第2章 大富豪6
「復元はできないが、元の身体に戻る方法はある。
たったひとつだけだ。
我々にとっては非常に簡単なことだ。
断食をすればいいのだ。
君も私も誰もが知っていることだ。
体に何かしらの不調が出た際は断食を行い、完治させる、
我々の世界では常識中の常識だ。
今回の事例も改変された体内細胞を隈なく死滅させることによって、元々のDNAを取り戻すことが可能だが……」
と彼は言いかけ、グラスの残りを飲み干した。
「改変された全ての体内細胞を断食によって死滅させるには最短でも1ヶ月は掛かる。
人によっては2ヶ月近く掛かるかも知れない。
つまり、その術を知ったところで奴らにとっては無理難題ということだ。
飢え死にする恐怖が目の前に立ち塞がるんだよ、そう教示してあるからな。
せいぜいやれて一週間かそこらだろうよ。
こういうところで、1日3食という馬鹿げた洗脳がジャブのように効いてくるんだ」
と矢継ぎ早に話した後、目の前の空間に向けて拳でパンチを打つ動作を数回繰り返した。
それ以上の質疑応答は不必要に思われ、その後、会談はお開きとなった。
部屋から出て玄関に向かう途中で屋敷の使用人と思しき者とすれ違った。
その時、彼の見せた部下を卑下する態度に不快感を覚えた。
言葉は発しなかったが相手の顔も見ず、片手の掌を2回軽く振って野良犬を追い払うかのような所作をしたのだ。
私に対しても幾許かの猜疑心と不信感を抱いているのが表情から垣間見えた。
若すぎる管理人だからか、女だからか、それとも垢抜けない身なりの私を見下していたのか……。
町の中心部までリムジンで送ってもらった。
車から降り立った私に周囲の人々の視線が注がれた。
映画俳優でも降りてくると思ったのだろう。
熱く注がれた視線は期待外れの風貌に瞬く間に散り散りとなった。
無彩色の服に身を包んだ私は極彩色の街には不釣り合いだった。
うっすらと闇が漂い始めた街頭には照明灯やネオンが一斉に灯り、これからが本番だとうそぶいている。
ショーウインドウに飾られた服や指輪やピアスやネックレスなどを眺めながら、お祭りのように電飾が連なる目抜き通りを散策する。
飾られている品々は無用の長物としか思えないものばかりだ。
不必要としか思えない金属や鉱物を加工した装飾品の数々、派手な色合いとデザインを施した奇抜な服、ヘンテコな形状の鞄、やたらと透けて見える下着の類。
私の世界では日用品や服は政府からすべて支給される。
6種類あるデザインの中から選択することができた。
自分で裁縫した服を着る者もいるが、私は支給品でなんの不満もなかった。
支給品は生地も天然素材が使われており、肌に心地よく馴染み耐久性にも優れているからだ。
難癖をつけながら歩く私の視線は、思いとは裏腹にショーウィンドウの煌めく明かりに自然と吸い寄せられていく。
行楽客以上の浮わついた足取りの私は、行き交う人々の装いを小まめに観察しながら、派手な見た目と際立つ色使いが売りの歓楽街を飽きることなく回遊した。
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