第5話
最南端の島から大陸経由の夜行便に搭乗し、収容所内では名の知れた大国に向かった。
ファーストクラスの食事とは到底思えないドッグフードのような機内食に辟易しながら目的地に辿り着いた。
ここは所内でも広大な領地と圧倒的な軍事力を保有し、自ら世界の警察を自負する自由と正義が信条の映画大国だ。
なかでも魑魅魍魎たちの豪奢な巣窟がある一際華やかな街に看守は居を構えていた。
この街は前世期に囚人たちの洗脳の効率化を図るため映像技術の促進に莫大な資金を投入し、既存の紙媒体のものとは比較にならないほどの偉業を成し遂げた。
投資した何百倍もの興行収入が回収され、味をしめた当地の看守は立て続けに映像娯楽を制作させた。
歴史上、短期間でこれほどの多くの囚人を洗脳できたことはなく、類を見ない快挙であり革命的なことだった。
囚人たちは我先にと新しい娯楽に飛びつき、苦役で得た金銭を惜しげもなく拝観料につぎ込んだ。
目論みだらけの箱舟の中で動く画像に没入し、ふんわりした白玉菓子と黒くて甘い炭酸水を貪りながら舞台袖の悪意に満ちた策略には微塵も気づかず喜怒哀楽の出し物の虜になった。
多少の衰微はあるものの今尚、映画、スポーツ、ポルノなどの大衆娯楽を洗脳の主軸に置き、朝から晩まで大脳の劣化と魂の画一化を加速させているのだった。
星の数ほどの映画やドラマが配信されたが、制作時に厳守しなければならない規約があった。
それは、宇宙が存在し、数多の星がそこにあるという定説を遵守するというものだった。
アニメーションや漫画、書籍も同様だった。
ジャンルが何であれ、時間軸が何時であれ、登場人物が地球人でも異星人でも、
舞台設定が地球であっても、何万光年離れた惑星であっても、
覆してはならぬ脚本設定だった。
宇宙存在説は嘘偽という名の巨大樹の根幹であり、幹が朽ちれば枝葉も落ちることは看守も重々承知してした。
それとは別に、この地域は他分野に於いても偉大な功績を残した。
太古から連綿と続いてきた食文化の解体を成し遂げたのである。
未だかってない取り組みに心踊らせた科学者たちは好奇と狂気に彩られた目を輝かせながら、念入りな試行錯誤を繰り返し実験につぐ実験を重ねた。
石油から精製抽出した原液から生まれた未曾有の化学物質は、味蕾に甘く囁き、味覚を幻惑させ、大脳器官を小馬鹿にした大衆好みの堕落的な味付けに調合されていた。
廃人への片道切符として知られる(白い粉末)と比肩するほどの依存性も確認された。
1万年以上続いた彼らの食生活はたかだか半世紀でがらりと変貌した。
街ゆく人の大半は弛んだ目尻と虚ろな眼で闊歩し、歩く腸詰めとなり果てても尚、いつもの系列店に足繁く通うのだった。
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