第31話 強敵2体との戦いを互角にするための作戦
◇◇
少しだけ時間を戻す。
エトムートの元に索敵担当の悪魔が報告にきた。
「例の人間の素性が分かりました。名はアルス・ジェイド。出自は不明。孤児として教会で育てられ、志願して参戦したドラゴン族との戦いで数少ない生存者の一人となり、今はマテウス卿の後ろ盾によって帝国軍の幹部候補を教育するアカデミーの生徒になったそうです」
エトムートはつまらなさそうに「そうか」と一言だけ言った。
「そして今日『ドーベルクのダンジョン』に入ったとのこと」
エトムートの細い眉がピクリと動き、眼鏡の奥の細い目がかすかに光った。
「ほう」
「アルス含めアカデミーの生徒20名と教師1名の集団が目的は不明ですが第1階層をゆっくり進行中」
エトムートは召喚の魔法陣を描いた。
カマキリの魔物カストとカエルの魔物パオロがあらわれた。
「ドーベルクのダンジョンにいけ。第1階層にたむろす人間どもの中にアルスという名の男がいる。そいつをあぶり出すまで一人ずつ殺せ」
「アルスとかいう人間は食っていいのか?」
パオロが長い舌をペロリと出すと、エトムートはニタリとしながら答えた。
「首だけは斬り落としておけ。カノーユに送りつけてやりたいからな」
「ケケケ。切るのはお任せください」
カストが鎌状の自分の腕をペロリと舐めている間に、エトムートがブツブツと魔法を詠唱した。
「第3階層に今は使われていないゲートがある。そこの封印を今解いた。そこを通っていくのだ」
「はっ」
二人が去ったのを確認した後、エトムートは背後に控えている一つ目の悪魔エビル・アイに命じた。
「さらに我が眷属を100体送り込め」
「100体も……」
「獅子は兎を狩るにも本気を出すと言うではないか」
(さすがぬかりのない御方だ)
イビル・アイは素直に感心した。
たかだか若い人間相手に眷属の中でも最強の部類にいる二人を送るだけでも過剰なのに、100体もの眷属を追加で送るなんて、慎重に慎重を期しているとしか言いようがない。
思い返せば、南の大陸攻略についても、エトムートは着実・堅実を第一にここまで進めてきた。ドラゴン族と同盟を締結し、攻略ルートを2つに絞ったのも彼のアイデアである。
もしかしたらカノーユ討伐もはじめから視野に入れていたのかもしれない。だからあえて彼女に厳しいルートを進ませて戦力を削った、と考えれば合点がいく。
つまりエトムートに狙われた獲物は絶対に生き延びることはできない、ということだ。
(これでアルスとかいう人間も終わったな……)
そう確信しながらイビル・アイは頭を下げた。
「かしこまりました」
エトムートは自室のテーブルに置かれた水晶に魔力を通した。カストとパオロが映し出される。
そして彼らの前にアルスが現れたところで、口角を上げた。
「さあ、断末魔の叫び声を響かせよ。愚かな人間よ」
◇◇
相手は魔王の孫であるエトムートの四天王。当然『最強クラス』なのは間違いない。それが2体もいるのだ。次期魔王の力を得たとはいえ、本気でやらないと厳しそうだと俺、アルスの直感が訴えていた。
「ぐへへ。じゃあ、美味しそうな腹からいただいてやる!」
カエルの化け物パオロが長い舌が俺の腹に向かって一直線に伸びてくる。予想外に早い。
「くっ!」
直撃は避けたが、左脇腹をかすめた。
服は破れ、鈍器で殴られたような衝撃で目まいが生じる。
その隙を見逃してくれるはずもなく、今度はカマキリの化け物カストが鎌状の右腕を振り下ろしてきた。
――カン!
