龍神のほこら籠城戦

第28話 カノーユの秘密と思惑

◇◇


 話はアルスが勇者の称号を授与される3日前に戻る。

 魔王の謁見の間に6人の孫たちが集められた。

 一番下の孫であるカノーユは、正直言ってこの召集に対して乗り気ではなかった。だから決められた時間ギリギリになって部屋に入ったのだが、まだ魔王ルドルフの姿はそこになく、3人の兄と2人の姉の冷ややかな視線が彼女に集まった。

 カノーユを含めたここにいる孫全員、父親が同じだが、カノーユだけは母親が違う。


「ちっ、役立たずのカノーユも呼ばれたのか」

「よくもまあ、忌み子のくせに平気な顔でこられるものだわ」

「ヒャエルザお姉様、違いますの。忌み子だから平気な顔でこられるの。普通の神経じゃないからですの」

「ははは! ちげーねー!」


 4人がケラケラと笑う中、貫禄十分の一番年上の男が低い声でたしなめた。


「品が悪い話はやめよ。玉座の前ぞ」

「ふん。ギルベルトってほんとつまらない男よね」

「ヒャエルザお姉様の言う通りですの。ギルベルトお兄様はつまらない御方ですの」


 ギルベルトが金色の瞳で2人を睨みつけると、彼女たちは口をつぐんだ。


「カノーユも早くここに並べ」


 6人の魔王の孫たちは玉座の前で横一列になった。

 とそこに「魔王陛下の御成り!」と背後から大きな声が聞こえてきた。

 一斉に6人がその場でひざまずく。

 その横を音もなく通りすぎた魔王ルドルフは、ゆっくりと玉座に腰かけた。


「一同、顔を上げよ」


 カノーユは言われた通りに顔を上げて、魔王を見上げる。その姿を見て、小さなため息を漏らした。


(老いていくお祖父様を見るのは心苦しい……)


 ルドルフがこの世に生を受けてから約500年と言われている。

 裏返せば、先代魔王が人間の勇者に敗れてから約500年たったということだ。

 すべての土地を失い、配下の魔物も数えるほどの状態から、わずか1代で5大陸のうち、中央の大陸を制し、その他の大陸を含めると世界のおよそ半分まで領土を拡げた。

 しかし生きとし生けるものにとって、寿命は等しく訪れるらしい。

 ルドルフの命の炎は消えかかっている。そのことをカノーユは正しく知っていた。


 なぜなら彼女は『未来』からやってきたのだから――。


 カノーユのユニークスキルは『死に戻り』。その条件は『他人から殺されること』である。

 つまり彼女は寿命で死なない限り、何度も現世をやり直す。


(もうこれでこのシーンに遭遇するのは何回目だろう……。数えるのもバカバカしくなってから久しいから分からないけど。はぁ……憂鬱だなぁ)


「まずは各自の戦況を話せ。まずはギルベルト」

「はっ。北の大陸を攻略中。人間どもの国は残り1つ。これで大陸の8割を制しました。そこを片付け次第、ドラゴン族の本拠を総攻撃する予定でございます」

「うむ。早く片付けて、他の兄妹たちを手伝うがいい」

「かしこまりました」


 ギルベルトが大きな体を小さく丸めて、ペコリと頭を下げた。


「次、ヒャエルザ」

「はい。わたくしは西の大陸を攻略中。大陸の7割ほど制したところで、エルフと人間が手を組みまして、戦況は一進一退といったところですわ。ただ近々、エルフの森を焼き討ちにして、まずは奴らから根絶やしにしたいと思っております」

「うむ。歯向かうものに容赦はするな。たとえ神であってもな」

「はい、おじい様」


 ヒャエルザは大きな胸を揺らしながら一礼した。


「次、カルスカーとエデルーン」

「はっ!」

「はーい」

「俺、カルスカーは東の大陸の北から攻略中。思ったよりドラゴンの野郎どもの抵抗が激しくて苦戦してるぜ。あの野郎ども、やたらウロコがかてーんだよなー。それでも半分は進んだぜ」

「あたくしエデルーンは東の大陸の南から攻略中ですの。人間どもを殺すのはとても楽しくてたまらないですの。でもなかなか全滅しなくて、ちょっと鬱陶しくなってきましたの。あたくしは4割くらいですの」

