第27話 次期魔王が英雄と称えられるまで③

◇◇


「アルス・ジェイドくん。S級モンスター撃退の功績をたたえ、『勇者』の称号を授与する!」


 シモンとの決闘を終えた翌月。

 俺は新入生にしてアカデミーの英雄として、全校生徒の前で校長から勲章を授与された。


「わぁぁぁ!! アルス、ありがとう!!」

「すげーよ! おまえ!!」

「さすがマテウス卿の目に留まるだけあるな!」


 手のひら返しとはまさにこのこと。つい昨日まで闘技場で俺に罵声を浴びせていた人々が、拍手喝采で俺を祝福している。ミリアは俺から顔をそらしながら、仕方なさげに拍手だけしている。ラインハルトの姿は見当たらなかった。おそらく下民の俺の方が先に叙勲したことに、プライドが許さなかったのだろう。


「あらためて、英雄アルス君に大きな拍手を!!」


 地響きがするほどの万雷の拍手の中、俺は会場の大講堂を後にした。

 このセレモニーが騒動から1ヶ月も経ってからおこなわれたのは、10人もの生徒が犠牲になったからなのは言うまでもない。

 ちなみに騒動を巻き起こした張本人のシモンは、傷こそ癒えたものの、精神が崩壊してしまい、そのまま精神病棟で入院しているらしい。

 今でも闘技場は帝国軍によって封鎖されたままだ。


 ――魔物たちは、私と戦っている最中に突如として消えてしまいました。


 という俺の証言を真に受けているらしく、1ヶ月たった今でも現場検証がおこなわれている。

 勘のいい一部の軍幹部からは、


 ――アルスとかいう下民がシモン殿を殺そうとして、モンスターの使役を解いたのでは?


 と疑いをかけたようだが、シモン自身の口から


 ――使役を解いたのは僕です。アルス君を痛い目にあわせたくて……。でもアルス君はこんな僕を魔物たちから救ってくれました。彼こそがアカデミーの英雄です。


 という言葉が出たことで、俺の嫌疑は晴れ、むしろ英雄と称えられるようになった、というわけだ。


 午前中のセレモニーを終え、いつも通りに購買でパンを買って屋上に向かうと、ミリアが待ち構えていた。相変わらず不機嫌そうな顔で、自分の隣に座るよう人差し指で促している。

 仕方なく指示された場所に腰かけると、彼女はずいっと赤い包みに入った弁当を突き出してきた。


「ん!」

「なんだよ? また毒見してほしいのか?」

「んなっ!? 毒見ってなによ! 私があなたを殺そうとしてるって言いたいの!?」

「冗談だよ。ありがとな」

「ふんっ! か、勘違いしないでよね。自分の分のついでに作ったって、いつも言ってるでしょ!」

「ああ、そうだったな。それでもありがとな」


 あれから週に1度はこうして弁当を作ってくれるのだが、断る理由もないし、断ったら断ったでめんどくさいことになるのは目に見えているから大人しくいただいている。

 相変わらず濃い味付けだが、それももう慣れた。


「……ところでアルス。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

「ん? なんだ?」

「今、どんな気持ち?」

「今? ちょっとしょっぱい味付けの弁当食って、腹いっぱいで眠い」

「えっ!? しょっぱ過ぎてお口にあわなかったの?」

「いや、じゅうぶん旨かったから気にするな」

「そ、そう。それはよかったわ。今度は完璧な味付けにするんだから……って違うわよ!」

「なんなんだよ? 意味分からん」

「だから、『勇者』になった気分はどうか、って聞いてるの!」

「ああ、そっちか」


 ぷくりと頬を膨らませるミリアを横目に、俺は天を仰いだ。真っ青な空に白い雲がぷかぷか浮かんでいる。そこにぬっとカノーユの顔が視界を覆った。


「のあっ!」


 思わずのけぞると、ミリアが怪訝そうに首をかしげた。


「何やってるの?」

「い、いや、ちょっと虫が目に入ったからビックリしただけだ」

「ふーん。変なの。ところで早く答えを聞かせてよ」

「あ、ああ、そうだな……」


 俺の横に座ったカノーユがいたずらっぽく笑っている。

 彼女が何を言いたいのか、俺にはよく分かっている。

 次期魔王の俺が『勇者』の称号もらったところで、何の意味もない。だから「気分はどうか?」と聞かれても、特段なにも感じないのだ。

 きっと俺がどんな答えを口にするか、興味半分で聞きにきたのだろう。まったく性悪な女だ。


「勇者の称号を貰ったから、というよりは、騒動を最低限の犠牲でおさめられたことでホッとしているかな。それに得られたものも大きいし」

「得られたもの?」

「あらたな仲間だよ」


 ウソは言ってない。ブラック・ベヒーモスをはじめ10体の魔物と10人のリビングデッドを『あらたな仲間』として迎えられたのは、非常に大きい収穫だった。

 当然、そんな意図を知らないミリアは、まっすぐに見つめる俺の目を見て、みるみるうちに顔を真っ赤にした。


「な、な、な、仲間って、もしかして……」

「それ以上、俺に言わせるなよ」


 口が裂けても本当のことは言えないけどな。もちろんミリアにはまったく違う意味で伝わったようだ。


「んなっ!? し、し、仕方ないわね。いいわ、私も認めてあげる」

「何をだ?」

「それは……」

「それは?」


 言いづらそうにもじもじしていたミリアに、俺はじっと見つめる視線で言葉の先を促す。すると彼女は目をつむって大きな声をあげた。


「私もあなたのことを仲間って認めてあげるってことよ! バカ!」


 なぜ最後にバカをつけたのか分からないが、彼女はそう言い捨てた後、屋上から走り去っていった。


「ふふっ。あんまりいじめちゃかわいそうじゃない」

「おまえが言うな。俺のこといつもいじめやがって」

「あら? 私は愛情表現のつもりだったんだけど」

「だとしたら相当性格ひん曲がってるな」

「仕方ないでしょ。魔王の孫娘なんだから」


 立ち上がったカノーユは楽しそうに俺の横で小躍りしている。思わず見とれていると、俺の視線に気づいたのか、ピタリと踊るのを止め、俺の顔を覗き込んできた。


「ここまでは順調って言っておこうかしら」

「だといいがな。けど『ここまで』というのが気になるな」

「ふふ。そういう勘の良いところも好きよ」

「だから大人をからかうなって」

「あら? まだ17なのに?」

「んで、どういう意味なんだ。『ここまで』というのは」

「そうね……。一つだけヒントをあげようかしら」

「もったいぶるなよ」


 俺が口を尖らせると、カノーユは俺の耳元まで顔を近づけた。


「私には3人の兄と2人の姉がいるの。そのうちの一人がもうすぐ動くわ」

「なに? 何のために!?」


 思わずカノーユのそばから離れた俺に対し、彼女は上目遣いで告げた。


「あなたを殺しに――」

 

 

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