいてしまい、その後はそうしたことはなるべく避けるようにしてきたのだ。
とはいえ、今の私は性行為をしてみたかった。
あの頃とは違うのだ。
出張旅行中しかチャンスはなかった。
なにせ結婚の予定もなく恋人もいないのだから。
処女喪失を夢想する私はゆきずりの相手とのセックスも視野に入れていた。
かといって、誰でもいいという訳ではない。
たとえ恋愛感情がなくても見た目の好みもあるし、生理的な相性もあるのだから。
知り合った幾人かは好感が持てる相手だった。
勿論、彼らに中にある下心は察せられた。
けれど、それだけではない誠実さも感じられた。
その中のひとりと良い雰囲気になり彼の家に誘われ、部屋で一緒に食事をした。
その後、慰撫するように歌い上げる男性ボーカルと流麗なテナーサックスが絡み合うスローなバラッドを聴きながら、ソファーに座って2人で甘いお酒を飲んだ。
自然な流れの中で、優しく彼に口説かれた。
けれど、私は躊躇してしまった……、直前で!
その先に行けないのだ。
踏み切れない理由は結婚前の厳格な戒律によるものではなかった。
ましてや囚人との過度の接触は避けるべしというお達しのせいなどでは毛頭ない。
一番気掛かりなのは、性行為の後に抑えきれない恋愛感情が私の中に湧き上がってしまった場合だ。
運良く相思相愛になったとしても私は外の世界に帰らなければならない。
最愛の人と離れ離れになり、次回の出張勤務を指折り数えるような、
薄幸な境遇に思わず自己陶酔してしまうような、
鏡に映る泣き濡らした顔をうっかり視界に捉えてしまうような、
その頻度が日毎に増していくような、
そんな救いようがない慢性的な恋煩いの日々など、まっぴら御免だった。
それでは蛇の生殺しではないか……。
囚人相手の色恋沙汰の延長線上に結婚というゴールはなく、添い遂げることもできず、本当の自分を一生涯隠し通さなくてはいけない。
頭では分かってはいる、けれど…… 。
もう朝だ。
開け放った窓から差し込む朝日を一瞥して、カーテンを閉める。
テーブルの上のグラスに残ったワインを一息に飲み干し、目を擦りながら千鳥足で部屋の灯りを全部消した。
紺碧色のベッドに身を大の字に投げ出し、うつ伏せに突っ伏したまま、シーツに顔をうずめる。
疲れた……、
このまま動かずにいよう……、
座礁した船のように……。
......、瞼を閉じると、あの夜の彼の落胆した顔が思い浮かぶ。
悪いのは、私だ......、
次第に意識が遠のいてゆく......、
眠りに
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