第23話 シモンとの決闘③
◇◇
シモン・アンドレは10歳になるまでは、どこにでもいそうな、どちらかといえば大人しい少年だった。彼の周囲には同年代の男の子たちが常に側にいて、少年らしいイタズラや遊びに夢中だった。
そんなシモンの転機となったのは、使用人たちの陰口を聞いてしまったことだった。
――シモン坊っちゃんは勘違いしているようだ。みんなが坊っちゃんと仲良くしているのは、坊っちゃんのお父様の権力を恐れてのことなのに。
この頃、シモンの父アンドレは異例とも言える出世を遂げ、帝国の宰相まで昇りつめていた。そして彼に逆らった者たちは、どんなに高貴な身分であっても容赦ない仕打ち受けていたのだ。
アンドレに取り入るためには、何のためらいもなく子供すら使うのは、己の地位にしがみつく貴族にとっては当たり前のことだった。
だがこの陰口が真実であったかは誰も分からない。いや、身分の低い使用人たちの愚痴に近い作り話であった可能性の方がはるかに高かっただろう。しかし純粋無垢なシモン少年が信じ込んでしまうにはじゅうぶんな説得力だった。
そして彼はこの瞬間から大きく変わった。
――どうせ僕を心の底から友達と思ってくれる人がいないのなら、父の力ではなく、自分の力で周囲を屈服させてやる。
そんなシモンが今、彼が出会ったことすらない圧倒的な力を前に、なす術なく一方的に殴りつけられていた。
――ドゴン!!
これで何発目だろうか……。
決闘相手のアルスの拳が彼のミスリル製の鎧を殴りつけたのは。
ところどころ凹みはじめ、ひびが入っている箇所もある。それでも世界一硬い鉱石とうたわれるだけあって、素手だけであっさりと破壊できるような代物ではないようだ。
しかしたとえ鎧が壊されなくても、拳が叩きつけられるたびに強烈な衝撃が鎧の中にも伝わっていた。
「ぐはぁぁぁっ!」
地面のあちこちに彼の吐いた汚物が散らばっており、彼の白い顔は涙、鼻水、よだれで醜く汚れている。
あれほど盛り上がっていた聴衆は唖然として顔を真っ青にして黙っている。
そんな中、ひとり平常通りなのはアルスだった。
「うむ。あと3発で破壊できそうだな。しかしまだまだ俺も修行が足りん。この程度の鎧、武神なら一撃で粉々にするだろからな」
ブツブツと独り言を漏らすアルスを前に、ゆっくり立ち上がるシモン。その膝は大きく震えている。
「怖くて震えてるのか?」
アルスが皮肉混じりに問うと、シモンは顔を真っ赤にして闘志をあらわにした。
「おのれぇぇ、下民め! 調子に乗るのもそこまでだ!」
シモンは腰の袋から指輪を取り出し中指にはめた。
「喰らえ!! 炎の最上級魔法! フェニックス・カイザー!!」
大きく翼を広げた炎の化身が指輪から放たれる。
さしものアルスも目を丸くした。
(魔道具か。これほどの魔法を込めたものだと、王城内の武器庫で厳重に管理されるくらい貴重な代物だぞ! そんなものを持ち出してきたのか……ありえん)
「はははっ! 死ねぇぇぇ!!」
最上級魔法は一撃だけで、大軍同士の戦局すら変えてしまうほどと言われており、1回使うと1週間は他の魔法すら使えなくなってしまうほどに魔力を消費するらしい。だから滅多なことでは使われないし、その使い手はアルスが知る限り、帝国では2人しかいない。
そんな貴重な魔法を、魔道具からとはいえ、たかがアカデミーの新入生同士の決闘で使われようとは……。
(頭がおかしいとしか思えないな)
だか今はシモンの思考回路のことなどどうでもいい。目の前に迫りくる不死鳥をどうにかしなければ、文字通りに灰燼と化してしまう。
(当然だが魔法のコントロールはできていないな。これならかわせる)
しかしそれは無理だと、瞬時にさとった。
もし自分が魔法をかわせば、背後にいる聴衆たちに直撃する。当然ながら全員一瞬のうちにこの世からいなくなる。その中にはミリアも含まれていた。
(くくく。かわそうと思ってもかわせまい! これで僕の勝利だ! 忌々しい下民め! おのれの愚かさを後悔しながら焼け死ね! ははは!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます