第40話 2人目の四天王

◇◇


「すぴー」

「むにゃむにゃ」


 わずかに回復した魔力を使ってミリアとカルメンを眠らせた俺、アルスはセレスティーヌの言葉に耳を傾けていた。


「これが全部ですの、ご主人様」


 セレスティーヌが大きなスカートの両端をつまんで、ちょこんとお辞儀をする。

 それから大きな瞳を輝かせながら、ぐいっと顔を近づけてきた。


「わたくしと一緒に外に出てくださるのかしら!?」


 それからもじもじしながら上目遣いでお願いしてきた。


「その後はわたくしを生涯の伴侶としておそばに置いてくださいまし」

「むにゃむにゃ。こらー」


 ぐっすり眠っているはずのミリアがなぜか俺とセレスティーヌの間に腕を伸ばして割り込んでくる。


「勇者のくせに鬱陶しいったらありゃしないのかしら!」


 ぷんすかとミリアの腕を振り払うセレスティーヌの一方で、俺は彼女の言葉に鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。


「勇者だと……? ミリアが……」


 目を大きく見開いた俺をちらりと横目で見たセレスティーヌが何でもないようにさらりと告げた。


「アルス様と同じように、この女にはわたくしの『狂血』が効かなかったですの。アルス様が次の魔王様というなら、この女は勇者以外に考えられませんわ」


 ミリアが勇者――そう言えばシモンとの決闘の際に彼女がラインハルトとルナを引き連れて戻ってきた様子が目に入ったときに、なぜか『勇者』という言葉がピタリとはまるような感覚をおぼえたな。

 しかしもし彼女が本当に勇者なら、いつか俺と雌雄を決することになる。つまりどちらかが死に、どちらが生き残ることになるということだ。

 ミリアの寝顔に視線をやると、これまでの彼女とのやり取りが脳裏に浮かんできた。


「だから言ったでしょ? はやめに始末してしまった方がいいって」


 いつも通りに突然俺の横にやってきたカノーユが声をかけてきた。


「あっ! カノーユお姉さまですの!」

「これはこれは未来のお妃殿」


 どうやらセレスティーヌとマルースにも見えているようだ。若干1名、大きな勘違いをしている者がいるが……。


「お姉さまのおっしゃる通りですわ。今のうちにこの忌々しい女を始末してしまいましょう、アルス様」


 セレスティーヌが俺のズボンのすそをくいっと引っ張る。カノーユはニタニタしながら目を細くして俺を見ていた。まるでこの後の俺の発言を見透かしているかのように。


「いや、今はやめておこう。彼女の父親マテウスは俺のパトロンだ。彼女を失うことはマテウスを失うことになるからな」


 明らかに不満といった具合にぷくーっと頬を膨らませるセレスティーヌの一方で、マルースは「さすがご主人。お考えが深い」と目をキラキラさせてうなずいてる。

 ちらっとカノーユに目を向けると、彼女は微笑を浮かべたまま首をすくめた。

 

「ふふ。じゃあ次は私を助けてくれないかしら?」


 カノーユの問いかけに俺は首を傾げた。


「エトムートが『龍神のほこら』にやってくるまでにあと3週間はあるだろ?」


 カノーユは少し悲しげな表情で首を横に振った。


「エトムート兄さんが全軍を北東の拠点に集め始めたの」

「なに!?」


 エトムートの軍勢は約3000。一方、カノーユの軍勢はわずか500。しかも逃げ場のない狭い渓谷に布陣しているとのこと。


「おそらくお兄様は、背後を取られる心配をなくすために、私の軍勢を一掃した後に『龍神のほこら』へ向かうはず」

「しかしそれでは約束が違うだろ!」

「それくらいあなたの『あの姿』が脅威だということよ」

「……っ!」


 カノーユの言う『あの姿』とはラグナロク・モードであることは間違いない。

 まさか敵を倒すために使った魔法が、味方を窮地に追い込んでしまうことになるなんて思いもよらなかった。

 下唇を噛む俺にカノーユは冷静な口調で続けた。


「お兄様の進軍がはじまるのは明日。私はその間にできる限りの軍勢を集めて『龍神のほこら』へ向かうわ。100体には申し訳ないけど、渓谷の要衝でお兄様の軍勢を待ち伏せして足止めしてもらう。それでも5日後にはお兄様の軍勢が『龍神のほこら』を取り囲むでしょうね」


 5日か……。魔力が完全に回復しているか、かなりギリギリの日数だ。それでもやるしかないな。

 俺は腹を決めてカノーユに対してコクリとうなずいた。カノーユは嬉しいそうに細い目をさらに細くして笑顔を見せた。

 やめてくれ。その笑顔に俺は弱いんだ、と言えるはずもなく、俺は天井を見上げた。


「しかしどうやってここから脱出すればいいんだ? カスパロのやつのせいでフロアごとぶっ壊れてしまったしな……」

「ふふ。それなら心配ご無用ですの!」


 えっへんとセレスティーヌが小さな胸を張った。そして彼女は銀色の指輪をはめた。


「なんだこれは?」

「それは『ダンジョン王の指輪』ですの。それがあればダンジョンを自在に作り変えることができますのよ」

「なんと!」

「今回はわたくしにお任せあれですの!」


 彼女が指輪を高々と掲げると、ゴゴゴと音を立てて目の前に大きな階段があらわれたのだ。

 その先にはかすかに地上の光が見える。


「すごいな!」

「うむ。これは驚いた」


 俺とマルースの2人が揃って感心すると、セレスティーヌはますます誇らしげに胸をぐいっと張った。


「じゃあ、このダンジョンはブラック・ベヒーモスに守ってもらうとするか」


 さらにエトムートが魔物たちをダンジョン内に侵入させたとおぼしき魔法陣を塞いだ後、俺たちは階段を登り始めた。

 徐々に外の光がまぶしくなる。

 セレスティーヌは俺の手をぎゅっと握っている。その握る力が少しだけ強くなった。


「緊張してるのか?」

 

 そう問いかけると、彼女は少しだけ考え込んだ後、晴れやかな笑顔で答えた。


「緊張なんかしていないですの。これから始めるわたくしとアルス様のストーリーにドキドキしているだけですわ!」


 これまでの何百年。家族からは疎まれ、信じていた者から裏切られ。孤独と絶望の檻の中に閉じ込められていたセレスティーヌ。


「そうだな。今まで我慢した分も絶対に楽しくしてやろうぜ」


 もう二度と悲しい思いなんてさせねえからな。なんて魔王らしからぬ決意に満ちていた。

 こうして俺にとっての2人目の四天王が誕生したのだった。

 

 

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