第6話

 都市部から少し離れた閑静な場所にある一軒のコテージをこの街にいる間の滞在先として選んだ。

手入れの行き届いた青々とした芝生の庭がある煉瓦造りの一軒家だ。

 到着した翌日の正午に、街を一望できる高台にある天文台で看守と待ち合わせていた。

看守との面会は、基本的には一対一で行われる。

看守の束ねる部下たちは、皆この世界の人間だ。

つまり囚人である。

聞かれては困る話題もあるので、側近といえども席を外してもらうのが暗黙の了解となっている。

 待ち合わせの時間より30分早く着いた私は、売店で買ったプラスチック容器に入ったコーヒーをすすりながら遠くの地平線を見渡し時間を潰す。

背後に気配を感じ振り向くと、携帯電話に送信されてきた写真の男が立っていた。

往年の映画俳優のような伊達男がイタリア製のスーツを着こなして目の前に現れるかと思いきや、看守は無地の赤いシャツに白いジーンズ、青い革製のデッキシューズというカジュアルな格好だった。

「ここでは何だから」

と彼は言い、少し離れた場所に停めてある自分の車の方を指差した。

看守の提案に乗り、一緒に看守邸まで行くことになった。

20分で着くと彼は言う。

跳ね馬のエンブレムがついた赤い車の助手席に私を乗せ、彼は自らハンドルを握り自慢の牙城に向けて車を走らせる。

大蛇のようにくねくねと丘陵に張りつくような坂道を登り切ると、高さが5メートルはあると思われる青銅色の大門が現れた。

門の前に車が停まると音もなしに豪壮な観音開きの扉が開き、大きな口に呑み込まれるようにして敷地の中に車が吸い込まれる。

門を過ぎてから更に5分程走ると、贅を極めた大豪邸が姿を現した。

 敷地内には大小の形の異なるプールが7つあり、他にテニスコートが2面、広大なゴルフコース、幾つもの小道で仕切られたバラ園と厩舎があり、少し離れた場所には自家用ヘリコプターと小型の旅客機が遠目に確認できる。

豪邸の中は円柱の大理石が何本も使われた回廊があり、幾つもの絢爛豪華なシャンデリアが高い天井から吊るされ、煌々とした光の粒が部屋中のあらゆる装飾品を際立たせていた。

書斎と思しき部屋には壁一面にびっしりと書籍が詰まった本棚があり、大広間には壁に掛けられた荘厳な宗教絵画と大理石の彫像が置かれ、随所に青い薔薇が所狭しと飾られていた。

 彼の着替えを待つ間、ゆったりとした上質な革張り椅子に身を委ね、蓄音機から流れる前世紀のジャズに聴き惚れる。

蓄音機の傍に立て掛けられているレコードジャケットに手を伸ばす。

手に取ったジャケットの裏面を見ると、1950年代のピアノトリオだということが分かる。

一流の音楽は背景音として聴き流すこともできるし、一音一音に集中して没我することもできる。

それ以外のものは娯楽どころか耳障りでしかない。

 別室で着替えを済ませた彼は、さっきとはうって変わり辛子色の麻のジャケットと白のパンツといういでたちで現れた。

白いシャツにネクタイまでしていた。

 正直いうと私は圧倒されていた。

贅を尽くした内装や優雅な調度品が醸し出す豪奢な空気感、

庭園が見渡せる天井までガラス張りの開放的な空間、

大広間にほのかに漂う生花の薫りと洗練された音楽、

仕事上の来訪であるにも関わらず、これまで身を置いたことのない贅沢な空間に包まれ酔い痴れていたのだ。

悟られないよう装ってはいたが、手連手管の彼には見抜かれていたに違いない。

飲み物を勧められたので赤のワインを頂くことにした。

彼はボトルを開け、私のグラスに注いだ。

年代物に違いない芳醇な香りの葡萄酒を飲みながら、今世紀最大の催事であった4年前の疫病騒ぎについて彼から話を聞いた。

 その計画は100年前に行われた疫病詐欺の再現をするというもので、この世界の広範囲で実施された。

当時彼はその計画にあまり乗り気でなかったらしい。

理由としては、今現在は囚人たちの手元にもコンピューターが行き渡っている時代であり、こちらに都合の悪いマイノリティーの意見も収容所内全域に拡散するだろう、

と予想したからだそうだ。

その件については看守同士で議論が交わされたが、最終的には多数決によって作戦決行となったそうだ。

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