第34話 ラグナロク・モード
◇◇
エトムートは水晶から映し出されるカストとパオロが劣勢になる光景を目の当たりにしながらも、格別に驚きもしなかった。
(念のためカストとパオロをセットで行かせたのは正解だったな。『フュージョン・クロス』の合体魔法はカストとパオロを足し算ではなく、掛け算で強くできる。つまりここからが本番ということだ)
だがその一方で気掛かりな点もあった。
(あの人間、自分が次の魔王だとかぬかしやがった。それは冗談だとしても、悪魔族に伝わる闇属性の魔法を使いこなしているのは、あきらかにおかしい。しかもまだ若いではないか。絶対にあり得ない。カノーユが何か細工したに違いない)
エトムートは素早く紙にペンを走らせた。
「イビル・アイ」
エトムートが呼ぶと、すぐに一つ目の悪魔イビル・アイがあらわれた。
「お呼びでしょうか」
「魔王様にこの書状を送れ」
「はい、かしこまりました」
エトムートは無表情のまま、再び水晶から映し出されるカスパロとアルスたちの戦いに目を戻したのだった。
◇◇
さて……どうしたものか……。
俺、アルスは目の前の化け物相手にどう戦おうか悩んでいた。
鎌状の両腕、的の狭い引き締まった胴体、大きな羽はカマキリで、瞬発力のある脚、周囲を見渡せる両目、大きな口はカエルという何とも言えない不気味な容姿。だが特筆すべきは『パワー』である。
いくら古いダンジョンとはいえ、一撃で床をぶち抜いてしまうのだから、とてつもない力としか言いようがない。あんなのをまともに食らえば、たとえ次期魔王であっても無事ではいられないだろう。
スピードで攪乱しつつ、外から魔法で攻撃——というのがセオリーか。そう考えていると、横に立ったマルースが低い声で想定外のことを提案してきた。
「ご主人。他に人間もいないことだし、本来の姿に戻ってよいか?」
そうか。近頃ではすっかり人間の姿に見慣れたが、マルース本来の姿はエンシェントドラゴンだ。もちろんドラゴンの姿の方が力も本領を発揮できるに違いない。
「頼む」
「うむ。それからご主人。これまで鍛錬してきた魔法を今ここで使う時ではないか?」
その一言で俺はハッとなった。
マルースの言う「これまで鍛錬してきた魔法」とは、これまで一度も使ったことのない『禁断の魔法』。いや、あれは魔法と言えるのか?
とにかく魔王のためにあると言っても過言ではない特殊な魔法だ。
それを今ここで初めて使うだと……?
「ご主人が魔法の準備をしている間、俺があやつの相手をしておこう」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「グケケケ。相談は終わったか? しかし何を企もうとムダだ! 俺たちこそ最強なんだからな!!」
カスパロが巨大な鎌を振り上げて襲ってきた。
「ふんっ!!」
マルースがエンシェントドラゴンに姿を変える。
「ムダァァァ!!」
カスパロの強烈な一撃をマルースはひたいの角で受け止めた。
重い一撃であることを表すようにマルースの両足が地面にめり込む。マルースの顔が険しく歪む。
「ご主人! あまり長くは持たない。頼んだぞ!」
俺は覚悟を決めた。
ここで眷属の期待に応えずして、何が次期魔王だ。見せてやるさ、あらたな俺の境地を!
