第33話 カルメンの決意

◇◇


「いてて……」

「カルメン、大丈夫?」

「ああ、うん。ちょっと膝を擦りむいたくらい。うちは平気だけどミリちゃんはどう?」

「私も平気。それにしてもここどこだろう? アルスとマルース先生はどこにいるのかな?」


 ミリアは辺りを見回した。

 ホタルゴケがほんのり光っているおかげで、自分たちの周囲だけは何とか視界を保てている。だが3メートル先は真っ暗闇で何も見えない。

 どうやって地上に出られるのかすら分からない状況だ。

 とにかく周囲を散策してみようとミリアは考え、立ち上がろうとした。

 しかしカルメンが彼女の肩を掴んだ。その力がことのほか強く、ミリアは思わず目を大きくした。


「カルメン?」

「しっ! ミリちゃん、何かいる。しかも大勢で」

「んなっ!? でもこんなところに生徒や先生たちがいるわけがないし……」

「普通に考えたらあのデカい化け物が引きつれてきた子分じゃね?」

「じゃあ敵の魔物ってこと?」

「それなー」


 ベテランの戦士になると敵や味方の『気配』を感じることができるというが、ミリアはその能力が低い。そのせいで今からおよそ10年後に、敵の奇襲に気づかずに命を落とすことになるのだ。

 一方のカルメンは物心ついた頃から索敵、侵入、攪乱などのスパイスキルの英才教育を受けており、敵の気配を感じることにかけては天性の能力を身につけているのである。


「まじかー。こっちに向かってきてるし」

「そうなの!? でもここら辺は隠れるところないわね……こうなったら戦うしかないっ!」


 ふんすと鼻を鳴らして立ち上がろうとするミリアを、もう一度カルメンが押さえつけた。


「ちょっとミリちゃん! さすがのミリちゃんでも大勢を相手したら袋叩きになっちゃうっしょ」

「それでも最後まで誇りを持って戦うのが騎士道ってものよ!」

「だから、そうじゃなくて……」


 カルメンは悩んだ。玉砕覚悟で戦う気満々のミリアをどう説得するか。

 と、一つのアイデアが浮かんだ。


「まずはアルスっちと合流して、あのバカでかい化け物をアルスっちと一緒に倒すことからはじめるってのはどう?」


 ミリアの眉がピクリと動いた。


(アルスと一緒に戦う、か……)


 ――ミリア。あの化け物にとどめを差せるのはおまえしかいない。頼んだぞ。

 ――うん、任せて! やああああ!!

 ――よし、いいぞミリア! やはり俺の唯一無二のパートナーだけある!

 ――えへへ。私頑張ったかな?

 ――ああ、よく頑張った。これからも俺のそばにずっといてくれ。戦いだけじゃなくアカデミーでも。

 ――んなっ!? そ、それってもしかして……。

 ――俺はおまえのことがす……最後まで言わせるなよ。


(なーんてね。むふふ)


 気持ち悪い笑みを浮かべるミリアにダメ押しするようにカルメンは彼女の耳元でささやいた。


「アルスっちもミリちゃんが助けにくるのを待ってるんじゃね?」


 ミリアの顔が暗がりでも分かるくらいに真っ赤に染まる。

 そしてキラキラした目でカルメンを見つめ、コクリとうなずいた。


(ちょろいなー。これじゃ、奇襲でも喰らったら一発アウトじゃん)


 だがこれで無謀な戦いは避けられそうだ。

 カルメンは魔法を詠唱した。


「隠密魔法。シノビアシ」


 気配だけではなく、足音から体温まで感知されることがなくなる上級の隠密魔法だ。


「よしっ! 出発進行ね!」


 勝手に動こうとするミリアをカルメンがもう一度押さえつける。


「ミリちゃんは索敵できなくない? うちが敵の位置を確認しながら進むから、ミリちゃんはついてきて」

「え? う、うん。仕方ないわね」


 しぶしぶといった表情のミリアに対し、小さくため息をついたカルメンは、気を取り直して前を向いた。そして右手で腰につけた道具袋を確認する。中には非常用の小さなビスケットが数枚あるだけだ。


(食糧これだけかー。正直かなりきっついけど、なんとかしてミリちゃんだけはうちが守る!)


 こうして2人の命がけの行軍がはじまった――。

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