第30話 同級生のギャルに絡まれて……
◇◇
「今日は郊外実習をおこなう。安全が確保されているとはいえ、ダンジョンには危険が潜んでいる。一同、油断することのないように」
元軍人で何体も魔物を倒した経験を持つというマッチョな教師がだみ声で注意を促すと、アカデミーの生徒たちは引き締まった声で返事した。
「「はい!」」
数百年前、勇者と魔王が激闘を繰り広げていた頃、かつて魔王領だったアスター帝国は勇者たちが制圧したことで作られた国と言われている。
帝都の南郊外にあるダンジョンは魔王の幹部が作ったとされているが、勇者たちが魔物を寄せ付けなかったため、実際には魔王軍の拠点としては利用されていなかったそうだ。
『龍神のほこら』もそうだが、魔王軍やドラゴン族は洞窟などをダンジョンに作り変えて拠点にすることが多く、これから前線に出るうえでの参考にするのが、今回の実習の目的らしい。
だが幾度となく敵の拠点に奇襲をかけてきた俺から言わせれば、こんなものは単なる『アトラクション』にすぎない。ランプが点々と灯された道をただ歩くだけ。ところどころに魔物の模型が設置されている。生徒たちの気が緩むのも無理はない。
「わあ! 見ろよ、ゴブリンのはく製だぜ!」
「こっちにはレッドドラゴンの実物大の模型だぞ。うわっ、火吹いた!」
「外の売店でスリーピー・ラビットのぬいぐるみをおそろで買わない?」
どの生徒からもまったく緊張感が感じられない。
あえて「まともなやつら」と言えば、
「ここで背後からデビル・バットが襲ってきたら、まずは目の前のゴブリンの首をはねて、そのまま反転しながら……」
と独り言をブツブツ言いながら、時折戦うポーズをしているミリアと、周囲をじっくり観察しながらマイペースで進むラインハルトくらいだな。
だが『本物』のダンジョンは、当然だがこんな生ぬるいものではない。
――ナキ! そこにトラップがあるぞ。気を付けろ!
――はいっ! 索敵魔法が右斜め前方50メートル先にデビル・アイの群れを発見。
――モリーとヒースは先に行って交戦開始! 俺が到着するまで粘ってくれ! ナタリーは後方支援。ナキとアンは左前方に敵が潜んでいないか警戒しながらしんがりをつとめろ
――はいっ!!
――よしっ! んじゃあ、アジュール・イーグルの実力を見せてやろうぜ!!
懐かしい光景が脳裏が浮かんできた。目の前で無邪気にはしゃいでいる若者たちと同じようなお坊ちゃん、お嬢ちゃんだった部下を『戦える集団』に鍛え上げ、各地のダンジョンで戦果を挙げたんだよな。
だがもうこの頃から彼らの俺に対する不満は溜まっていたのかと思うと、ぎゅっと胸が痛くなる。
「ったく……。感傷的になるなんて俺も歳取ったな」
「あはっ! 歳取ったって、アルスっちはうちと同じ17歳じゃん。17って言ったら青い春真っ盛りなのになんでおっさんみたいなこと言ってんの? 受けるんだけど」
ギョッとして声の主の方に目を向けると、八重歯と大きな瞳が特徴的な褐色でショートカットの女子が俺の顔を覗き込みながらケラケラと笑っている。
どういうことだ?
俺ですら気配を感じることができなかったなんて……。
「あはっ! 驚かせてごめんね! うち、こんなギャルやってんのに、『カルって存在感ゼロじゃね?』って周囲からからかわれるんだよねー。あ、うちはカルメン・コレリ。カルでいいからね。一応、同じクラスなんだ。よろしくね!」
「あ、ああ」
ペラペラとよくしゃべる子だ。しかし回帰前でもカルメンという名は聞いたことがなかったし、コレリ家も知られていなかったはずだ。
「あはっ! ねえ、せっかくだから一緒に回ろうよ! アルスっちってさ、放課後もすぐ帰っちゃうし、うちとは席離れてるしさぁ、しゃべりたくてもしゃべれなかったから、今日はチャンスだなって思ってたんだ」
何のためらいもなく腕を組んできたカルメン。ここで拒否すれば悪目立ちするのは目に見えている。
仕方なく、彼女の意のままにしていると、背後から殺気を今度ははっきりと感じた。
「ちょっと、そこの二人! 今は実習の時間でしょ! 何やってんのよ!」
振り返ると、悪魔のような形相で仁王立ちをしているミリアの姿が……。
しかしカルメンは臆せずにさらりと答えた。
「ミリちゃんは相変わらず固いなぁ。そんなんじゃ、男子から敬遠されちゃうよぉ。せっかく可愛い顔してるんだから、もっと柔らかくなればモテるのに。ああ、もったいない」
「んなっ!? わ、わ、私は別にモテたいなんて思ってないわ! それに同じクラスの男子なんてこっちから願い下げよ! これっぽっちも興味ないんだから!」
「ふーん。じゃあ、アルスっちとうちがイチャイチャしてても別に気にしなくていいじゃん」
カルメンが抱きつく力が強くなる。こぶりだが形の良い胸が腕に押しつけられると同時に、少し顔が引きつってしまう。その変化をミリアは見逃さなかった。
――ヒュン!
