第20話 トキヤの危機(後編)
◇◇
ハーフエルフの少女ルナ・アロマ。両親を知らぬ彼女は物心ついた頃から、遠く離れた相手の『魔力』を感知できる能力を身につけていたらしい。
先に話した通り、魔力とは生命力であり、魔法とは縁遠い平民であっても一定の魔力は常に体から放出している。自分の知っている相手であれば、ルナはその魔力の発せられている量と質が分かる。さらにおおよその場所まで特定できるというから驚きだ。
「トキヤの魔力が小さくなってる。消えたらおしまい。だから急いで」
ルナに引っ張られるようにして量を出た。慣れない土地のはずだがルナは迷いなく小走りで前を進み、俺は黙ってついていった。
そしてアカデミーの裏にある、とある場所にトキヤは気絶していた。
「ここは……ゴミ捨て場じゃないか……」
トキヤはアカデミーのゴミ捨て場に文字通り捨てられていた。全身傷だらけで、顔には大きなあおあざがいくつもある。かなりひどい暴行を受けたのは誰の目から見ても明らかだ。
「トキヤ!」
ルナが躊躇なくゴミをかき分け、トキヤを抱きかかえる。傷ひとつひとつを注意深く観察すると、それぞれ深さなどの特徴が違う。少なくとも10人以上で囲まれてリンチにあったようだ。
俺の脳裏にシモンと10人の取り巻きの姿が浮かんだ。
「なんでトキヤがこんな目にあわなきゃいけないの……」
涙を大きな瞳いっぱいにためたルナがかすれた声を絞り出す。
するとトキヤの右手に一枚の紙が握られているのが目に入った。俺はその紙を手に取り、書かれた文字を読んだ。
「ゴミクズのアルスよ。三日後の放課後、アカデミーの闘技場で僕と決闘しろ。負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞かなければならないとしようではないか。もしこの申し込みを断れば、もうひとりの下僕はこいつよりももっと酷い目にあうだろう。 シモン・アンドレ」
だらんとトキヤの右腕が垂れる。骨が折れているのは確かだ。だがそれ以上に俺の目を釘付けにしたのは、その二の腕に『ゴミクズ』とナイフで刻まれていたことだった。
「光の精霊よ。深き慈愛でをこの者を癒せ。ヒーリング・ライト」
ルナが回復魔法でトキヤの傷を治す。だが……。
「この腕の傷は消えない……」
「そうか……。それでも寮に帰ったらもう一度回復魔法をかけてくれ。夕食の支度は俺がするから」
「えっ? ええ……かしこまりました。ご主人さま」
夕食の支度を俺がすると言ったことが意外だったのか、ルナは目を丸くした。俺はトキヤを背負って元来た道を引き返しはじめる。
「うっ……ううん」
どうやらトキヤが目を覚ましたようだ。
「あ、アルス兄さん!? だ、大丈夫です! 俺歩けますから!」
「いいからちょっと大人しくしてろ。俺に背負ってもらうなんてもう二度とないからな」
「はい……」
そうだ。もう二度とこんな目にあわせない。
未来を知っていたにも関わらず、テッド兄さんを守れなかったことを、今でも後悔している。
だからこそトキヤは絶対に俺が守る。トキヤだけじゃない。教会で暮らす子供たちと神父様、それに隣でうつむきながらポロポロと涙を流しているルナもだ。たとえ俺が全人類の敵である魔王で、彼らから忌み嫌われても……。
だからトキヤをこんな目にあわせたやつには相応の報いを受けてもらうのが、俺の道理だ――。
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