第1章 起点2

 収容所内は6人の看守が統括する6つのエリア(区域)に分かれている。 

それとは別に囚人たちには国境線という架空の境界線があてがわれ、200余に区分され、(国)という名称で分断されていた。

言語はさらに細分化されており数千種類以上あるという。

主に使われているのは6つの公用言語になるそうだ。

 看守と呼ばれる者たちは収容所の中では極めつきの大富豪だった。

看守に支給される報酬は固定給でも歩合給でもない。

必要な金額を然るべき機関宛に送信するだけで彼らの手元に際限なく現金が送り届けられるのだった。

支給される紙幣は看守の所有する印刷工場で好きなだけ造幣できるので誰の懐も痛まないで済むのだ。

 圧倒的な吸引力と絶大な効力を発揮する印刷紙の魔力によって、看守の命令次第で何でもやってのける囚人たちを容易に掻き集めることができた。

灯蛾のように吸い寄せられた強欲な者たちは大衆を騙し束ねる奴隷使いの役回りを任ぜられた。

ある者は政治家や大企業の経営者、博識のある著名人や芸能人として名を轟かせ、ある者は闇に乗じた裏工作にひたすら励んでいた。

権勢を振るう舞台が表であれ裏であれ、彼らは皆私腹を肥やすことに血道を上げた。

「看守の息が掛かった囚人たちは傭兵そのものだよ」

前任の管理人は呆れ顔でそう語った。

その手の輩は後を絶たず、わざわざ看守を補佐する補充要員を外から派遣する必要はないのだった。

 流通している金銭はあらゆるものと交換することが可能で物品に限らず軽薄なものなら愛情すら買取可能だという。

人間の7大欲求とされる、食欲、睡眠欲、性欲、承認欲、生存欲、怠惰欲、感楽欲をすべて満たしてくれる夢の引換券なのだそうだ。

故に看守たちは所内の王族や貴族階級以上の快楽三昧の日々を送ることができ、酒池肉林の宴を心ゆくまで満喫できるのだった。 

 そんな至れり尽くせりの役職の求人募集には椅子取りゲームさながらに応募が殺到しそうなのだが、それほど人気の役職ではないらしい。

それというのも就労条項に記載されたある条件に対して大抵の人が難色を示し、二の足を踏む者が跡を絶たないとのことだった。


 条項には、こう書かれていた。


・任期は最低18年とする(本人の希望があれば任期延長は可)

・任期中は帰郷することは許されない

・任期中に所内にて囚人との婚姻、又子供をもうけることは可能であるが、いかなる場合でも彼らを所外へ連れ出す事はできない


更に秘密漏洩に関しても厳格な規約があり、家族を含め誰であっても外の世界の存在に関しては、一切口外は禁じられていた。

 それに纏わるある看守の話が有名で、長年連れ添った妻と子供に一生涯秘匿し続けることの重圧に耐えきれなくなったその男は、

「これからは家族にだけは嘘はつかない」

と妻子の前で宣言し、

「ここは収容所の中なのだ」

「南極の向こう側には広大な異世界がある」

「私たちのいる場所は星ではない、宇宙なんか無いんだ」

などと吐露したが、彼の意に反して親愛の情を育んできた身内の手によって精神病院に送られる羽目になり薬漬けにされた挙句、数年後に隔離部屋で自殺したという事例が(新人看守教育マニュアル)に戒めの訓示として掲載されていた。

真偽のほどは定かではないが脅し文句としては充分だった。




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