風のような速さで剣を抜くと、俺の頬にピタリと当てた。
「一度しか言わない。離れなさい。じゃないと斬る」
冗談で言ってるわけじゃないのは目を見れば分かる。
まじか。この女、本気で俺の顔を斬るつもりでいやがる。
「ま、待て! 授業中に真剣を抜くのはどうかと思うぞ」
「授業中に不純異性交遊をする方がよほどどうかしてるわ」
「ミリちゃん、こわーい。やっぱりミリちゃんもアルスっちのこと気になってたりするの?」
「そ、そ、そんなわけないでしょ! それに『も』って何よ!?」
「えー、だってうちはアルスっちのこと気になってるんだから合ってるっしょ」
「んなっ!? そ、そう。なら勝手にすればいいじゃない。わ、私は別にアルスのことなんか――」
ミリアが最後まで言い切る前に、カルメンは驚くべきことを告げた。
「だって毎日のようにお弁当作って、アルスっちのこと屋上でもじもじしながら待ってるじゃん。うち、ときどき午前中の授業サボって屋上で昼寝してるから何度も見てるんだよねぇ」
「んなっ!?」
「おいおい、まじか……」
「うん、まじまじ! あはっ! 仕方ないよ、うちに気づかないのは。だってうちの家系のユニークスキルは『シノビ』って言って、誰にも気づかれないで行動できるんだもん。最近はやりすぎて、家系そのものの存在感がないんだけど、一応これでも古くから侯爵なんだよねぇ。あははっ」
こいつは驚いた……。まともに使えそうなのはミリアやラインハルトだけかと思っていたが、どうやらこんな普通の女の子ですら俺の知らないスキルを持っているなんて……。
もしかしたら他の生徒たちの中にも掘り出しものがいるかもしれない。
そう考えると、ひとりでに笑みが漏れた。
「あれ? もしかしてうちがアルスっちのこと気になってるって聞いて、ちょっと嬉しくなっちゃった? あはっ。んじゃ、さっそく今日の放課後にデートしようよ。うち行ってみたいカフェあるんだよねー」
「いい加減にしなさーーい!!」
「あはっ。ミリちゃん、こわーい」
ケラケラ笑いながら逃げるカルメンと顔を真っ赤にして追いかけるミリアの様子を微笑ましく見つめる。まるでかつての部下、ナキとアンの二人みたいだ。
だがほっこりしているのもつかの間だった――。
「何かくる!」
ゾワリと背筋に冷たいものが走ると同時に、俺は駆け出していた。
何も知らずに戯れているカルメンとミリアの横を通り抜け、集団の先頭の方へ急ぐ。だがそれでも間に合わなかったようだ。
「きゃああああああ!!」
けたたましい叫び声がダンジョン内に響いた。
「ちっ。遅かったか……」
先導していた担任の先生が血だらけで倒れているのが目に飛び込んできた。
その前方に細い体型と太い体型の2体が黒のローブをまとっている。
こいつら……そんじょそこらのモブとは比較にならないほどに強いな。
背後を振り返った俺は先生のそばでヘタっている女子に大きな声で命じた。
「おい、おまえ! 先生を連れてダンジョンを早く出るんだ! 後ろからくる生徒たちにも声をかけてこっちに来るなと伝えろ! 早く!」
慌ててやってきた男子たちが顔を真っ青にしたまま、俺の言う通りに意識のない先生と茫然自失の女子を担いで去っていった。
それを横目で見届けた後、2体に向き直った。
「おやおや、まだ一人目だというのに、早くも目当ての人間のおでましじゃないか」
「ぐへへ。早く食っちまおうぜ」
平和ボケしたダンジョンに似つかわしくない悪意と殺意の塊の化け物だ。
「何者だ?」
細い方があっさりと答えた。
「俺はカスト。こっちのカエルの化け物はパオロだ」
「カエルの化け物言うな! このカマキリの化け物め」
2体がローブを外すと、確かにカエルとカマキリの化け物という表現はピタリとはまる容姿だ。
「はじめまして、アルス・ジェイド。……いや、半魔のカノーユの眷属と言った方が正しいかな?」
「眷属だと? 俺は彼女に忠誠を誓ったつもりはないからな。パートナーくらいにしておいてくれるか? そういう貴様らは一体何者なんだ?」
カストとパオロが顔を見合わせた。
そしてパオロの方が想像通りの回答をした。
「次期魔王となられるエトムート様の眷属であり、最強の四天王と言えば俺様パウロのことだ」
「ケケケ。冗談きついぞ、カエル野郎。エトムート様の最強の四天王と言えば俺カストの方だろうに」
やはりエトムートの手の者か。
こめかみにピクピクと青筋が立つのが自分でもよく分かった。
「奇襲なんて、なかなか小癪な真似してくれるじゃないか、カノーユのクソ兄貴め」
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