どうにか体勢を立て直し、短剣で防ぐ。
「まだまだぁ!」
今度は左腕を振り下ろしてきた。
バックステップで回避を試みたが、これもかわしきれずに肩から左脇腹にかけて斬られた。
「うっ」
傷は浅く、流血もほとんどない。動きに支障はなさそうだ。
だが今の攻防で接近戦は分が悪いことが分かった。ならば魔法はどうか。魔力を右人さし指に込めて十字を切る。
「クロス・サンダー」
バリバリっと音を立てながら、パオロに向かって電撃魔法を放つ。
「水魔法。ウォーター・ウォール」
パオロが大きな口から水の盾を作り、クロス・サンダーを防いだ。間髪入れずにカストが腕に魔力をためる。
「風魔法。カマイタチ」
風の刃が襲ってきた。
これは避けきれない!
とっさに魔力を全身に巡らせた。
――ドンッ!
大きな音を立ててカマイタチは消え去ったが、すぐ次の動作に移れないのを、パオロは見逃しちゃくれなかった。
「水魔法。アクア・ピストル」
複数の水の弾丸が大きな口から放たれると、俺はなす術なく、それらをすべて体で受け止めた。
「ぐあっ!」
服はボロボロ、体中にアザができる。接近戦だけじゃなく、魔法もハイレベルってわけか。
「どうした人間? 半魔のお気に入りの割にはたいしたことねえな。ぐへへ」
「自分が中途半端だから、中途半端に強い人間を選んだだろうよ。ケケケ」
化け物どもめ……。
しかし今ここで何を口にしようとも、負け犬の遠吠えに聞こえてしまう。
現に今の俺は、ここまでの強敵二人を同時に相手できるほどの実力は持ち合わせていない。しかもこいつら仲が悪い割には息がピタリと合っている。エトムートのやつ……こいつらの相性が抜群なのを知って送り込んできたな。もしそうならばかなり頭の切れるやつであるのは間違いない。
せめて1対1に持ち込むことができれば――。
「そうか。その手があったか」
ニヤリと口角が上がる。
「ぐへへ。とうとうおかしくなったか。だったらもう食ってやる!」
パオロが大きな口を開け、長い舌を伸ばそうとした瞬間。俺は召喚の魔法陣を描いた。
――ビュッ!!
鋼鉄をも砕く舌が俺の心臓に向けて真っ直ぐ伸びてくる。だが俺はよけようとしなかった。
「ケケケ。死ねぇぇ!!」
カストの喜色満面の姿が目に入る。だが俺は慌てなかった。
なぜならこのレベルの攻撃であれば跳ね返してくれると信じていたからだ。
たった今召喚した者が――。
「なにっ!?」
カストの顔色が一変したのも無理はない。
パオロの舌をバキバキに割れた腹筋で受け止めた大男が突然現れたのだから。
人間の姿のままだが、肌に金色が混じり、ひたいに小さな角が出ているその男こそ、俺の最強の眷属、四天王マルース。
彼はパオロの丸太のような舌を両手で鷲掴みにした。
「ふんっ」
怪力で舌ごとパオロを投げ飛ばす。
「ゲコッ!?」
――ドゴォン!
壁に激突したパオロが地面に叩きつけられた。
マルースは俺の方へ向き直ると小さく礼をした。
「マルース、見参しました。ご主人、何なりと命令を」
俺はふらふらと立ち上がったパオロを指さして命じた。
「あのカエル野郎を叩き潰せ」
マルースは「待ってました」とばかりにニヤリと口角を上げた。
彼にとっては久々の実戦だからな。
「さて、カマキリ野郎。おまえの相手は俺だ」
短剣に魔力を込める。剣身が紫の光で伸びた。カストはまだ混乱の真っただ中のようだ。
「おい、人間。貴様なにものだ!?」
俺とマルースが横に並ぶ。そして互いに小さくうなずいた後、それぞれの相手に向かって飛び出した。
「俺はアルス・ジェイド! 次の魔王になる人間だ!!」
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