「うむ。2人とも焦らず着実に敵を討つのだ」

「おうっ!」

「はいですの」


 ツンツン頭で少年のような顔立ちのカルスカーと、幼い女の子のような容姿のエデルーンが同時に頭を下げた。


「最後に、エトムートとカノーユ」

「はい」

「はい」

「私、エトムートは南の大陸を攻略中。西側を支配するドラゴン族と同盟を結んで、東側を進んでおります。現在、東側の7割ほどの領土を制しました」


 丸眼鏡のエトムートは「どうだ?」と言わんばかりに、カノーユを一瞥した。

 カノーユはきゅっと唇を噛みしめると、意を決したように告げた。


「私、カノーユは南の大陸の中央を攻略中。まだ戦線は1割程度までしか進んでいません」


 ギルベルト以外の孫たちの視線が再びカノーユに集まる。


「ぷぷっ。情けないですの」

「仕方ないわ。忌み子だもの」

「半分は人間の血が流れてるんじゃ、弱くてしょうがねえか」

「私の足を引っ張るとは、本当に役立たずだ。人間のハーフめ」


 嘲笑する4人を魔王は咳払いで制した。


「エトムート、カノーユ。引き続き頼むぞ」

「はい」

「……はい」


 6人の魔王の孫は、それぞれ大将として5つの大陸を割り当てられている。

 言わずもがな、カノーユはアルスのいる南の大陸を攻略中で、中央を南下しているのだが、渓谷のため進軍がしづらいうえ、敵からの奇襲も多く、なかなか思うように進んでいなかった。

 それでも10年後には帝国の目と鼻の先まで迫ることになるのだが、そんな未来を知るはずもない他の孫たちがカノーユの苦戦していることを面白がるのも無理はなかった。


「次にわしの後継のことだが――」


 その言葉にカノーユの背筋に冷たいものが走った。


(ついにはじまった)


 そう、今日この瞬間からはじまるのだ。

 孫同士による壮絶な魔王の後継争いが……。

 その争いにカノーユはこれまで何度も負けてきた。そしてその度にこの中の誰かに殺されてきたのだ。


「魔王に相応しい器を持った者をわしが選ぶ。魔王の器を持つ者であれば、この『叡智の書』に書かれたすべてを受け継いでも魂が砕かれることはないだろう。さらに言えば、たとえ肉体が滅びても、次の生で得た力は持続する。つまり永遠の力を得られるのだ! だから孫たちよ、強くなれ。誰よりも己を鍛えよ」


 これまでの繰り返される人生で、カノーユはこの『叡智の書』を魔王の寝床から盗み出し、その内容をすべて自分の力に変えようとした。だが無理だった。彼女は魔王の器ではなかったのだ。

 そこでカノーユは賭けに出た。

 なんと『叡智の書』の内容を、あろうことか『普通の人間』に授けることにしたのだ。その次期魔王となった人間に自分を守ってもらえば、生き長らえることができるかもしれない。


 北の戦線に送り込まれる哀れな人間に何度も試したが、誰ひとりとして魔王の器ではなく、その場で魂ごと粉々に砕け散った。


(この賭けもダメか……)


 自分の『死に戻り』の能力を恨めしく思っていたその時に現れたのがアルスだった。

 いくどとなく絶望の淵に立たされても、決して挫けない強い精神力。敵を討つたびに逞しくなっていくタフな肉体。


(もしかしたらこの人間なら……)


 一縷の望みを彼に託した。

 アルスの魂はひび一つ入らなかった。

 そしてカノーユは自分の血液を少しだけ分け与えることで、1回だけアルスを『死に戻り』させた。


(アルス。あなただけが頼みなの。お願い、私を守って!)


 彼女は祈るようにしながらルドルフの言葉に耳を傾けていた。


「では今日はこれで解散する。今日は城に泊まっていきなさい」



 ルドルフが去った直後に、カノーユもそそくさと魔王城を後にしようとした。他の孫たちのもとから一刻も早く離れたかったからだ。

 だが謁見の間から玄関に続く長い廊下の途中で、一緒に南の大陸を攻略中のエトムートから呼び止められた。


「おい、おまえ。ずいぶんと仲の良い人間がいるようだな」


 細い目を大きく見開いたカノーユの表情を見て、エトムートは不気味な笑みを漏らした。


「その人間、私が始末してあげよう。おまえが変な気を起こす前にな」

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