「地獄の深淵に眠りし魔王の魂よ。我が祈りに応じてその力を我の体に宿せ――」
魔法の詠唱が進むと同時に、とてつもない量の魔力が全身を巡る。
「ぐあああ!」
叫びたくなる衝動をなんとかこらえる。
意識が混濁とし、かつてデビルズを一掃した時のように気分がよくなってきた。
(ああ、何もかもぶっ壊してしまいたい)
純粋な破壊願望が徐々に脳と心を侵食していく。
その時、マルースの悲痛な声が聞こえてきた。
「ぐわあああああ!」
全身を切り刻まれ、血まみれにながらも倒れようとしない。
息も絶え絶えで見ているだけで痛々しい。
「グケケケ。頑丈すぎる体というのも残酷なものだな。苦痛を味わいながら死ぬことを許されないのだから」
もはや息をすることすら苦しそうなマルースだが、眼光はまったく衰えることなく、むしろ戦いの前よりもギラギラと強くたくましくなっていた。
「俺は……かつての俺は己の進むべき道を見誤り、邪な道にそれてしまった……」
「なんだぁ? いきなり自分語りか。いいだろう。遺言として聞いてやるよ」
マルースは今にも消え入りそうなかすれた声で続けた。
「怠惰な毎日……体は衰え、戦う気力も失った……罪なき人間の若者たちを騙し討ちにして食らってきた。もうどうしようもない悪党だ。そんな俺にご主人は手を差しのべてくれた。俺を邪道から救ってくれたのだ」
マルースの大きな目からポロポロと涙がこぼれる。彼は続けた。
「それだけじゃない。俺が再びこうして戦えるように心と体を鍛え直すのを手伝ってくれた……。その恩に報いずして誇り高きエンシェントドラゴンと言えるだろうか。だから俺はなんとしてもご主人を守る!」
カスパロはただでさえ気持ち悪い顔をさらに気持ち悪く歪ませながら高笑いした。
「グケケケ!! 半魔の落ちこぼれカノーユの子分に相応しい薄っぺらい口上をありがとよ! じゃあ、死ね!!」
長い舌がマルースのみぞおちに重い一撃を加える。
「ぐぬぅ……」
マルースはたまらずよろけた。もう後ろはない。壁に寄り掛かったまま、膝をがくりと落とす。
「これで終わりだぁぁぁぁ!!」
カスパロが渾身の一撃と言わんばかりに右腕の鎌を思いっきり振りかぶる。
とその時、ついに『禁断の魔法』に必要な魔力がたまった。
「待たせたな」
俺がボソリとつぶやくと、カスパロは動きを止めて俺の方をギロリと睨みつけた。
「グケケケ。別に待っちゃいないが、何か面白いことがあるなら見せてみろ。俺を驚かせたらほめてやる」
「それはありがたい」
「グケケケ。何をやってもムダだと知って絶望してから一人ずつあの世に送ってやる」
「じゃあ、遠慮なく披露してやるよ」
俺はぐっと腹に力を入れた。
「魔王第二形態。災悪の破壊神、ラグナロク・モード」
魔法を唱えた瞬間に紫の炎に俺は包まれた。
両肘から鋭い角、背中には悪魔の翼、口には2本の牙が生える。全身が黒ずみ、内側からとてつもないパワーが活火山のマグマのようにあふれ出してくるのを感じていた。
「グケケケ。そんな子供騙しごときで俺がビビるとでも思ったか! もういい。まずはこの役立たずドラゴンから始末してくれる!! 死ねぇぇ!!」
再びカスパロがマルースに向かって鎌を振り下ろしはじめた。
俺は右足にほんの少し力を入れて、一歩前に踏み出した。
――ギュンッ!
まさに目にも止まらぬ速さでマルースの前に立ちはだかると、カスパロの斬撃に対して小指を1本だけ差し出した。
――キン……。
軽い音を立ててカスパロの渾身の一撃が俺の小指1本に止められた。
「な……なんだと……!?」
さすがに驚きを隠せないカスパロに対し、俺はニヤリと口角を上げた。
「褒めてもいいんだぞ」
「半魔の眷属のくせして、くそがぁぁぁぁ!!」
カスパロは左右の鎌を何度も振り下ろしてきたが俺はそれらをことごとく小指1本で防いだ。
そしてしばらくして息を切らした彼を見て、舌なめずりをしながら告げた。
「くくく。ぐっちゃぐっちゃにしてやるよ。何をやってもムダだと絶望した後、1匹ずつあの世に送ってやるから感謝するんだな」
こうして身も心も魔王の化身となった俺の一方的な蹂躙が幕を上げたのだった――。
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