第32話 想定外の援軍

◇◇


 アルスとエトムートの四天王が激闘を繰り広げている中、アカデミーの生徒たちはダンジョンを急いで脱出した。

 生死不明の重傷を負った教師はそのまま医務室に運ばれていく。どうしたらよいか分からずにダンジョンの入り口付近でたむろしている生徒たちをまとめ上げたのは皇帝の令息ラインハルトだった。


「みんな、教室に戻って待機するんだ。俺は校長に事態を報告してくる。その後は校長の指示に従って行動しよう」


 普段滅多に口を開かない彼がはっきりした口調で提案すると、みな有無も言わずにそれに従った。

 ぞろぞろと校舎に戻っていく生徒たち。だが誰ひとりとして気づかなかった。その中にアルスを除く2人のクラスメイトがいないことに――。


◇◇


「どうした? カマキリ野郎。防戦一方じゃないか」


 俺、アルスは魔法剣を自在に操り、カマキリの魔物カストを追い込んでいく。

 やはり読み通りだ。確かにこいつら1体だけでもじゅうぶん強敵だ。しかしこいつらの真骨頂は2体の連携にあると俺は踏んでいた。だから分断してしまえば、こちらが有利になる。

 カストの顔からは先ほどまでの余裕が消え、焦りがありありと浮かんでいる。


「くそっ。人間ごときがいい気になるな!!」


 カストが右腕を振り下ろし、左腕を横に振るうという、両腕による同時攻撃を繰り出してきた。

 この時を待ってたんだ。防御をかなぐり捨てた捨て身の攻撃。これをしのげば致命傷を与えられるチャンスが必ず生まれる。

 ただ問題はかわし方だ。

 バックステップで両方の攻撃の間合いから外に出るのがセオリーなのだろうが、先ほどの攻撃でその間合いが想像以上に広いことは認識済みだ。

 ならばむしろ前に出るのみ!


「はっ!」


 俺がグンと加速するとカストの目が驚きで大きく見開かれた。まずは隙が大きい彼の右わき腹にピタリと体を寄せる。こうなると右腕が下ろせず攻撃は完全に殺される。冷静に左腕の攻撃をさばいた後、そのまま背後に回り込んだ。これも読み通りに大きな隙が生まれている。

 俺は無防備なカストの右の二の腕に向けて剣を振り上げた。


 ――ザシュッ!


 乾いた音とともにカストの右腕が斬り飛ばされる。


「ギャアアアアアア!」


 甲高い叫び声がダンジョン内に響く。だが俺はまだ容赦するつもりはなかった。


「貴様のような下等な魔物がカノーユをバカにした罰だ」


 細い背中に手のひらを当て、魔法を唱えた。


「炎の邪神よ。爆ぜるその身を我が拳に宿せ。イフリート・フレア!」


 かつてマルースの腹を内側から吹っ飛ばした炎の上級魔法。魔力を上げる修行をコツコツとやってきたからな。あの頃よりもさらに威力は上がっている。

 黒焦げになったカストは膝から崩れ落ちた。

 ちらりとマルースに目をやると、彼は彼でパオロをボコボコにしたようだ。無残に引きちぎられた長い舌が転がっている。ここ数か月の俺との体術の鍛錬のおかげというのもあるかもしれないが、そもそもこれが彼本来の姿なのだと思う。


「ぐぬっ……」


 足元でカストがうめき声をあげた。まだ目の光は失われておらず、意識はあるようだ。

 俺その頭を踏みつけ、天井に視線をやった。


「おい、エトムート! どうせ今の様子もどこかで見てるんだろ。おまえは覗きが趣味のようだからな。だからよく聞いておけ! カノーユは俺が守る。姑息な真似しても無駄だ!」


