第3章 欲望 3
連日連夜、高級娼婦が出勤するかのように不夜城へと足を運ぶ。
週末の夜には、近未来的な装飾を施した会員制クラブや前衛的な人たちが集まるスノッブなバーに探りを入れた。
この手の店は客の大半が若年層だった。
店内では耳をつん裂く爆音と規則的に点滅を繰り返す光の洪水の中、肌が触れ合うほどの過密状態で若い男女が汗だくになって一心不乱に踊り狂っていた。
私にとっては店の中に長時間滞在するのは苦痛でしかなかった。
理由は単調な重低音に巨大な虫が蠢動するような音と金属的な効果音が散りばめられた混沌とした音楽だった。
おそらくある種の薬物を摂取しなければ楽しめない仕掛けの音楽なのだ。
その証拠に悦楽に浸り踊りまくる若者たちの目は瞳孔が見事に開ききっている。
並外れた持久力を有するアスリートさながらに延々と踊り続ける彼らは、あきらかにアルコール摂取だけの者とは一線を画していた。
収容所内では快楽的嗜好を主眼として開発された合成薬物が蔓延していた。
その手の薬物はお金さえあればいくらでも手に入れることができる。
入手しようと思えば簡単だったが、私はしなかった。
私の関心事は一事に絞られていた。
最優先事項は決まっている。
目的完遂のため、あらゆる(出会いの場)にスパイのように潜入した。
すでに上客扱いになっている高級サロンで紹介された富裕層限定の邸宅内パーティーなどにも参加した。
肢体を誇示した服を纏った艶麗な女の周りにはいくらでも男が言い寄ってきた。
甘美な香りを振り撒く魔法の水の吸引力も凄まじく、手首や首筋に数滴つけるだけで群がる男の数は3倍に増えるのだった。
どんなに紳士然と振る舞っていても皆、私と”あれ”をしたがっていた。
まるで男の生態学を学んでいるようだった。
雨の日や風の強い日は一日中部屋と屋上庭園で過ごした。
最上階にある芝生の庭はテニスコートほどの面積があり、部屋に面したウッドデッキの上には大きな卵型の屋外ジャグジーとテラス席が配置され、7つのデッキチェアとウォールナットで造られた豪奢な長椅子なども置かれていた。
大空の下で気兼ねすることなく裸になって、ぬるめのお湯に浸かりながら遠くの海や街を一望することができた。
食事やお酒はすべてルームサービスで頼み、天蓋付きのテラス席で雨が降る屋上庭園を眺めながら食事を楽しんだりした。
部屋篭りの日はノート型のパソコンが大いに役立つ。
部屋にある大画面のモニターに転送して映画やスポーツ、ニュース番組、コメディなどジャンルを問わず収容所の映像娯楽を一日中鑑賞した。
興味本位でポルノ映像も観た。
初めて目にする生々しい映像だった。
私の世界の人たちが観たら目を覆い隠すに違いない代物だった。
でも私は画面から目を離せなくなってしまった。
心に灯ったほのかな疾しさはあっという間に好奇心に吹き消された。
爬虫類のように艶かしく肢体をくねらせながら互いの汗と粘液を絡ませ合う男女の淫靡な交わりに釘付けになり、我を忘れて何時間も観入った。
牝の性ともいえる悦びの嗚咽と淫欲を掻き立てる露わな映像に論理的な思考は遮断され、今まで感じたことない淫楽と性の欲動が私の火照った身体を支配した。
泉のように湧き出る欲情と抑えきれない性欲は自慰行為で処理した。
看守の言っていたことを思い出した。
「ポルノが最も効果的に時間を浪費させることができる。左脳ではなく右脳に働きかける昔ながらの常套手段だ」
と彼は言っていた。
ただの画素の羅列でしかない動画が、視覚と聴覚のみで簡単に思考を遮断することが可能なのだ。
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