第3話
収容所内は6人の看守が統括する6つのエリア(区域)に分かれている。
それとは別に囚人たちには国境線という架空の境界線があてがわれ、200余に区分され、(国)という名称で分断されていた。
言語はさらに細分化されており数千種類以上あるという。
主に使われているのは6つの公用言語になるそうだ。
看守と呼ばれる者たちは収容所の中では極めつきの大富豪だった。
看守に支給される報酬は固定給でも歩合給でもない。
必要な金額を然るべき機関宛に送信するだけで彼らの手元に際限なく現金が送り届けられるのだった。
支給される紙幣は看守の所有する印刷工場で好きなだけ造幣できるので誰の懐も痛まないで済むのだ。
圧倒的な吸引力と絶大な効力を発揮する印刷紙の魔力によって、看守の命令次第で何でもやってのける囚人たちを容易に掻き集めることができた。
灯蛾のように吸い寄せられた強欲な者たちは大衆を騙し束ねる奴隷使いの役回りを任ぜられた。
ある者は政治家や大企業の経営者、博識のある著名人や芸能人として名を轟かせ、ある者は闇に乗じた裏工作にひたすら励んでいた。
権勢を振るう舞台が表であれ裏であれ、どちらにせよ彼らは皆私腹を肥やすことに血道を上げた。
「看守の息が掛かった囚人たちは傭兵そのものだよ」
前任の管理人は呆れ顔でそう語っていた。
その手の輩は後を絶たず、わざわざ看守を補佐する補充要員を外から派遣する必要はないのだった。
流通している金銭はあらゆるものと交換することが可能で物品に限らず軽薄なものなら愛情すら買取可能だという。
人間の7大欲求とされる、食欲、睡眠欲、性欲、承認欲、生存欲、怠惰欲、感楽欲をすべて満たしてくれる夢の引換券なのだそうだ。
故に看守たちは所内の王族や貴族階級以上の快楽三昧の日々を送ることができ、酒池肉林の宴を心ゆくまで満喫できるのだった。
そんな至れり尽くせりの役職の求人募集には椅子取りゲームさながらに応募が殺到しそうなのだが、それほど人気の役職ではないらしい。
それというのも就労条項に記載されたある条件に対して大抵の人が難色を示し、二の足を踏む者が跡を絶たないとのことだった。
条項には、こう書かれていた。
任期は最低18年とする(本人の希望があれば任期延長は可)
任期中は帰郷することは許されない
任期中に所内にて囚人との婚姻、又子供をもうけることは可能であるが、いかなる場合でも彼らを所外へ連れ出す事はできない
更に秘密漏洩に関しても厳格な規約があり、家族を含め誰であっても外の世界の存在に関しては、一切口外は禁じられていた。
それに纏わるある看守の話が有名で、長年連れ添った妻と子供に一生涯秘匿し続けることの重圧に耐えきれなくなったその男は、
「これからは家族にだけは嘘はつかない」
と妻子の前で宣言し、
「ここは収容所の中なのだ」
「南極の向こう側には広大な異世界がある」
「私たちのいる場所は星ではない、宇宙なんか無いんだ」
などと吐露したが、彼の意に反して親愛の情を育んできた身内の手によって精神病院に送られる羽目になり薬漬けにされた挙句、数年後に隔離部屋で自殺したという事例が(新人看守教育マニュアル)に戒めの訓示として掲載されていた。
真偽のほどは定かではないが脅し文句としては充分だった。
所内勤務をする際に知っておくべきことの一つに、寿命の長さの違いがある。
囚人たちの寿命は長くて120歳くらいだが、対して私たちは平均寿命が120歳くらいだ。
会ったことはないが180歳を超える長寿もいるらしい。
なぜこれ程の格差があるかというと、ひとえに人為的な環境汚染や社会毒による影響が大きい。
空気、食べ物、水といった生命活動に必要不可欠なものを筆頭に放射能、電磁波、石油由来の薬物、農薬、除草剤、食品添加物、白砂糖、遺伝子組み換え食品、ゲノム編集された生鮮食品などの弊害により平均寿命が短くなったのだろう。
収容所の史実からは抹消されているが、私が以前読んだ人類史学の本には所内でも150歳以上生きた者の記録が残っていた。
私の生まれ育った世界では平均的な食事の回数は2〜3日に1回だ。
食事量と老化現象が比例関係にあることは誰でも知っている。
食べれば食べるほど内臓器官に負担が掛かるからだ。
5日に1度の食事で充分だという人もいるくらいだ。
収容所内で広く流通している石油から精製された薬は存在しない。
体の不調を感じたときは断食を行うか、野に自生している薬草を煎じて服用するか、患部に塗るのが通例となっている。
怪我や病気のすべてを自然療法によって回復させるのが慣わしだ。
囚人たちの中には私たちと近似した生活習慣を実践している者もいるらしい。
毒物を摂らないことで間違いなく免疫向上が見込まれるが、悪化の一途を辿る生活環境の汚染が足を引っ張ることになるだろう。
収容所内の環境汚染は深刻な状況にあり看守や管理人という職種が敬遠される理由の一因にもなっていた。
所内勤務で病気に罹りやすくなるとか、短命になるといった風評が広く知れ渡っていたからだ。
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