 そう高らかに告げたその時だった。

 予想だにしていない事態が巻き起こったのは……。


「ちょっとアルス! カノーユって誰よ!?」


 なんとミリアが目と鼻の先で仁王立ちしているではないか。


「やっほー。きちゃった!」


 しかもカルメンと一緒に……。まったく気配を感じなかったのは彼女の特殊スキルのせいか。

 一緒に行動している人の気配まで消してしまうなんて、厄介な能力だ。


「こっちへ来るな! 早くみんなのところへ戻るんだ!」

「は? なんであなたの指示に従わなくちゃいけないのよ! 元軍人の先生ですら大けがを負ったのよ。私が直々手助けにきてあげたんだから感謝しなさい」

「いいから、早く帰れ」


 そっけなく手をひらひらさせたことが、余計にミリアを強情にしてしまったようだ。


「絶対に帰らないんだから! それにカノーユっていったい誰なのよ!」


 この状況はまずい。俺は助けを求めるようにマルースに目配せしたが、彼の方はカルメンの相手をするのに手いっぱいのようだ。


「あれぇ? そこにいるのはマルース先生じゃん。あはっ。どうしてこんなとこにいるのー?」

「うるさい」

「しかもひたいに角生えてるし! 肌も金ぴかじゃん! うけるー。ねえ、どゆこと? ねえ」


 しかしさらなる予想外のことがこの後に2つも起ころうとは……。

 それはカストとパオロから気をそらしてしまったことが原因だった。

 彼らは互いに這いつくばりながら手を取り合うと、同時に魔法を唱えた。


「「合体魔法。フュージョン・クロス」」


 ダンジョン内がまばゆい光に包まれる。


「くっ」


 視界がひらけてくると、目の前に立ちはだかる巨大な魔物に目を奪われた。


「なっ……!」

「グケケケ! 俺はもともとは2人で1人。その名もカスパロだ。あまりの強さゆえ、エトムート様から『危険』と判断され2人に分けられたのだ。さあ、俺の強さの前に絶望しろ!」


 元通りになった長い舌を伸ばしてくる。それを再びマルースが腹で受け止めようとした。

 

 ――ドゴン!!


 耳をつんざく轟音が響くと、マルースは「ぐはっ!」と苦しそうに血を吐いた。

 明らかにパワーもスピードも増している。

 しかもこっちにはミリアとカルメンというハンデも背負っているのだ。


「これはまずいな」


 思わず弱音が漏れる。どうすればいい?

 だがカスパロは俺が悩む間を与えてくれなかった。


「死ねぇぇ!!」


 右手の大きな鎌を振り下ろしてくる。


「まずい!!」


 このままではミリアたちも巻き込まれる。

 俺は突風の魔法で彼女たちを吹き飛ばした。


「きゃっ!」


 俺とミリアのちょうど中間点の地面にカスパロの一撃がめり込んだ。

 そしてここからが残り1つの予想外のできごとが起こることになる。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 なんと地面が音を立てて崩れ出したのだ。


「んなっ!? ちょっとどうなってるのよ!?」

「いいから逃げろ!」

「今さらできるわけないでしょ! これでも英雄マテウスの娘なんだから!」

「そんなこと言ってる場合か! うあああああ!!」


 地面が崩壊し、俺たち全員がバラバラになってダンジョンの下層へと落ちていく。


「アルスーーーー!」

「ミリア! カルメン!!」


 まさかダンジョンが崩壊するなんて誰が想像できただろうか。

 大量のがれきととも地面に叩きつけられたが、運良くたいしたケガもないようだ。そしてマルースもすぐ近くに落ちてきた。


「ご主人、大丈夫か?」

「ああ、マルース。おまえはどうだ?」

「この程度のことで俺の体が傷つくとお思いか?」

「いや、そうだったな。……むっ!?」

「新手の魔物……およそ100体はいそうですぞ」

「しかもどれもそこそこ強い」

「一刻も早く女生徒2人と合流せねば、彼女たちの命が危ない」


 ミリアとカルメンの気配は感じない。となると2人はどこかで一緒にいそうだな。うまく隠れててくれるといいのだが……。


「よし、さっそく探しにいくか」


 だがもう1人、一緒に落ちてきたヤツを忘れていた。


「グケケケ。愚かな人間、そう簡単に逃げられると思うなよ」


 カスパロもまた俺とマルースのすぐそばに落ちてきたのだった。


 

 

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