第35話 次期魔王の蹂躙

◇◇


 エトムートは水晶を前にして、ただただ言葉を失っていた。その様子を目の当たりにしたイビル・アイもまた驚愕に打ち震えた。


(いつだって冷静沈着なエトムート様がここまでうろたえるなんて……。いったい水晶に何が映っているのだろうか……)


 恐る恐るエトムートの横に移り、水晶に視線をやる。その瞬間にイビル・アイは吐き気をもよおした。


「うげっ!」


 四天王の2人が合体し、エトムートの眷属の中ではまさしく『最強』と化したカスパロが一方的に殴られ続けているではないか。しかも相手はただの人間だと思っていたのに、悪魔の化身、いや魔王の化身だったのだ。


「ぬぐぅ」


 カスパロは距離を取ろうと懸命に羽をばたつかせて宙に飛ぶ。


(少し離れたところで水と風の合体魔法を食らわせてやる!)


 だがアルスは逃がさなかった。彼は悪魔の翼を大きく広げると、次の瞬間にはカスパロの背後に回り込んだ。


「耳障りな羽音だ」


 ――バリバリッ!


 両手で無造作にカスパロの羽を引きちぎる。


「うぎゃあああ」


 羽を失ったことで浮力がなくなったカスパロの体は、うつぶせのまま地面に叩きつけられた。

 その背中にアルスの膝が突き立てられる。


 ――ボゴッ


 背骨がきしむ鈍い音が響いた。


「あぐっ!」

「弱すぎる。これでは貴様の主であるエトムートも大したことなさそうだな」

「お、おのれぇぇ」


 カスパロは強引に体をひねり、右腕の鎌でアルスに斬りかかる。


「いい加減鬱陶しいから、潰させてもらうよ」


 アルスはカスパロの斬撃を片手で掴んで止めると、そのまま握りつぶした。


 ――バリッ!


「ぎゃああああっ!」


 アルスは握っていた拳を開き、パラパラと右腕だった残骸をこぼしながら、カスパロから少し離れた。


「くくっ。脆いぞ。化け物」


 カスパロはアルスが隙を見せたと思い、長い舌を彼の腹に向けて伸ばした。


(もらった!!)


 渾身の一撃だ。当たれば腹を貫ける——だがその願いすら届かぬことを予感させるように、アルスはニタリと口角を上げた。


「甘い」


 彼は右の人差し指から小さな炎を出す。その炎に触れたとたんに、カスパロの舌が紫の炎に包まれた。


(な、なに!?)


 このまま舌を引っ込めれば炎で口の中が焼かれてしまう。かといって何もしなければ、舌をつたった炎がカスパロの身を焦がすだろう。


(お、おのれぇぇぇぇ!!)


 カスパロはやむを得ず、左腕の鎌で自分の舌を斬り落とした。

 カスパロの表情が苦悶に歪む一方で、アルスはますます楽しそうに目を見開き、嬉々として声をあげた。


「ボン」


 次の瞬間、炎に包まれた舌が大爆発を引き起こし、カスパロの左腕もろとも吹き飛んだ。


「があああああああ!!」


 両腕と舌を失ったカスパロ。すっかり戦意を失くし、その場にへたり込む。

 アルスは天井を見つめながら、楽しそうに笑った。


「はははは! 見てるか? エトムート。貴様ももうすぐこんな風に俺にひざまずくことになるだろう。そうして最後は絶望に我を失いながら断末魔の叫び声をあげることになるのだ。これからのこいつのようにな!」


 アルスはカスパロの頭をむんずと掴むと、強引に引っこ抜いた。

 するとカエルとカマキリの2体に再び分かれたではないか。


「もうやめてくれ……」

「俺たちの負けだ。なんでもするから命だけは取らないでくれよ」


 パオロとカストが土下座で懇願するのを、アルスはパオロの頭に足を乗せながらカスタの顎を持ち上げて言い捨てた。


「言ったろ? 何をやってもムダだと絶望した後、1匹ずつあの世に送ってやる、と。絶望したか?」


 カストが首を何度も縦に振り、「だから降参だって言ってるだろ」と懸命にせがむ。

 しかしアルスはまったく意に介することなく告げた。


「じゃあ、まずおまえから死ね」

「ひぃぃ! や、やめてくれ!」


 アルスは聞く耳持たずにカストの首を手刀ではねた。

 パオロの目の前にカストの首が転がる。


「ああああ……」


 恐怖のあまり言葉を失ったパオロに対し、アルスは「安心しろ。仲良くあの世に送ってやるから」と話すと、紫の炎を彼の頭に点火させた。


「ぎゃああああ!!」


 炎に全身を包まれながら転がりまわるパオロをよそに、アルスは再び天井に向かって言った。


「ショーはこれで終いだ。次は直接俺に目通りを許してやるよ、エトムート」


 彼がパチンと指を鳴らす。

 すると遠く離れた場所にあるエトムートの水晶がパリンと音を立ててはじけ飛んだ。


「イビル・アイよ……」


 エトムートは横にいる眷属の名を呼んだにも関わらず、後に続く言葉が見当たらない。それほどの衝撃を受けていた。

 一方のイビル・アイもまた主人の返事を返すことすら忘れてしまうほどに、茫然自失となっていた。


「イビル・アイ!」


 エトムートがたまらずに声を荒げる。


「は、はい!」


 イビル・アイはようやく我に返り、姿勢を正す。

 エトムートは眉間に皺を寄せて命じた。


「今すぐに全軍に出撃の準備をするように命じろ」


 イビル・アイは驚きのあまりに再び黙ってしまった。そんな彼にエトムートは一喝した。


「返事は!?」

「は、はいっ! 目標はどちらでしょう?」


 冷静さをわずかに取り戻したイビル・アイの問いかけに、エトムートはギリっと歯ぎしりした後に答えた。


「龍神のほこら、だ。全軍を上げてカノーユとその眷属を叩き潰す!」



 

 

 

 

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