第39話 セレスティーヌの過去

◇◇


 クルクル回ればすべて話してくれると、目の前の少女に請われ、俺、アルスはかなり戸惑った。

 しかしここで拒絶でもしようものなら、少女の瞳に溜まった涙がぶわっと溢れかねない。散々悩んだ挙句俺は決意した。


 ――クルクル……。


 俺はその場で3回転した。ダンスなんて習ったことないから、かなりぎこちなかったのは仕方ない。

 それでも締めのポーズだけは一丁前に決めて、ドヤ顔を少女に向ける。

 だが少女はポカンと口を半開きにしたまま固まっており、ミリアは泣いていいのか笑っていいのか分からずに眉とぴくぴくさせている。カルメンとマルースもまたどう反応していいのか分からずに俺から視線をそらしていた。

 気まずい静寂がしばらく続き、俺はたまらずに声をあげた。


「おい、ちびっこ。約束通り全部話してもらおうか」


 すると少女は「わあっ!」と泣き出すと俺に抱きついてきたではないか。


「なっ!? ど、どうしたんだ? 急に」

「そ、そうよ! アルスから離れなさいよ!!」


 顔を真っ赤にしたミリアが少女をひっぺがえそうとするが、少女はびくともしない。

 いったい何者なんだ?

 そう問いかける前に、少女の口からとんでもない爆弾発言が飛び出したのだった。


「お待ちしておりましたの! 未来の魔王様ーーーー!!」


◇◇


 少女の名はセレスティーヌ。

 かつてこの辺りを治めていた貴族の娘だったそうだ。セレスティーヌの生みの母は産後の状態が思わしくなく、残念ながら彼女が物心つく前にこの世を去った。

 若い継母はセレスティーヌに愛情を注ぐはずもなく、跡取り息子を産むと余計に冷たくなった。

 そして継母は邪魔なセレスティーヌを害そうと、彼女を部屋に軟禁する……とまあ、ここまではありがちな話だ。

 しかしそれから先が普通ではなかった。

 

 ――哀れな少女よ。余と契約せぬか?


 それは突然目の前に現れた先代魔王からの誘いであった。

 契約内容は生涯に渡って魔王に忠誠を誓う代わりに、『部屋の外に出られる』というものだった。

 絶望の底にいたセレスティーヌが飛びついたのは無理もない。


 ――では永遠の命を与えるとともに、この指輪を預けよう。余が迎えにくるまでに、ここにダンジョンを作って守るのだ。


 そう言い残して魔王は去っていった。

 魔王から特殊な力を授かったセレスティーヌは早速ダンジョンを作り始めた。

 そして彼女はなんと自分の家ごとダンジョンの中に取り込んだのだ。


 ――セレスティーヌ! ここから出しなさい!

 ――お姉ちゃん、ここから出してよ……。

 ――おお、セレスティーヌ。私たちは家族ではないか。だからここから出しておくれ。


 セレスティーヌの家族は自分たちをダンジョンから出すように言ってきた。

 だが彼女はそんな気は毛頭なかった。

 やがて家族は全員ダンジョンの中で果てた。

 恐怖と飢えで苦しみ抜いた彼らの最期を目の当たりにしても、セレスティーヌは何も感じなかった。

 それよりも魔王とともに外に出る日を今か今かと待ちわびていたのだ。

 しかしそれから何年も経ったが魔王は迎えにこなかった。なぜなら勇者がダンジョンの周辺を制圧し、魔王軍を寄せ付けなかったからだ。

 時折、無謀な冒険者がダンジョンの奥までやってきたが、セレスティーヌは『狂血』のスキルでことごとく返り討ちにした。このスキルは自分の血を付着させた部分を自分の思い通りに操ることができるらしい。ただし勇者と魔王には効果がないと聞かされていた。

 もしかしたらこの中に自分の主人である魔王様が紛れ込んでいるかもしれない――。

 一縷の望みを託し、侵入者に血液を飛ばした。だが誰ひとりとして彼女の思惑通りの者はいなかった。中には運良く飛んできた血が付着せずに逃げ伸びる者もいた。彼らの口から『狂血のビスクドール』というあだ名がつけられ、一時期は人間たちの間で広がったが、いつしかそのあだ名すら忘れ去られた。

 さらに時がたち、魔王が勇者に敗れ、この世を去ったことを知った。

 

 ――うわあああああああ!!


 セレスティーヌは号泣した。そして絶望した。

 孤独の檻の中でこの先、永遠の時を生きねばならない事実を知ったからだ。

 もはや生きる希望すら失った彼女は、さながら人形のように感情を持たないようになった。

 だから人間たちがダンジョンの第1階層を博物館のようにして自由に出入りしようとも、手を出そうとは思わなかった。

 そうして100年以上たったある日のこと。セレスティーヌにとって突如として転機が訪れた。


 ――ごきげんよう、私はカノーユ。あなたがセレスティーヌね。


 魔王の孫娘と名乗る女が幻覚の姿でセレスティーヌの前に現れたのだ。

 魔王の痕跡をたどっていたらたどり着いたらしい。


 ――もうすぐあなたの前にあなたが仕えるべき人が現れるわ。名はアルス・ジェイドよ。


 セレスティーヌの乾ききった心に清らかな水が注がれた。

 まだ見ぬアルス・ジェイドに恋焦がれ、これまで止まっていた自分の中の時計が動き出したのを感じていた。

 かくして今日、カノーユの予言通りに、魔王の資格を持つ者、アルスが目の前に現れたのだった――。

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