第29話 傍受された交信
◇◇
「なるほど……」
カノーユの話を聞いた俺、アルスはかなり混乱していた。
そりゃそうだろ。カノーユは『死に戻り』のスキルのせいで、何度も殺されてそのたびに生まれ変わって、また殺されてを繰り返してきただと?
そんな人生に終止符を打つために、魔王の能力を盗んで俺に授け、さらに自分の『死に戻り』のスキルを1回だけ与えたとか……。
「じゃあ、あの時のキスは……」
「ふふ。私の血を飲ませるためよ。別にキスじゃなくてもよかったんだけどね。前借りのご褒美、といったところかしら。だからちゃんと私を守って、借りを返してね」
「ご褒美だと?」
「あら? キスだけじゃ足りないのかしら?」
カノーユはドレスを少しまくって白くて細い足をちらりと見せつけてくる。
俺は慌てて否定した。
「そ、そういう意味じゃない! とにかくだ。おまえの秘密はおいおい聞かせてもらうとして、今はその何とかという魔王の孫が俺を殺しに襲ってくるんだろ?」
「エトムートよ」
「ああ、そうか。だが帝国の王都はたとえ魔王でも破ることができない強固な結界で守られている」
「そうね。私も入れなくて困ってるんだから。本当はあなたのそばにずっといたいのに」
カノーユが上目遣いで俺の目を覗き込んでくる。だが俺は冷静に返した。
「はん。もうその手のからかいには慣れたさ」
「あら? 本心なのに、つれないなぁ」
口を尖らせるカノーユに対して、俺は話題を戻しながら問いかけた。
「んで、エトムートはどうやって俺を殺しにくるんだ?」
「さあ……」
「さあ……って、分からないのかよ? そもそもなんでエトムートは俺とカノーユの関係を知っているんだ?」
「ふふ。それは『交信』を傍受されたからかな」
「交信ってなんだ?」
「今、こうやって実態のない状態で会話していることが交信よ」
「おいおい、じゃあ今この会話もエトムートに知られているんじゃないのか?」
「会話の中身までは分からない。でも私とあなたが仲良さそうにおしゃべりしている様子は知られてるかもね」
「それはまずいのでは?」
カノーユは笑みを浮かべたまま、細い目を赤く光らせた。
「別にいいじゃない。だって、エトムートはもうすぐあなたの手で始末されるんだから」
俺の頬が思わず引きつった。
俺が魔王の孫を倒すなんてことが本当にできるというのか?
そう問いかけをしようとした瞬間だった。
「ははははは! 面白い! さすがは忌み子とその愚かな人間の眷属だけある。発想そのものが突拍子もないものじゃないか!」
聞きなれない男の声が脳裏に直接響いてきたのだ。
周囲を見渡しても、カノーユ以外の姿は見当たらない。
するとカノーユは何でもないように、さらりと俺の疑問の答えを告げた。
「エトムートよ」
「おい、会話は聞かれていないんじゃなかったのかよ?」
「ふふ。そうよ」
「じゃあ、今の声はなんだったんだよ!?」
「最後の台詞だけ聞かせたのよ。わざとね」
「なにっ!?」
そんなやり取りをしているうちに、イヤミったらしいねっとりした声がもう一度響いてきた。
「気が変わったよ、カノーユ。人間と共謀して正当な魔王の血を引く俺に盾つくなんて、立派な反逆じゃないか。だからまずはおまえから粛清してあげよう」
カノーユが舌をちょっと出して、小首を傾げた。
「あら? じゃあ、お兄様はお祖父様の言いつけを破って、戦線を離れるというの?」
「戦線を押し進めるよりも前に、裏切者を始末する方が後々のことを考えると優先されるはずさ。それくらいお祖父様も分かってくださる」
「ふふ。では返り討ちにしてあげる」
「ははは! なかなか面白いことが言えるようになったじゃないか!」
「ふふ。お褒めにあずかり、ありがとう」
「別に褒めてないさ。自分の実力や立場すら分かっていないアホでも冗談が言えるんだと思うと面白くなったってだけさ。じゃあ、俺はこれから早速そっちに向かう準備をするから」
「じゃあ私もひとりで本陣を離れるわ」
「ほう。ひとりで、か。ではどこに向かうのだ?」
「西の果てにある『龍神のほこら』よ」
「ドラゴンどもの本陣か。まさかおまえ、奴らを懐柔したのか?」
「まあ、そういうことね」
「いいだろう。ではそこがおまえの処刑場にしてくれる」
「それから私の眷属たちはお兄様と戦わせない。だから彼らには手を出さないって約束して」
「くく……。いいだろう。俺も同胞を殺すのは気が引けるからな。その意気に免じて、もう一つ慈悲をくれてやる」
「あら? 意外とお優しいのね」
「当たり前だろ。偉大な魔王様の後継候補なのだぞ。こうしよう。1ヶ月やる。その間にその人間の首をはねろ。その首を俺に献上すれば、せめて苦しませずに殺してやる」
カノーユは俺を見つめてニタリと口角を上げた。
「確かに面白い提案ね。じゃあ、1ヶ月後にお会いしましょう」
「はははは! ようやく醜いおまえを俺たちの視界から消す口実ができて、今日はなんて幸運な一日なんだ。はははは!」
そこでエトムートの声は途絶えた。
カノーユは「はぁ……」と大きなため息をつくと、俺に向き合った。
「あらためてお願いするわ。私を守って」
「いや、と言ったら?」
「あなたは言わない」
カノーユは相変わらず笑みを携えたまま、細い目をさらに細くして俺を見つめている。
その赤い瞳からかすかに寂しさが感じられた。
「……俺のもう一つの本拠地とも言える『龍神のほこら』が訳も分からないヤツに荒らされるのは許せないから」
不安げだったカノーユの顔がほんの少しだけ晴れるのが目に入ると、顔が急に熱くなり思わず視線をそらした。
「それに俺は嫌いなんだよ。弱い立場の者を面白半分で足蹴にするヤツが。だから返り討ちにしてやるよ。そのエトムートとかいう生意気な兄ちゃんをな」
「ふふ。ありがと。でもその前にもう一つやるべきことがある」
「やるべきこと?」
眉をひそめた俺に対して、カノーユはさらりと答えた。
「このままじゃ戦力が足りないわ」
「エトムートひとりに対して俺とおまえの2人では足りないというのか?」
笑みを消したカノーユは静かに首を横に振った。
「彼はそんなに甘い人じゃない」
「どういうことだ?」
「自分の眷属を連れてくるはずよ。しかも選りすぐりの精鋭たちをね」
「なるほどな。しかしそんな精鋭を相手できるほどに強い味方なんて、都合良くあらわれるものなのか?」
カノーユは再び口角をあげた。
「近々、王都の郊外にあるダンジョンで実習がおこなわれることになっているでしょ?」
「ああ、確かそうだったな」
「そこにいるはずよ。『狂血のビスクドール』が」
「狂血のビスクドールだって?」
聞いたことないぞ。そんなやつ……。
「じゃあ、頑張って私を守ってね」
そう言い残すと、カノーユはすうとどこかに消えてしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます