第25話 次期魔王が英雄と称えられるまで①
◇◇
アルスは戸惑った。
ブラック・ベヒーモスといえば、その強さは帝国軍の中では『S級』と評され、出現しただけで皇帝に報告しなくてはいけない程に危険な魔物だ。それでもマルースが最上級に位置する『SS級』なので、今のアルスにとっては造作のない相手と言える。
それでも驚かされたのは、S級の魔物を使役できる状況が帝国軍にあったという事実だ。
(しかし実戦でS級の魔物が投じられた、なんて聞いたことないぞ。戦況が思わしくない戦線で投入すればよかったではないか……。いったいどういうことなんだ?)
今はそんなことを考えている暇はない。ブラック・ベヒーモス1体にB級モンスターのジャイアント・オークが4体。それから同じくB級モンスターで狼型の魔物ヘル・ウルフが5体の計10体。いずれも使役された魔物である証に、『隷属の首輪』という魔道具を首にはめている。
「ははは! この僕に逆らうから、むごい死に様を皆の前でさらすことになるんだ!」
興奮のるつぼにはまったシモンが高笑いする一方で、アルスはいたって冷静だった。
「魔物の召喚は戦場または厳重に管理されたコロッセオでしか利用が認められていないはず。いくら特権階級の貴族の令息だとしても、衆目の前で堂々と法律違反を犯すのはマズイんじゃないか?」
「うるさい! 勝者こそがルールだ。僕はこの場にいる誰にも負けない。だから僕のやることに皆が従うのが筋というものだ! 負け惜しみは地獄で漏らせ、このゴミクズが!」
アルスは呆れたようにため息をつくと、
「じゃあ、俺がここのルールになるか」
シモンが聞こえるように呟き、魔力を全身に集めはじめた。
(ちっ、フェニックス・カイザーを受け止めた時に魔力を使ったせいで、魔力の収集に時間がかかるな)
「グオオオオッ!!」
隙をついてブラック・ベヒーモスが突進してくる。さながら闘牛士のように、アルスはひらりとかわした。
すると今度は一斉にヘル・ウルフたちが殺到してきた。
「ふんっ!」
魔力を溜めるのに塞がっている両手の代わりに脚を使ってヘル・ウルフたちを蹴散らす。
さらに追い討ちをかけてきたジャイアント・オークたちの攻撃も軽やかなステップで回避した。
「よし!」
魔力がじゅうぶんに溜まったところで、軽く気合いを入れ、両手を天にかざした。
「氷神よ、あらがう愚か者に死の口づけを。シヴァズ・キス」
白い霧が辺りを包む。全ての魔物たちがその霧に覆われたところで、アルスはパチンと指を鳴らした。
徐々に霧が晴れていくにつれ、目の前の光景が明らかになる。同時にシモンの目が大きく見開かれた。
「そ、そんな馬鹿な……」
シモンが驚愕の声を漏らしたのも無理はない。
ブラック・ベヒーモスをはじめ、彼が召喚した魔物10体がすべて氷漬けになってしまったのだから――。
「どうした? これで終わりか?」
アルスはシモンにゆっくりと近づいていく。
顔を真っ青にしたシモンは両手を突き出して首を左右に振った。
「く、くるな! き、きたないじゃないか! 魔法は使わないって言っただろ! こんなの反則だ!!」
彼のもとまでやってきたアルスはぐっと近づけてささやいた。
「さっきお前が吐いた言葉をそっくりそのまま返してやるよ。勝者こそルールだ。負け惜しみは地獄で漏らせ、このゴミクズ」
アルスはちらりと観客席の方へ目をやった。その視線の先には10人のシモンの取り巻きが、シモンと同じように顔を青くして震えている。
「ここからがクライマックスだ。絶望の中で踊れ、クズども」
アルスは人差し指で空中に魔法陣を描くと「聖なる拘束を解け! セイント・ブレイク」と魔法を唱えた。
聖職者が魔物の呪いを解く魔法が使えるように、魔物の神官は聖なる力が使われた封印や拘束を解く魔法が使える。それがセイント・ブレイクだった。
そしてアルスが解いた拘束は言うまでもなく、ブラック・ベヒーモスらの首輪だ。
――パリンッ!
同時に氷も解け、使役を解かれた魔物たちの目に灯った光が青から赤に変わった。
ニタリと口角を上げたアルスが目を赤く光らせると、ブラック・ベヒーモスが真っ先に首を低く下げ、アルスに恭順の意を示す。直後にジャイアント・オークやヘル・ウルフもまた殺気を解いた。
そしてアルスがくいっと顎を上げたのを合図に、魔物たちは一斉に観客席に向かって突撃した。
「きゃああああああ!!」
「うわああああああ!!」
にわかに大混乱に陥った生徒たちを眺めながら、アルスは高笑いした。
「はははははっ! 平和ボケしたお坊ちゃんやお嬢ちゃんたちにはちょうどいい機会じゃないか。これが軍に入って戦場に出るということだ。走れ、逃げろ、そして無事に生き延びよ! ははははっ!」
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