第26話 次期魔王が英雄と称えられるまで②
◇◇
シモンが魔物を使役する魔道具を使ってくれたことは、俺、アルスにとって降ってわいたような幸運だった。
だってそうだろう? 労せずS級を含む10体の魔物を眷属にできたのだから。
「助けてくれえええええ!!」
「どけ! 俺が先に逃げるんだから!」
「ちょっと! あんたより私が先よ!!」
先生が生徒を押しのけ、平民出身の生徒が上級貴族を足蹴にして、我さきにと闘技場の出口に殺到している。その様子は滑稽で笑いが止まらなかった。
「はははははっ!」
当然、彼らを傷つけるつもりはない。魔物たちにもそのように命じてある。
10人のクズどもを除いては……。
「ぐああああ! 俺の腕がぁぁぁ!!」
「ぎゃああああ!!」
トキヤを痛めつけた罰だ。俺の眷属にしてやるだけでもありがたく思え。
しかし想定外にショータイムを邪魔する者があらわれようとは……。
「これ以上、誰かを傷つけることは私が許さない!」
ミリアが腰に差した剣を抜いて、気絶した10人を背にして魔物たちの前に立ちはだかったのである。
彼女の隣には第一皇子のラインハルト。さらにいつどこから侵入したのやら、ルナが10人に回復魔法をかけはじめているではないか。
「あいつら、余計なことを」
2体のジャイアント・オークがミリアとラインハルトと戦闘をはじめた。もちろん今のミリアたちがかなうはずもない相手だ。
ジャイアント・オークの方は「彼らを傷つけるな」という俺の命令を健気に守っているらしい。だがそれでも負けるつもりはないようだ。一進一退の攻防を繰り広げている。
「これ以上は時間の無駄だな」
そう判断した俺は彼らが激闘を演じている場に駆けつけると、ミリアたちに向かって叫んだ。
「ここは俺が何とかする! だからお前たちは先に逃げろ!」
ミリアたちは俺が魔物たちの拘束を解いた張本人であることに気づいていないはず。それを示すように、顔を真っ赤にして反論してきた。
「何言ってるの! いくらあなたでもこいつらを全員相手するのは無理よ!」
「そんなの言われなくても分かってる! だからお前たちがここを出て、帝国軍に救援を要請するんだ!」
「んなっ!?」
「それにS級の魔物が出現したときは皇帝への報告義務があることを授業で習ったばかりじゃないか!」
「でもそれだとあなたが……」
「いいから早くいけ! ルナ! お前もだ!」
ルナはキリっと俺を睨みつけた。まるで何でもお見通し、と言わんばかりに。
しかし何も言わずに無言でその場を駆け去っていった。
ラインハルトもまた無言で去っていく。
最後まで残ったミリアは大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、声を荒げた。
「私が救援を呼んで戻ってきた時に死んでたら絶対に許さないんだから!」
「いいから早く行け。もたもたしてたら、それこそ俺が持たない」
「くっ……!」
ミリアは唇を噛みしめながら走り去った。
ちょっと胸が痛むが、いずれにせよこれで邪魔はいなくなった。
回復魔法で意識を取り戻した10人もそそくさと逃げようとしたが、ブラック・ベヒーモスが行く手をふさいだ。
「ひいっ!」
「俺たちも助けてくれよ!」
ミリアたちの気配が完全に消えたところで、もう一度顎をくいっと上げ、10人に対する総攻撃を魔物たちに命じる。
「うぎゃああああ!」
これだと回復魔法をかけられたことが裏目に出たって感じだ。絶望と激痛を二度も味わうことになったんだからな。
そうして10人全員が息絶えたところで、魔物たちを引き連れて、闘技場の隅で小さくなっているシモンのもとまでやってきた。
「お、お前はいったい何者なんだ?」
涙目で問いかけたシモンに対して、俺はさらりと答えた。
「勝者だよ、ここの」
さすがに観念したのか、シモンは土下座で懇願してきた。
「僕の負けだ。だからここから出してくれ。お前のことは父さんに言って良くしてもらうから! なっ? いいだろ?」
俺は「ふぅ」と小さくため息をつくと、ぐっと腹に力を入れてシモンに言い放った。
「自己顕示欲を満たすためだけに、他人を蔑み、弱い者を一方的に虐げておきながら、今さら何をほざくか。都合が悪くなれば父の名をかたるとは情けないと思わないのか? 貴様のようなクズがはびこっているからこの国は腐っていくのだ。地獄の底で己の愚かさを後悔すんだな」
「ひいいいいい!!」
魔物たちが容赦なくシモンを玩具のように蹂躙する。
全身傷だらけで息も絶え絶えになったシモンを見下ろしながら、俺は契約を持ちかけた。
「このまま死ぬか、それとも生涯にわたって俺の下僕として仕えるか、どちらか選べ」
「あ……う……」
シモンは小さく首を縦に振った。
「それは俺に恭順する、ととらえていいんだな?」
「あ……」
もう一度シモンが首を縦に振ったところで、俺は契約の魔法陣を宙に描いた。
「契約は完了した。俺は貴様にとって魔物から救った命の恩人であり、貴様の持つすべてを我が前に捧げよ。その生涯をかけてな」
「う……ううっ……」
「うれし泣きするな」
「ううっ……」
シモンは懸命に首を横に振っているが、俺は見ない振りをした。
「ふふっ。こんなクズ、生かしておいて何になるのかしら?」
いつの間にか背にいたカノーユの問いに、俺は小声で答えた。
「クズだから生かしておくんだよ。この国からクズがいなくなったら、逆に強くなっちまうじゃないか」
「はははっ! なるほどね。あなた意外とずる賢いのね」
「ずる、はいらない。そこはただ『賢い』でいいだろ」
「ふふ。ところでもうすぐ忌々しい人間たちが帰ってくるみたいだけど、この子たちはこのままでいいの?」
カノーユがブラック・ベヒーモスたちを指さす。
確かに帝国軍の救援がこられたら、彼らもただではすまないな。
「それともいっそのこと今ここで、奴らを消してしまうのもいいかも。今後の禍根を残さないためにもね」
「はぁ? だからあいつらを目の敵にするのはなぜなんだよ?」
俺が問いかけた頃にはカノーユの姿はなかった。
召喚の魔法陣を作り、ブラック・ベヒーモスらをアノエル平原に移した直後、
「アルス! 助けにきたわ!!」
救援を引き連れたミリアが駆けてくるのが目に入った。その背後にはラインハルトとルナの姿もある。走る3人を見て、『勇者パーティー』という言葉がふと浮かんだのはなぜだろうか……。
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