第19話 トキヤの危機(前編)

◇◇


 入学式の翌日。この日は簡単なオリエンテーションのみで終わったので、午前中は校内のトレーニングルームで汗を流した。昼食を適当に済ませてから寮に戻ると、いつもはトキヤがニカッと笑って玄関で迎えてくれるのだが、今日は無表情でペコリと頭を下げたルナだけだった。


「トキヤは買い出しにいってる。たぶんもうすぐ帰ってくる」


 相変わらず愛想の欠片も感じさせないルナ。

 変に馴れ馴れしくされるよりは、こちらの方が俺にとっては変に気を遣わなくて済むから楽だ。


「そうか」


 俺は俺でルナに対しては素っ気ない。一言だけ返事を返してから、彼女に背を向けて自室に向かう。

 だがルナはその背中に鋭い眼光を突き刺してきた。彼女にとって俺は『敵』なのか『ご主人様』なのか……。何を考えているのか、さっぱり分からない。そもそも俺は彼女のことを助けたことはあるが、目の敵にされるような酷いことをした覚えはないぞ。

 そんな視線を感じたまま、俺はすごすごと自室に入った。


「さてと。じゃあ始めるか」


 これからおこなうのは魔力を高める瞑想だ。


「もっともっと強くならなければ……」


 エンシェントドラゴンとの戦いでは、『龍神の玉』を破壊したことで同士討ちを誘ったから勝てたと自覚している。しかもマルースには剣や魔法では『外側』から傷ひとつつけることすら叶わなかった。

 俺の知る未来の帝国軍には、マルースと互角以上の勝負ができる大将軍が数人あらわれる。現に回帰前には『武神』と呼ばれた大将軍がマルースと激闘を繰り広げている隙をついて、拠点を守るエンシェントドラゴンたちを俺の率いるアジュール・イーグルの軍団が一掃したことで戦線を押し戻した。

 そう考えると今の俺は『武神』どころか、回帰前の俺自身にすら敵わないだろう。そんなことでは帝国軍をぶちのめすことも叶わないというわけだ。

 自分の軍団を強化すると同時に、俺自身の強化も大切。だから午前中は体を鍛え、午後からは魔力を鍛えている。


「ふぅぅぅ」


 魔力の源泉は『生命力』だ。量の大小はあるものの、どんな人でも備わっている。問題はその『生命力』を吸い上げる力と、体中に巡らせる『脈』の太さ。吸い上げる力が弱かったり、脈が細かったりすると、生命力が大きくても十分な魔力を引き出せない。

 つまり魔力を高めるための訓練とは、瞑想によって魔力を吸い上げ、脈を通じて体中に巡らせるイメージをすることだ。

 ちなみに回帰前の俺がこのことを知ったのは、帝国軍の精鋭のひとりに加えられるようになってからであり、その頃は30を超えていた。若いうちから訓練しておかないと遅いとされており、最後まで強力な魔法は使えなかった。

 同じ轍は二度と踏むまいと心に誓っているのである。

 

 と、その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。きっとトキヤが帰ってきて挨拶でもしにきたのだろう。

 俺は瞑想をやめ、汗をタオルでぬぐうと、「どうした?」と部屋の中から声をかけた。

 するとルナの珍しく焦りがこもった声が耳に飛び込んできたのである。


「トキヤが……トキヤが危ない!」

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